助演男優賞 | ナノ 04


 カチカチという針なしホチキスの音の小気味いい音と、外で降るざあざあという雨の音しかしない部屋で、ナマエとシカマルは向き合っていた。
 
「この間話した顔のいい先輩いたじゃない?」

「あー、新歓の飲み会で声掛けてきたってやつな。」

「そうそう。あの人ダメだったわ。相談してたから一応報告。」

「顔が好きって言ってなかったか?」

「そうなんだけどねぇ……。」

 ナマエがめずらしく気落ちしている。この連日続く雨だけのせいではないだろう。シカマルはそんなにその男に入れ込んでいたのだろうかと窓の外を見るナマエの横顔を探るように見つめた。今日はオーバーサイズのパーカーにショートパンツを合わせてカジュアルだったが、意外と男はそういう服装が好きというのをしっかり押さえた服だ。湿気でも広がらない髪はつるんと降りている。

「そんなにいい男だったのかよ。」

「そうじゃないの、ただね……、」





 ナマエが最初にその男から声を掛けられたのは、サークル勧誘のチラシ配りの波に飲まれていた時だ。
 ナマエは2年生なので、見知った顔がチラシ配りに精を出しているのを「やってるねえ」と冷やかしていた。そんな時に「ねえ」と肩を叩かれた。

「軽音サークルなんだけど、絶対入ってよ。」

 自信たっぷりでとにかく顔のいいその男は、ナマエをまっすぐ見ていた。かなり背も高い。

「絶対?わたし2年だからもういろいろ入ってるよ。」

「俺3年。去年1年間君のこと見逃してたのか、惜しいことしたわー。」

 軽い口調はチャラそうに感じたが、まっすぐ自分しか見ない彼に心が動いた。会話してるうちにSNSを交換し、新入生歓迎会の飲み会へ行くことになっていた。数日後に行われた飲み会へは学部の友人と行き、彼を探し始めるより前に彼はナマエを見つけて隣へ呼んだ。飲み会が始まってからも彼とのおしゃべりは続き、次の休みに音楽のクラブイベントに行こうと約束して帰った。

 約束の日の朝までSNSのDMでやり取りし、当日を迎えた。梅雨時期なのにその日は雨が降っておらず、ナマエはウキウキしながら準備した。
 最近買った中で似合うと友人から褒められることの多いワンピースを着て、髪を編み込んでいく。湿気があるし、音楽イベントならまとめていた方がいいだろうと思った。化粧もいつもより念入りに丁寧に、暗くても映えるように濃いめにした。

 駅前の噴水の前で彼を待った。約束は19時で、ナマエが着いたのは18時56分だった。急かすのも悪いので、着いてるよと連絡を入れるのはやめておいた。

 19時3分。雨が降ってきたので折りたたみ傘を取り出して差した。折りたたみ傘を持っておいて良かったと思った。

 19時20分。噴水がギリギリ見えるチェーン店のカフェに入って、紅茶を頼んだ。イヤホンを耳に指して、あとで見るというフォルダに保存した動画を見ながら、チラチラと噴水の前を気にした。彼にはカフェにいると連絡を入れた。

 20時30分。カフェを出て噴水のまわりを念のため一周した。雨はかなり強くなっていたが、折りたたみ傘があったので、カバンが少し濡れただけで済んだ。電車に乗ってそのまま帰った。





「連絡もなしに来なかったのかよ。」

「そー。こんなこと初めてだったから悲しかったけど、落ち込んでるのはそこじゃないんだ。」

「?」

「あの時、何時間も土砂降りの中噴水の前で待ち続けられなかったわたしは、少女漫画のヒロインじゃないんだなって思ったの。」

「は?」

「折りたたみ傘なんか用意しちゃってさ、紅茶飲んで動画見てただけだからね。来なかったことも腹は立ったけど、次の日にはどうでもよくなってたし。」

 ナマエはプリントを針なしのホチキスでカチカチ留めていた手を置いた。

「あんなにときめいてたのに、その程度だった自分に悲しくなったの。少女漫画みたいに必死なやつに憧れる。」

「……へぇ。」

「聞いてくれてありがと。」

 ナマエが悲しそうに笑うので、シカマルは少し罪悪感が出てきた。
 ナマエからその男の話を聞いた後、その男がパチンコや競馬好きなギャンブル狂いだと知った。ナマエが浮かれて待ち合わせの日時をぺらぺらとシカマルにしゃべったので、その男の友人に木ノ葉大学の闇賭麻雀の情報を送っておいた。
 開催はナマエと遊びに行くイベントの昼過ぎから。木ノ葉大学の悪っぽい学生御用達の地下の雀荘は、電波が届きづらいのは知っていた。シカマルはその男が夢中になってナマエとの約束をすっぽかすだろうと思っていた。案の定だった。

 ――悪いな、ナマエ。

 はぁと可憐にため息を吐くナマエの向かいに座ってカチカチとホチキスを鳴らした。

「そんなもんじゃないの。」

 突然背後から声がして、シカマルははっと振り返った。シカマルとナマエが作業している資料作成をお願いした張本人である准教授のカカシだった。

「お前にとってその男がその程度だっただけで、他にいい男いくらでもいるでしょ。」

「カカシ先生、聞いてたんですか?恥ずかし!」

「あのね、ドア開いてんだから筒抜けよ。手止めないで作業してちょうだい。」

 カカシは出来上がって山積みにされた資料をちらっと確認して言った。
 シカマルのゼミの准教授ということもあり、シカマルは時折カカシの仕事を手伝わされていた。今日はたまたまナマエとばったり出会い、ナマエも暇だから手伝うというので連れてきた。
 ナマエはカカシを見上げていた。

「そう思いますか?」

「ん?」

「さっきの話。」

「ああ。お前可愛いんだから、引く手あまたでしょうよ。その男じゃなきゃダメな理由あったの。」

「ないです。」

「じゃあ必死になるような男できるんじゃない、これから。若いんだし。」

 ナマエはこくんと頷いた。心なしかナマエの目が輝いているような気がするとシカマルは思った。

「カカシ先生っていくつですか?教授の中じゃかなり若いですよね?」

「お前らからしたらおっさんだよ。」

 ナマエの視線がカカシの目から下にちらりと移った。机にちょんとのせられたカカシの手を見て、また視線がもとあったところに戻った。
 ナマエは作業としながらカカシににこにこ話しかけた。シカマルは気づいた。ナマエがチェックしたのはカカシの左手で、もっと言うと薬指。

 俺も気の利いた一言でも言や良かったのかとナマエの横顔を見ながらシカマルは思った。

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