02
大学2年の春になった。
シカマルは、大学生に与えられる長すぎる春休みのだいたいをバイトで溶かした。奨学金を借りずに大学に通わせてもらっている親へ早く学費を返したいという思いだ。
春休みにナマエと会うことはなく、会うのは約2か月ぶりだ。あまりチェックしないSNSをたまたま見たら、ナマエが共通課題を一緒にやってくれる人をゆるく募集していたので、まんまと食いついてしまった。ちょうど空きコマだったしと誰にでもなく言い訳しながら待ち合わせのカフェテリアに着くと、ナマエは1人でスマホをいじりながらシカマルを待っていた。
「先やっとけよ。」
「おつかれ。今からやるとこ。」
ナマエはそう言いながらもレジュメの1枚も出していなかった。にっと笑うナマエは相変わらず可愛かった。襟つきのワンピースを着て髪をふわふわに巻いている。初対面の時に眼鏡をかけていたが、あれ以来かけているのを見たことがない。どうやら伊達だったらしい。
先にいたくせにシカマルより遅く課題を取り出すと、やるー?とのんびり問いかけてきた。
「やるために呼んだんじゃねーの。」
「そうだった。」
ナマエは仕方なさそうにゆったりペンを動かした。
ここ教えてと時々声をかけてくるくらいで、やり始めると案外真面目に取り組むナマエの進捗を見るふりをして、チラッとナマエの顔を盗み見る。まつ毛がくるんと上に向いていて、まぶただけでなくまつ毛にもピンク色が乗っている。ふいにナマエがシカマルを見て、目が合う。
「これ文法合ってる?見て。」
シカマルは顔を盗み見ていたことがバレたような気になってドキっとしたが、ナマエは何とも思っていなさそうだった。シカマルの方にずいっとプリントを押しつけてきたので、シカマルは読んで確認した。
「大丈夫じゃね。」
「ありがと。終わり!」
共通の英語の課題は学生同士の丸写しを防ぐため、記述問題が多かった。シカマルはナマエより早く終わらせていたが、ナマエが終えてから同じタイミングで課題をしまった。
「1人じゃやる気出なかったから助かったー。ありがとねシカマル。」
「おう。」
「そういえば、この間シカマルが紹介してくれた法学部の人たちと合コンしたよ。」
「あーどうだった?」
「何人か今も繋がってるっぽい。」
「ふーん。お前は?」
「んー……わたしはないかな。」
ナマエは困ったように笑った。おそらく誰かに気に入られたがナマエのタイプではなかったのだろう。シカマルはナマエ自身が派手なわりにチャラい男が苦手なのはわかっていたのでハマらないだろうと思っていた。だからこそ快く紹介したのだが。
「シカマルって結構男の子紹介してくれるよね。」
「あーそうか?」
お前が好きにならなそうな男だけだけどな、とシカマルは思った。
「わたし仲良い男友だちってそんなに多くないから嬉しい。」
ナマエの場合、おそらく友人関係くらいまで男と距離が詰まると、だいたい好かれて友情崩壊してしまうんだろうなとシカマルは予想している。ナマエは愛想が良く見た目も良いので、彼女がほしい男はだいたい「この子が彼女だったらなあ」という願望を抱いてしまう。シカマルもそうだったが、そんな態度は微塵も出ていない。
「シカマル、」
名前を呼ばれて振り向くと、そこには大きな画集を小脇に抱えたサイがいた。
「おう、久しぶりだな。」
「ナルトが会いたがってたよ。たまには地元の飲み会とか参加したら?」
「予定合わねんだよ。」
「バイトばっかりしてるからだろ。ま、いいや。また本を買いに行くよ。」
シカマルのバイト先の1つは本屋だった。大学近くのアーケード街にある古い本屋で、サイはたまに古い画集や課題に必要な本を買いにきた。
「おう。じゃあな。」
サイはペコリとナマエにも会釈して去っていった。ナマエもにこっと笑って返した。そしてサイの後ろ姿が見えなくなると、ナマエはキラキラした瞳でシカマルを見た。
――げ、やな予感。
「今の人って心理学部のサイさんだよね?シカマル知り合いなの?」
「あーまあ。友だちの友だち?」
「めっちゃかっこいいじゃん!わー話しかければ良かった!」
「いつもの無駄なコミュ力はどうした。」
「完全にぼーっとして出遅れた。」
ナマエが浮かれている。シカマルはナマエと出会ってから、流れで友人を紹介したり恋愛相談を聞いたりしてきた。シカマルと出会ってからのナマエは彼氏がいなかった。
「ほんと面食いだよなお前。」
「そんなことないよ、元彼結構普通。あ、でもイケメンもいたかな。」
言葉の節々でナマエの恋愛経験の多さは感じる。コンパに出向いたり恋愛に対して能動的な性格だった。華やかさもある。
「シカマル、飲み会やろう!わたしとシカマルとサイさんと、あとわたしが可愛い子連れて来る!」
お願い!とナマエは祈るポーズでシカマルを上目遣いで見る。シカマルはハァとため息を吐いた。
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