番外編IF
もしも主人公の両親が生きていたら少しずついろんなところが変わったはず、というお話。続きます。
ナマエはうちはの集落の門をびくびくしながら通り抜けた。うちはの家紋の前には立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされている。中はひっそりとしていて、人影がない。
数日前までは暗部などの忍が出入りし、遺体を回収したり痕跡を調べていた。ナマエは入ってはいけないと母から言われていたので、何が起きているかもよくわからず昨日まで遠巻きに見ていた。どうやらそれらはすべて終わったようで、今は不気味なほど静かだ。アカデミーからの帰り、勇気を出してナマエはひとりでサスケの家に向かって駆け出した。
「サスケ、いる?」
「……。」
「あ、いた……。」
ナマエの言葉に反応しないまま、サスケは縁側で寝ころんでいた。ナマエはサスケがいたことにほっとして、サスケのそばに寄ると隣に座った。
「サスケ、うちでご飯食べない?……たぶんサスケの分作ってくれるよ。」
「……。」
ナマエは「お母さんが」と言いかけてぐっと口をつぐんでやめた。サスケは母親どころか親族全員亡くなってしまったのに、自分の母親の話をするのはサスケに悪いと思った。
「アカデミーからそのまま来たから今は何もないんだけど、おにぎりとか持ってきてもいいよ。」
「……。」
「おかかがいいよね?わたしが作ってこようか?下手っぴだったらごめんね。」
ナマエが縁側から降りて駆け出そうとすると、くっと引っ張られたような気がして立ち止まった。サスケがナマエの服の裾を掴んでいた。
ナマエはサスケに自分の声が届いていたことを実感して少しほっとした。元の位置に戻って腰掛け直すと、ナマエは寝ころぶサスケを見下ろした。
「……。」
「……。」
何と言っていいのかわからず、ナマエは黙ってしまった。サスケとは幼なじみでしょっちゅう遊んでいたが、サスケに対して言葉を選んだことはいまだかつてなかった。ナマエは悩んで、サスケの目にかかる前髪を触った。目が合わないかと淡い期待があった。
「サスケ、修行とかする?」
「……。」
「しないよね。んー……。」
ナマエはなんとかサスケを元気づけたかった。食べ物や修行ではダメとなると、もうサスケが興味のありそうなことは思いつかなかった。サスケはいつも修行ばかりしていたから。
「あ!そうだ。サスケ、これ見て。」
ナマエはアカデミーに持っていっていたカバンから、巻物を取り出して広げた。
「最近お母……えっと、教えてもらってるの。封印術とか。」
巻物にはスタンダードな封印の術式が記載されており、後は術者がチャクラを込めて契約対象を指定するだけで契約完了するようになっていた。
「ここに、わたしとサスケがチャクラを込めて、あと血を垂らせばたぶん「ずっと一緒」っていう契約になると思うの。……やってみない?」
ナマエはサスケの腕を掴んで無理やりサスケの上体を起こした。何の抵抗もなくサスケは体を起こしたので、ナマエはヨシと気合を入れて巻物と向き合った。
「……ナマエ、」
巻物に夢中になっているナマエに、サスケが小さな声で呼びかけた。ナマエはサスケが声を出せることが嬉しかった。
「サスケ!なあに?やるよね?」
サスケはそれに返事はしなかったが、ナマエは1度声を聞けただけで十分だったので、努めて明るく振舞った。
ナマエがあれだこれだと言いながら、サスケは無言で作業をした。ナマエは両親がしていたことを後ろから見ていたので、思い出しながらやってみた。少量の血が必要だったので、サスケはクナイで自分の指を傷つけた。ナマエもやろうとクナイに手を伸ばし、指の先を切りつけた。
「あれ……。」
何度試しても、巻物は何の変化もなかった。何か手順が間違っているのか、ナマエは焦って血をたくさん流したが、巻物はうんともすんとも言わない。
「ごめん……間違ってるのかも……。」
ナマエはサスケに謝った。カバンから包帯を取り出してサスケの指に巻いてやる。
「本当にごめんね……。明日、」
明日やり方を聞いてやり直させて、と言おうとして、その言葉は止まった。サスケがナマエを抱きしめたからだった。ナマエは手を背中に回そうとして、自分の手が血だらけなことを思い出して躊躇った。
「あ、サスケ……?」
サスケの目から涙はこぼれていなかったが、きっと泣いているんだろうと思った。そう思うほどサスケの身体は小さく感じた。なぜだかナマエの目から涙がこぼれ落ちた。
「ごめんねっ……サスケェ……っ、」
簡単な「おまじない」もできず、サスケへ何もしてあげられないことにナマエは悔しくて泣いたが、サスケはナマエが自分の代わりに泣いてくれているようで心が少し暖かくなった。
「でもサスケにはわたしがいるからっ……、わすれないで……。」
イタチがサスケ以外のうちは一族を皆殺しにした数日後のことだった。
この時ナマエはイタチの仕業であることを知らなかったが、サスケが1人ぼっちになってしまったことだけはわかっていた。サスケはナマエが泣き止むまでナマエを抱きしめて、その後ナマエが無理やり引っ張って自宅に連れ帰り一緒に夕飯を食べた。
口寄せ契約は失敗したが、巻物に込めなくともサスケとナマエには見えない繋がりが生まれていた。
――ただの幼なじみじゃなくて、サスケは今日からわたしの家族だからね。
ナマエは伝わるといいなと思いながらサスケに笑顔を向けた。
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