09
学祭当日。
1日目はリハーサルのようなもので、基本的には外部から人を呼ばずに学内の人間のみで行うため、平日開催だった。
シカマルはナルトに呼ばれて中庭でたこ焼きを焼いている。たった数時間焼いてるだけでいいと言われたので、めんどくせーと思いながらたこ焼きを丸め続けた。ナルト自身は下手すぎてクビになったらしい。
「シカマル、めずらしいわね。あんたがこのサークルに顔出すなんて。」
理系キャンパスに普段はいるサクラが、今日はシカマルの隣でプラスチックカップに飲み物を注いでいる。サクラもナルトに誘われてこのサークルに入っていた。
「ナルトがどうしてもって言うからよ。時給が出ねー労働はしない主義なんだけどな。」
「去年もたしか来てなかったわよね?」
「あーまぁな。」
――今年は誰かさんが張り切ってるから参加してやってんだ。
シカマルが死んだ目でたこ焼きを丸め続けていると、あのお昼以来会ってもいなければ連絡もとっていないナマエが現れた。
「サクラ!シカマル!」
ナマエは祭仕様なのかいつもより派手だった。真っ赤な学祭実行委員のシャカシャカしたマウンテンパーカーはダサいはずなのに、ナマエは不思議とよく似合っている。ジーンズのショートパンツから伸びる脚は傷ひとつなく、厚底のスニーカーのせいもあってスタイルがよく見える。派手に見えるのは化粧のせいなのか、いつものようにすとんと下ろした真っ直ぐな髪をなびかせて、ナマエはキラキラした目をシカマルとサクラに向けた。
「ナマエ!」
サクラが持ち場を離れてナマエのもとへ小走りで出て行った。
「サクラがこっちのキャンパスにいるの変な感じ。この間そっちへ行ったけどだいぶ広いよね。」
「田舎だから無駄に広いのよ。ね、ナマエ食べていくでしょ?」
サクラがナマエを簡易的なテーブルに座らせて、シカマルたこ焼き!と言った。
「へいへい。」
ナマエは荷物をテーブルに置いて立ち上がると、シカマルの隣まで来た。ナマエはシカマルの手元をじっと見て何も言わない。
「……何だよ、」
「うまいじゃん。あと手がキレイ。」
シカマルがチラっとナマエを見るとナマエはにっと笑った。変な感じで別れたが、いたって普通だった。
「タコパの焼き係として今後重宝されると見た。」
「無賃労働はしねーって。」
ナマエがいたずらっぽく笑うので、シカマルも笑った。
「わたしマヨ青のり抜きね。お金払ってくる。」
ナマエは会計係の男と気さくにしゃべって金を渡している。楽しそうに笑うナマエは、どこへ行っても見つけられそうなほど、華やかで目立つ。
「シカマル、そろそろ代わろうか?もうすぐキバが来るし、ナマエと話してきたら?」
サクラがにやーっとした顔で見てくるので、シカマルはそれを見ないふりしてそりゃどーもと言った。
「シカマル休憩?」
「ああ、もういいってよ。」
ナマエの向かいの席を引くと、地面に擦れた椅子の足がガガッと音を立てる。
「そうなんだ、1個食べる?素人たこ焼きだけどなかなか美味しいよ。」
「悪かったな、俺が焼いた素人たこ焼きで。」
「ふふ。」
ナマエは軽口を言いながら自分が使った箸をシカマルに渡してきたので、あ、と少し意識したが何も気付かないふりをして箸を受け取った。
「どう?」
「……まぁたこ焼きだな。」
ナマエに箸を返すと、ナマエはまた1つぱくりとたこ焼きを口に入れた。シカマルがあ、と思ったような間もなく何も気にしていなさそうなナマエに、そりゃそうだよなと思った。この歳で間接キスを気にする方が意識しすぎだ。
「ナマエ。」
シカマルの背後から声がして、シカマルも振り向いた。ナマエは声の主を見上げている。サスケだった。サスケはシカマルやナルト、いのやサクラと同じ高校で、今はサクラと同じ医学部に通っている。シカマルはキャンパスが違うので、サスケを久しぶりに見た。
「どうしたの?」
ナマエは箸を持ったまま無感情でサスケに聞いた。シカマルは、知り合いなのかと2人を見比べて黙っていた。
「我愛羅が探してた。行くぞ。」
「んー食べ終わってから行くよ。我愛羅には連絡入れておく。」
ナマエはたこ焼きをもう1つ口に入れてもぐもぐと咀嚼した。サスケはナマエを見下ろしてしばらく黙った後、シカマルとナマエの間にペットボトルの飲み物を置いた。ナマエがいつも飲んでいるストレートの紅茶だった。
「え……、ありがと。」
ナマエは紅茶を手に取って、その何の変哲もないラベルを眺めた。サスケはそれで満足したのか去っていった。ナマエは去っていくサスケをちらりとも見ずにまたたこ焼きを食べ始めた。シカマルはにこりともしないナマエに違和感しかなかった。
「サスケと知り合いだったのか。」
「あー……、そっか。同じ高校だもんね。中学一緒だったの。」
ナマエはスマホを取り出して、文字を打っていた。ナマエの長い爪がスマホの画面に当たるカチカチという音がする。我愛羅に連絡を入れているんだろう。
「付き合ってたとか?」
シカマルが頬杖をついてナマエを見ると、ナマエは片方の頬にたこ焼きを詰めながら、なんてことのないように「そうそう」と言った。
「ふーん……。」
ナマエはシカマルと目を合わせず紅茶を飲むと、ふうと息を吐いた。
「なんかお腹いっぱいになってきちゃったな。冷めてるけど食べる?」
ナマエがへらっと笑った。ようやくシカマルを見た。
「いらね。」
「……あそ。」
ナマエはまた口にたこ焼きを入れた。舟に残ったたこ焼きは残り1つになった。
「お前の理想が高いの納得だわ。」
「は?何が。」
目を合わせずに話した。棘のある口調や言葉選びなのは、お互いわかっていたが止まらなかった。
「元彼と切れてねーなら恋愛に身が入らなくて当然だよな。」
「……そうだったとして、なんか問題ある?」
ナマエは無理やり最後のたこ焼きを口に詰め込むと、紅茶を持って席を立った。
「ごちそうさまでした。じゃね。」
ナマエは校舎の方に消えていったが、シカマルはナマエの後ろ姿を見送らなかった。
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