12
教授が以上、と言うとその言葉を今か今かと待っていた教室にいるほぼすべての学生たちがわっと話しだし、筆記用具や教科書を片付けるがさがさとした音でかなり騒々しい。
いつものナマエならそのうちの1人だった。ノートだけはいつもの倍以上取っていたが、内容はまったく頭に入っていなかった。教授が昔釣ったという魚の話まで書き込まれている。
「じゃ、わたしあっち行くわね。」
「ちょっ、待ってよいの……!」
ナマエがぼけっとしている間に、いのはカバンを肩に掛けて去っていってしまった。ナマエは仕方なく、といった感じでシカマルを見た。
「ごはん食べる?」
「ああ。」
ここでもやっぱり誘うのはナマエだ。
ナマエとシカマルは並んで歩き出した。ナマエは2つあるどちらかの学食に行くものだと思っていたら、シカマルは大学の裏門の方を目指しているようだった。
「ちょっと歩くけどいいか。」
「え?ああ、いいけど。」
ナマエが肩にバッグを掛け直した。歩いている間、ナマエは何人かに声をかけられて、やほーとか久しぶりーとかを言っていた。ナマエはシカマルとの無言が辛かったので、声をかけてきた友だちに心の中で感謝した。
シカマルがここでいいかと聞いてきたのは、大学から少し歩いた先のアーケード街にある昔ながらの喫茶店だった。カフェの大きな窓とは違い、中の様子がほぼ見えないお店にナマエは少し緊張しながらも、シカマルと一緒だからいいかと思った。
店内は、外のこじんまりとした雰囲気よりは広く感じられ、絶妙な花柄のソファは座り心地も良かった。
「……素敵じゃん。」
「しかも美味いから。」
シカマルはメニューをナマエの方に向けながら笑った。メニューはWordでさっと作ったような文字の羅列で、ナマエは上から下まで文字を追った。
「プリンアラモード食べたい。」
「飯も食えよ。」
「間違いない。……たまごサンドとカフェオレにしよっかな。」
シカマルはナマエの分と自分にナポリタンとコーヒーを頼んだ。
無言が続くが、店の雰囲気も相まって先程より苦痛に感じなかった。
「……木ノ葉の人もいないしいいね。」
沈黙を破ったのはナマエだった。
「穴場だろ。」
「シカマル、こんなお店も知ってるんだ。意外。」
「悪かったな意外で。」
シカマルがいつものように意地悪に笑うと、ナマエは軽口をやめて一口水を飲んだ。
「んーん。わたしってシカマルのこと全然知らない。……この間はごめんね、わたしシカマルならどういう態度でも許してもらえるって甘えてたかも。」
ナマエは真っ直ぐシカマルを見つめた。シカマルは、自分から言うはずだったその言葉を、ごちゃごちゃ考えている間に先にナマエから言われてしまった。
「あれは……俺が悪いから。ごめん。」
「いや、ここ最近……学祭の準備あたりからわたし態度悪かったと思う。ごめんね。」
注文したコーヒーとカフェオレが届き、2人は一口飲んだ。
「仲直りってことでいいよね?」
「ああ。」
ナマエが困ったように笑うので、シカマルもつられて同じような顔になった。
「あー良かった。ずっとモヤモヤしてたからすっきりした。」
注文したナポリタンとたまごサンドも届いたので、2人は静かに食べた。たまごサンドはたまごがたっぷりでパセリが添えてあり、ナポリタンはケチャップの色が濃く、輪切りにされたピーマンが花のように咲いている。
「美味しい!また1人でも来ようかな。」
「誘えよ。俺が紹介したんだから。」
「時間割見せてよ。シカマルがいつ暇なのか知らないもん。」
シカマルとナマエはゆったりとした空気の中、いつものようにくだらない話をした。お互いまた元に戻れて良かったと思いつつ、引っかかっていることもある。和やかな空気に水を差したくなく、どちらもとりとめのない話題を探しては場を繋いだ。
「プリンアラモードも食べようかな。」
ナマエがメニューに目を落としながら、落ちてきた髪をさらりと耳にかけた。その動きを見ながら、シカマルは口を開いた。
「サスケとはどうなってる?」
ナマエは突然蒸し返された話にピクリと反応して目を伏せた。
「……え。どうもなってないよ。」
「結構長いこと付き合ってたんだろ。高校時代かなり話題になってたからな。その相手がまさかお前とは。」
「世界は狭いよね。まぁ地元近いからだけど。」
「サスケと切れてねーとは思ってないけど、あっちはそう思ってなさそうじゃねーか。」
「どうだろ。向こうのキャンパス女子少ないから飢えてんじゃない。」
「いや真面目に。」
ナマエはプリンアラモードを追加で頼むと、シカマルもコーヒーをおかわりした。棘はないが、シカマルが探るような口調で、ナマエはのらりくらりとかわしている。ナマエはそれも難しくなってきたのか、ふうと息を吐いた。
「中3から付き合い始めて、高3で別れたよ。わたしはサスケと同じ大学へ通うために必死で勉強したけど、合格した時にはもう別れてた。」
「長っ。」
「でも何度も喧嘩して別れかけてたし、1か月連絡取らないこととかあったから。」
「なんで?」
「なんでっていうのは喧嘩の理由ってこと?……普通にいろいろ。まぁでもお互いヤキモチ妬きだったからかな。サスケは彼女がいること学校で言ってくれないし、わたしも男友だちと遊んだり、あと恰好とかギャルだったから、いろいろ心配だったんじゃない。」
ナマエは届いたプリンアラモードのフルーツから食べ始めた。シカマルは自分の知らないナマエの世界がすぐそこで広がっていたことを実感した。
「今は何もないよ。過剰に元彼に反応しちゃっただけ。我愛羅も事情を知ってくれていて、あんまり関わらずに済むようにしてくれてたしね、たぶん。」
シカマルは合点がいった。ナマエが我愛羅と必要以上にベタベタしてたのはそういうことだったのかと。
ナマエはプリンを意味もなく突きながら、チラっとシカマルを見て意を決したようにはっと息を吸った。
「シカマルこそ、テマリさんと付き合ってたとか……。」
「なんだよ。」
「な、生意気。あんなきれいでかっこいい、大人の女性と……。」
ナマエはシカマルを見ずにプリンを小さく掬って口に入れた。
「なんだ大人って。1つしか変わんねーよ。」
「……シカマルは、どのくらい付き合ってたの?」
「高2から1年くらい。俺も受験で別れたから同じ。」
「テマリさん砂大だよね?」
「そう。俺は木ノ葉志望だったからそこも揉めた。高校生と大学生で付き合うのもきつかったし。」
「この間1回しか会ってないけど、なんか芯があって……素敵な人だね。」
「そうかもな。」
「え!まだ好きなの!?」
ナマエがさくらんぼを持ったまま勢いよく聞いてきたので、シカマルはくくっと笑った。
「お前とサスケと違ってこっちはすっきり終わってっからな。一緒にすんな。」
ナマエはそれを聞いて、先ほどの自分の声が思ったより大きかった気がしてしゅんとしてさくらんぼを食べた。
「こっちだって終わってるから。きれいなお別れではなかったけど。」
「ふーん……。」
シカマルはコーヒーを飲んでから、ナマエをじっと見た。
「……今度どっか行く?」
「え、何突然。行く。」
「ははっ、即答かよ。じゃー行く場所考えとく。」
「ん。」
シカマルがナマエを誘うのは初めてだった。お互い「誰誘う?」なんて野暮なことは言わなかったし、4限が始まるギリギリの時間まで、時計を見ないふりしてゆったりとした時間を過ごした。
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