口寄せごっこ | ナノ 番外編IF


 ナマエは暗い瞳のまま木ノ葉隠れの里を歩いた。あてなどないのに、家にいたくなくて用事もないのに徘徊してしまう。皆が心配してくれているのはわかっている。それでも、ネジの犠牲の上に成り立っているこの世界に住む人々に、この世界そのものに怒りにも悲しみにも似た感情を抱いていた。

「ナマエ、お前に任務はしばらくあげないよ。」

「……え?」

 六代目であるカカシに呼ばれ、次の任務に早く就きたいと思っていたナマエは大急ぎで火影室へ向かった。部屋にはカカシしかおらず、火影の側近であるシカマルでさえいなかった。部屋はシンとしている。

「しばらく休みあげるから、どうにか眠った方がいい。」

「……眠っています。休みなら十分いただいていますし。」

「あのね、酷なこと言ってるのはわかっているけど、お前を死なせるわけにいかないでしょ。」

「……。」

「眠れないって気持ちも、嫌ってほどわかる。でも、このまま任務に出続けて今の無茶な戦い方したら確実に死ぬよ。」

 カカシの後ろで夕日が沈み、顔には暗く影ができた。ナマエは正面から真っ赤な光を浴びて眩しく思ったが、その黒い瞳は夕日を浴びてもキラリとも光らない。濁ったままだった。

「でも……、」

 ――眠くならないし、任務に出ていたいし、そのまま……。

「……わかりました。お休みをいただきます。」

「……ああ。」

 ナマエは口論することも自分の気持ちを理解してもらうことも諦めていた。火影直々に任務を与えないと言われたら覆らないだろうと思い承諾することにした。
 カカシは火影室を出ていくナマエの後ろ姿を見送りながら、これで良かっただろうかと頭が痛くなった。

 急に暇になってしまったナマエはまた歩き出した。繁華街まで来るとすっかり夕食時だ。本来なら腹の空く時間だが、ナマエはまったく腹が減らない。煙が出ている店の前を通ると、その煙につられて店をちらりと見た。

「あ……、」

 焼肉Qだった。換気のため開け放たれた窓からは、見知った顔がたくさん並んでいた。
 ナルトの隣にはヒナタが、いのの隣にはサイが、サクラの隣にはサスケがいた。――ナマエの隣にはネジがいないというのに。

 ナマエは逃げるように走り出した。

 ――ここはどこなんだろう。みんなはなぜ笑っているのだろう。自分はなぜこんなところにいるんだろう……。

「ナマエ、」

 ぐっと腕を掴まれ、自分の勢いを殺しきれずにぼすっとその人の胸に飛び込んだ。懐かしい香りがした。すっからかんの胃には厳しい焼肉の燻る匂いも。

「サスケ……。」

「顔色が悪い。」

 サスケはナマエの頬に手を添えた。サスケがナマエの顔を覗きこむので、慌てて顔をそらした。

「嘘、なんでだろ……?」

 眠ってもいないし、ろくに食事もとっていないからだとは言えなかった。

「帰るぞ。」

「え?」

「家に帰る。」

「あ……でも、」

 ナマエは自分の家には帰りたくなかった。1人ぼっちであることを嫌と言うほど痛感させられるから。

「俺の家ならいいか?」

「……え、」

 サスケは眉を下げて困ったような顔をしていた。自分の家よりは良いとナマエは思った。

 ――でもサクラちゃんが。

 ナマエは言おうとした言葉をぐっと堪えた。1人になりたくなった。





「わ、結構きれいだね。」

「お前が知らないだけでこの家にも帰ってきている。」

 サスケは里抜けの重罪人なので完全な自由とはいかないが、ある程度好きに生活させてもらっているようだった。
 ナマエが部屋を見渡している間にいつの間にかサスケは別の部屋へ行っていたようで、襖を開けて静かに戻って来た。

「こっちに来い。」

「うん?」

 サスケについていくと、隣の部屋に布団が敷いてあった。2組並んでいる。ナマエはそれを見下ろして、またサスケを見た。

「寝ろ。」

 サスケはナマエの腕を引くと、やや強引に布団へ押し込んだ。ナマエにすっぽり布団を被せると、上着を脱いで隣の布団へ自身も入った。

 ――エッチするのかな……。

 ナマエは布団から頭を少しだけ出して、隣にいるサスケをチラっと見た。サスケもこちらを見ていて目が合った。

「寝ろって。」

 柔らかい響きだった。サスケの瞳も優しかった。

「ありがとう……。」

 ナマエは目を瞑った。驚くほどすぐに眠りに落ちた。眠っている間、ナマエは夢を見た。髪を撫でたり額にキスしたり布団をかけ直すサスケが隣にいてくれる夢だ。





 目を覚ますと翌日の昼過ぎだった。夕食時に眠り始めたから、半日以上眠ってしまったようだ。上体を起こすと隣にサスケはいなかったが、久しぶりにたっぷり眠れてかなり気分が良かった。

 家に戻ってシャワーを浴びて着替えた。そしてまた街に出る。橋の上から里の中心地を眺めた。皆笑顔で人々には活気があった。

 ナマエはそれを見下ろして、そのまま火影室へ向かった。

「旅に出ようかと思います。」

 カカシに言うと、忙しいながらもえ、と手を止めてナマエの顔をまじまじと見た。火影室勤務のシカマルもナマエの方を振り返って手を止めた。

「どういうこと?」

「里には活気が戻っていて、人々は笑って暮らしている。わたしはそれを濁った目で見ることしかできないんです。この幸せに浸れないんです。」

 ナマエは昨日より顔色が良かったが、言っていることは声色のわりに暗かった。それでもカカシは、昨日のナマエよりマシだと思った。

「心を休めたいんです。誰も自分を知らない場所でゆっくりしたい。許してくれますか?」

「ナマエ、お前そんな……、」

「いーんじゃない。」

 シカマルは口を出そうとしたが、カカシはにっこり目元を三日月のように細めた。

「カカ……六代目!」

「いいじゃないの。昨日のままだったらどうしようかと思ったけど、死んだように里へ留まるよりマシだよ。」

「カカシ先生、ありがとうございます。」

 カカシはナマエから悲しみや怒りは消えていないことに気付いていたが無理に里に留めるよりも、きちんと報告して外へ行くと言ったナマエの気持ちを尊重してやりたいと思った。
 シカマルは何か言いたげだったが、カカシの言葉とナマエの表情に、これ以上何も言うことはできなかった。





 必要なものを巻物に収納し終えたナマエは、少し任務に行くだけといった恰好で里の門を目指した。墓地に行くか少しだけ迷い、結局行くことはできなかった。

 あ・んの門をくぐると、心の鉛のようなものが1つ落ちた気がした。再び歩き出そうとした時に、視線のような直感のようなものを感じで振り返った。

「サスケ……。」

「……。」

 サスケは何も言わなかった。わかりづらい幼なじみの言いたいことが、今日だけはよくわかった気がした。

「サスケ、優しくしてくれてありがとう……。」

 ナマエはその場で立ち止まったまま言った。

「一緒に眠ってくれてありがとう。」

 サスケはナマエが壊れないように隣で眠ってくれた。焼肉屋の小さな窓からナマエを見つけて追いかけてきてくれるのは、もう今はサスケしかいないだろう。頭を撫でて、額にキスをして、愛おしく見つめてくれるのは、きっともうサスケしかいない。ナマエにはそれが痛いほどわかっていた。――それは恋人だったネジがいないから。

 ナマエは、サスケの優しさに、気持ちに、応えられないと思った。ナマエの心にはネジがいたから。里の平和を受け入れられないのは、やっぱりネジを失ったからだ。

 ――サスケにはサクラちゃんがいるから大丈夫だよね。

 最後に微笑んで、今度こそ振り向かずに里を離れた。ごめんなさいは言わなかった。サスケにはすべてわかっているだろう。ナマエにサスケの気持ちがわかるように。

 ――さようなら。

 あてなどない。目的も行き先も何もないこの旅の始まりは静かだった。

 ナマエはサスケがどんな顔をしているか見えていなかった。気付かぬまま旅に出た。サスケがナマエにどれだけ執着していたかを。





 ナマエが旅に出てから、早いもので5年が過ぎた。
 行先はあらかじめ決めずに気の向くまま旅していることもあって誰にも滞在先は伝えていないが、気持ちが落ち着いたのでヒナタと時々手紙のやりとりはしていた。これからどんどん便利になっていくし、気軽に「雷話」できる時代がすぐそこまで来ているかもしれない。
 ヒナタからの手紙にはナルトとの子どもが産まれ、子育てに奔走していると書かれている。ナマエはそれを読みながらふふっと笑った。ヒナタなら素敵な母親になっているだろうと思った。

「サクラちゃんもいのちゃんもお母さんか……。」

 ナマエが旅に出る直前からカップルが急増していたので、ちょうど同期の出産ラッシュも終わったようだ。
 木ノ葉の里へ帰る予定は今のところ決めていないが、ナマエはもう前を向いて生きていた。たくさんの国を見て、いろいろな場所で滞在するのが性に合っている。1つの里に腰を据える必要はないと思っていた。

 数日前から滞在しているホテルを出ると、町唯一の図書館に向かった。次の目的地を決めるために周辺の国の観光案内でも見ようと思ったのだ。
 風の強い日なので、ナマエの短く切り揃えた髪がふわっと持ち上がる。旅に出るにあたって長い髪は邪魔なだけなので、今はショートボブにしている。ショートの髪を耳にかけて知らない町を1人で歩く今の自分が、ナマエは好きだと思った。

 図書館の建物は古いが、掃除が行き届いておりきれいだった。
 ナマエは何冊か本を手に持ちながら、背伸びをして「もう1冊だけ」と腕を伸ばした。その時だった。

「……え。」

 上に伸びているはずの自身の身体が逆に引っ張られる感覚がした。下へというよりは内側に。ナマエにはこの感覚に覚えがあった。ボンッという音と、ナマエの持っていた本がバラバラと床に落ちる音がする。小さな図書館でナマエが消えたところを見ていた者は1人もいなかった。

 煙が晴れた先はやや暗い部屋の中だった。石の床は冷たく寒気がした。顔を上げなくてもわかる。目の前にいるのが一体誰なのか。

「サスケ。」

 ナマエは立ち上がった。暗くて見えづらいが、気配でわかる。というよりは、こんなことができるのはこの世でただ1人しかいない。

「ナマエ。」

 サスケの髪は伸びていた。輪廻眼の方が長い前髪で隠れていて、大人っぽくますますかっこよく成長していた。
 サスケは当然のようにナマエの頬に手を伸ばし、そのまま短くなった髪を撫でた。

「髪が短いな。」

 サスケが愛おしい者に触れるように優しく撫でるので、ナマエはそれを信じられないものを見るように目を開いて黙って受け入れた。サスケはそのまま顔を近づけたので、さすがにナマエはぎょっとして顔を引いた。

「え、あれ……?ちょっと待って。あの、どうしたの?」

 ナマエはサスケから2歩距離を取った。サスケの作った空気に呑まれそうになって、いろいろとおかしいことに気付く。

「サクラちゃんや……娘さんは?それにここはどこなの?」

 つうっと背中に嫌な汗が流れるのを感じた。あまりにも『普通』な態度のサスケに流されかけたが、何もかもがおかしい。

「ここは火の国の国境近くだ。俺も旅をしていて今はここを拠点にしている。」

「そうなんだね……?」

「やっとやっかいな1件が片付いた。しばらくはゆっくりできそうだ。」

 サスケの表情はあまり変わらなかったが、声色が少し嬉しそうだった。ナマエに1歩近づくと、あっという間に空けた空間は埋まった。そのままサスケの腕の中に閉じ込められて、ナマエは金縛りにでもあったかのように動けなくなった。懐かしい香りは何も変わらない。サスケは何も変わっていない。あの布団で眠らせてくれた日の続きを、今しているだけだ。

「ナマエは会うたびにきれいになるな。」

 ――サスケってそんなこと言える人なの。





 ナマエは自分に跨り腰を振るサスケ見上げながら、なぜこんなことになったのだろうと思った。

「ハァッ……、ナマエ……っ!」

「あ、あっ……だめ、サスケ……!」

 どこか冷静に、このあさましい行為を上から見る自分がいた。それでもぐちゅぐちゅと鳴る結合部からの音がどんどん大きくなるせいで、だんだんと意識が遠のく。
 サスケはナマエに舌を絡めるキスをして、上も下もナマエのすべてを奪う。ナマエはされるがまま揺れ、絡め、目を閉じる。

 ――もともと歪な関係だったんだもの。

 サスケは守るべき妻と子の無事を確認しに里へ戻り、その後ナマエを抱く。
 ナマエは自分が何をしているのかわからなくなりながら、いったいどこからやり直せばいいんだろうと思った。

「イっちゃう、イくっ……!サスケ……あっ!」

「はぁっ、ナマエ……、くっ……、」

 ――昔は何を考えているかなんてなんでもわかったのにね。

 ベッドの上でサスケと手を繋ぎながらナマエはサスケの横顔を見た。サスケもナマエの方を見て、微笑んでいる。

 ――今はサスケが何を考えているか、これっぽっちもわからないよ。

 ――まあいいか。

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