助演男優賞 | ナノ 13


 ナマエとシカマルは土曜日、都心の駅前で待ち合わせた。
 人は多いがあっさり合流した2人は映画館に向かう。ナマエは毛先がふわふわと巻かれていて、ニットワンピースを着ていた。化粧は丁寧に落ち着いた色で瞼の上でグラデーションになっている。
 シカマルがナマエを横目に見て、視線を感じたのかナマエは、ん?と笑った。

「いや別に。」

「見惚れちゃったならそう言ってもいいんだよ。」

「うるせー。」

 ナマエはおどけて笑ったが、シカマルは否定しなかった。

「それにしてもよく覚えてたね、わたしが1番好きな映画。」

「まぁな。俺は見たことないから普通に楽しみ。」

 ナマエの好きな古い洋画がリバイバル上映するというので、今日はそれを2人で観に来た。仕事も恋もと奮闘する女性のありきたりな話だが、演出や映像、音楽が美しく、世界的にも評価されている作品だった。ナマエも映画館の大きなスクリーンで観るのは初めてでウキウキしている。

「飲み物買うか?」

「買う!カフェラテにしようかな。」

「じゃあ買ってくるから席にいろよ。」

「え、いいの?ありがとう。」

 ナマエはシカマルの提案に甘えることにして、暗い劇場内の席でシカマルを待った。土曜日、大好きな映画、シカマル、カフェラテ。色んなことが合わさり、意図せず口角が上がってしまいそうになるのを口を結んで耐えた。

「ほら。」

 シカマルが戻ってきて、カフェラテをナマエ側のドリンクホルダーに入れた。蓋の上にはスティックシュガーが乗っており、ナマエは抜かりない男だと思った。





 映画を観終えて2人は映画館を出た。映画の内容を話したいところだが、夕飯にはまだ早かったのでショッピングモールをぶらつくことになった。
 ナマエの好きな店に入り、服や靴や化粧品を眺めてはにこにこするナマエの横顔をシカマルは見つめた。

「これどう?」

「いいと思う。」

「じゃあこれと比べたら?」

「俺はこっちが好きだけど。」

「なるほどなるほどー。」

 ナマエはシカマルが好きと言った方であるグレーのワンピースを持って試着してくるから適当に待っててと店の奥に消えた。シカマルが指示通り待っていると、ナマエは店の紙袋を持って出てきた。

「買ったんか。」

「そ。サイズも良かったし、シカマルも好きって言ってたから。」

 ナマエはなんてことのないように紙袋の隙間から中身を覗いて言ったが、シカマルは少し気恥ずかしくなった。

「……決めんのはえーな。」

「まーね。」

 ナマエが紙袋をシカマルと自身の間で持ったので、シカマルはチラリとナマエの横顔を見てから、紙袋を持つ手に自分の手を重ねた。

「あ、」

 そのままナマエの手から紙袋を奪うと、逆側に持ち替えた。そして、手持ち無沙汰になったナマエの手を握った。

「……。」

 ナマエは何か言いたげにシカマルを見上げたが、そのまま黙ってシカマルの手を握り返した。

「……そろそろ飯にするか。」

「うん。」





 ナマエがイタリアンがいいと言うので、雰囲気のいい地下のイタリアンバルに入った。階段を降りる時にどちらからともなく手を離すことになり、空いた手を少しさびしく思った。

「スパークリングにしよっかなー。あとアヒージョが食べたい。」

「……じゃあ俺も飲むか。」

 ナマエがスパークリングワインを、シカマルがハイボールを頼んで、アヒージョや生ハムなどをつまみに飲んだ。
 映画の内容についてやっとゆっくり話せると思い、ナマエはどこが最高かを熱弁したし、シカマルもそれを聞いて共感したり相槌を打ったりした。

「白にしよっかな、あーでもサングリア美味しそう……。」

「もうそろそろノンアルにしとけよ。」

 ナマエは3杯目を注文しようとメニューに目を走らせていた。シカマルが今まで見てきた見解で、ナマエは3杯飲むとかなりもう出来上がってしまうのはなんとなくわかっていた。

「飲みたいんだもん。楽しくて。」

 ナマエがメニューから顔を上げてへらへら笑うので、シカマルはじゃあ飲めばと言うしかなかった。シカマルはあまり飲む気もなかったし、ナマエにペースを合わせていたので一欠片も酔っていなかった。

「シカマルは楽しい?」

「え、楽しいけど。つまんなそうに見えるか?」

「そっか良かった。わたしばっかり楽しいのかと思っちゃって。」

 ナマエはほんのり赤い頬を手の甲で抑えながら笑った。その爪はぷっくりとしていてピンクベージュと石が乗っている。





 ナマエがサングリアを飲み終えたころには、ナマエはずっとヘラヘラしていた。何もないところで笑ったり、かと思えば突然不安な顔をして「わたしばっかり喋ってるよね!?」と言い出したりする。つまるところ酔っぱらいだった。

 店を出ようと言うとまだ一緒にいたいと言い出すし、シカマルはそんなナマエが可愛いと思ったが、この様子じゃシカマルの言いたいことはまた後日にしたほうがいいだろうと思った。

 ナマエとシカマルは店を出た。駅までの道のりをのんびりと歩き、どちらからともなく手を繋いだ。べらべらとずっとどうでもいいことをしゃべり続けていたナマエも今は静かだった。

「あれ、シカマル……、」

「酔っ払ってるから送ってく。」

 シカマルとナマエの住んでいる場所は区こそ同じだが使っている路線も違った。本来なら、デートした都心の駅から数駅乗ったところにある乗り換えの多い駅で別れるところだが、シカマルはナマエの使う電車に一緒に乗った。

「……ありがとう。でもそんなに酔ってないよ。」

「酔っ払ってるやつほどそう言うんだよ。」

 ナマエの家の最寄駅まで着くと、家の近くまでは送ってくとシカマルが言うので、ナマエはそれに甘えることにした。

「ほら、」

 電車に乗っている間は離していた手を、シカマルはナマエに差し出した。ナマエは黙って自分の手を重ね、指を絡めて恋人繋ぎした。

 静かな住宅街を歩き出した2人。シカマルがお前んち結構駅近だったっけと言うので、ナマエはうんと答えた。あと少し歩けば、家に着いてしまうし、デートが終わってしまう。

「うち、もうすぐそこ。」

「へーいいとこ住んでんな。」

 シカマルは、家の目の前まで送るのは悪いかと思い、繋いでいた手を離そうとした。

「ん?」

 ナマエは立ち止まって、手を離さなかった。

「シカマル、今日は楽しかった……。」

 ナマエは下を向いたまま、楽しかった人とは思えない暗い声色でポツリと言った。

「俺も楽しかった。」

「……。」

 ナマエは手を離さず何も言わなかった。シカマルはなんだ?と思っていた。

「……シカマルはわたしのこと好きじゃないの?」

「え。」

「もーシカマル全然意味わかんないよ!告白してくれるかと思ってずっと待ってたのに……!」

 ナマエは涙こそ流していなかったが、目はウルウルしていた。シカマルは呆気に取られた。

「わたしの方が振り回されてる……、もうやだ……!わたしはシカマルが、」

 ナマエが言いかけたところで、シカマルはナマエを引き寄せて抱きしめた。ナマエはうむ、と変な声を出してシカマルの胸元に収まった。

「気付いてるだろ、俺の気持ちくらい。」

「……確信がないの。言ってよ。」

「好きだ、ナマエ。」

「……あ、ありがとう……言わせちゃった……。」

 ナマエは酔いが冷めたのか、シカマルの腕の中で恥ずかしそうに顔を隠した。

「酒入れちゃったから今日はやめとくかって思ったんだよ。」

「ご、ごめん、わたしがお酒飲みたいって言ったからだよね。」

 ナマエが誤魔化すように、シカマルにぎゅっと抱きついた。シカマルはそれを可愛いと思ったが、やっぱりこいつにはペースを乱されるなと思った。

「わたしもシカマルが好き。今日はとっても楽しかった。」

 ナマエがシカマルを見上げて可愛いことを言うので、シカマルは顔を近づけてキスしようとして――やめた。

 ――めちゃくちゃ住宅街だし、というかナマエの家のそばだし。

 シカマルはキスしたいが、こんな道の真ん中じゃなく別の機会がいいだろうと思った。したいけど。

 そんなシカマルの気持ちを知ってか知らずか、ナマエが近づいて離れたシカマルの顔に手を添えた。

「!」

「チューしたくなっちゃったからしちゃった。」

 ナマエがちゅ、と軽くシカマルにキスをした。ナマエは恥ずかしげもなくふふっと笑った。シカマルはその顔を見て、生涯ナマエには敵わないし、翻弄され続けるんだろうなと思った。ため息が出そうになったが、悪くない気分だった。



『助演男優賞』

 完。

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