05
ナマエがカカシを追いかけ始めることにシカマルは当初頭を抱えていたが、だんだんとまあいいかと思うようになっていった。
理由は主に2つで、カカシと関わろうとすると必然的にシカマルとも会う機会が増えること、もう1つはカカシがナマエをまったく相手にしていないことだった。
学部の違うナマエとはキャンパスこそ同じだが、受けている講義もよく使う教室も違った。そのため、学食やカフェテリアでナマエを探さないと会うことはできなかったし、見かけてもド派手な集団とわいわいしてる時はその輪に割って入るのも気が引けたので諦めている。
そんな中で、ナマエはカカシとの関わりを持つためにカカシのゼミ生を中心に募っていた短期のバイト募集に学部を飛び越えて応募してきた。ナマエが熱心にバイト募集要項を見ていたので、まさかと思いながらシカマルも応募したのだった。
カカシは「去年やってって言っても頑なにやらなかったくせに」と言ったが、シカマルは今年は暇だからで押し通した。
カカシの募集したバイトは正直金額に合わない。カカシが学会に論文を提出するための資料やアンケートの作成と集計、その他諸々を身を粉にして働いても、経験値が上がるからいいでしょと雀の涙ほどしかバイト代が出ない。シカマルはこの人使いの荒い准教授に尊敬の念こそあれど、基本的には苦手だった。
「ミッチー、作業早すぎてこっち追いつかないんだけど。もうちょっとゆっくりやってくれない?」
「え、あ、いや……、」
「ごめん冗談だよ、わたしが頑張るから。」
法学部のガリ勉の道橋くんがナマエの態度にどぎまぎしている。ナマエは派手でギャルっぽい見た目のくせに作業は少し遅いものの真面目にやるし、陰キャだとか陽キャだとかの分け隔てもなかった。去年のこのバイトの雰囲気を知らないが、ナマエがいるといないとではまるで空気が違っただろうなとシカマルは思う。
「お前のところは俺が手伝う。こっち終わったから。」
「上には上がいたわ。よろしく。」
シカマルがナマエの隣に座ると、ナマエは嬉しそうに笑った。夏前だからか、最初に出会った秋ごろよりかなり髪色が明るくなっている。この短期のバイトが終わったらまたナマエを学食やカフェテリアで探す日々に逆戻りかとシカマルは少し終わるのが惜しいような気持ちになった。
バイトの最終日はカカシの家で作業を行い、おつかれさま会と称してホームパーティーで締めくくられた。准教授はやはり儲かっているのかかなりいい家だった。ナマエがきれいな家、もといカカシの経済状況に目を輝かせてはいないかチラっと見てみたが、ナマエがどう感じているのかはよくわからなかった。
「おつかれー。」
「おう。」
シカマルがベランダで煙草を吸っていると、ナマエが缶チューハイを片手に柵へ寄りかかった。都内にあるマンションのベランダからは、東京タワーが小さく見えた。ビルが立ち並び、人間の生活がキラキラと夜景の一部になっているのを眺めた。
「今日で終わりなのちょっと寂しいね。かなりコスパは悪かったけど。」
ナマエはニっと笑った。シカマルも同じことを思っていたので「だな」と答えた。
「法学部の友だちもできたし。あとシカマルが喫煙者なのも知れた。」
ナマエはスパーと言いながら煙草を吸うシカマルの真似をした。シカマルはそれを見てくっと笑った。
「そういやナマエの前で吸ってなかったな。」
「意外。」
「将棋仲間が吸うから自然に。」
「将棋仲間?渋すぎて笑う。」
「笑ってねーじゃん。」
「ふふ。」
シカマルとナマエは、車が数えきれないほど忙しく道路を通過していくのを眺めながらのんびりと話した。
カカシとどうなのか気にはなったが、今は2人の時間を楽しもうと聞くのはやめておいた。
「シカマル、わたし海に行きたい。」
「海ねえ。」
シカマルは生まれてこの方海に行きたいと思ったことがなかった。
「シカマルと一緒に行ったら楽しそう。こうやってぼーっとするの、チルってていい感じ。」
「そういう海ならいいけど。」
わいわい騒ぐのではなく、きれいな海を眺めてぼーっとするのは悪くないなとシカマルは思った。それに隣にナマエがいるならなおさら最高。
「海水浴もするよ。」
「……。」
「絶対楽しませるから。」
ナマエが夜景から目を離してシカマルの方を向いたので、シカマルもナマエを見返した。ナマエの瞳は自信に満ち溢れていた。色素の薄いカラーコンタクトの入った瞳が、暗い夜の中でもきゅるんと光る。
「……まぁいいけど。」
「最高。やっぱりシカマルだわ。」
――何がだ。
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