二十九
「ナマエはいるか。」
「ナマエ?あーさっきまでいたけど……。お前らまだ追いかけっこしてんのか。」
カカシに呼ばれた帰りにサスケはナマエがいるであろう場所に着いたが、ナマエには会えなかった。シカマルはこつ然と姿を消したナマエに呆れつつ、そうかと言って去るサスケを見送った。
「ナマエ、そのへんにいるだろ。」
「……気付いてたんだ。」
ナマエはサスケの死角になっていた場所から顔を出した。シカマルはため息を吐いた。
「サスケ昨日も来てたろ。なんで避けるんだよ。」
「んー……、」
「告られたか。」
ナマエがなんと答えていいかわからずにいると、シカマルはズバリ言い当てた。適当に嘘を吐いてもシカマルにはバレてしまいそうだと思っていたが、まさか言い当てられると思わずナマエはもごもごしてしまった。
「まさかサスケの気持ちに気付いてなかったわけじゃねーだろ。」
シカマルの言い方からして、サスケの気持ちは筒抜けだったようだ。サスケにも気付くのが遅いと言われたが、まさかシカマルが察するほどとは。ナマエはネジの時もそうだったが、自分の気持ちも人からの好意にも鈍感だ。
「シカマルくんはなんでわかるの?テマリさんといい感じって聞いたけど、お互いの好意ってわかるものなの?」
ナマエはずいっとシカマルに詰め寄ると、シカマルはそれを後退して避けると自分の首の後ろを居心地悪そうに触った。
「お前と恋愛話する気なんてねーよ。」
「……。」
「んな顔してもだめだ。」
ナマエはシカマルから恋愛の話を聞くのを諦めた。仕方なくナマエは仕事に戻ることにした。シカマルはそんなナマエの後ろ姿を見て、「実は俺もお前のこと好きだったんだぜ」と言ったらナマエはどんな顔をするかなと想像してやめた。
それから1週間近く、ナマエはサスケを避け続けた。そもそもサスケが里を自由に歩き回る許可は出ておらず、必要な時に街に出るくらいなのであまりナマエを探せなかった。
ナマエ自身、避けるのは悪いと思っているがどんな顔をしていいかがわからなかった。身体を繋げた後会う方が一般的に気まずいはずだが、ナマエは好意を伝えられた後の方がドギマギしてしまっている。
――もう少し、気持ちの整理をしたい……。
しかし、好きじゃないですごめんなさいと言う気にもなれなかった。ネジを失って気持ちを新たにするには時間が足りずにナマエは困り果てた。それでもサスケに会いたい気持ちはあるのだ。
ナマエは今日も里外の任務でなく病院の勤務だった。お疲れ様でしたと退勤し帰路につく。今日は寒いなと思いながら歩いた。サスケと手を繋いで歩いた帰り道を思い出し、やっぱりサスケには会いたいと思った。
その時だった。ボンッ!と大きな音がし、ナマエの身体は煙に包まれる。久しぶりに内蔵に引っ張られるあの独特の感覚がして、ナマエはまさかと思ったが、もちろん抗えない。気付くと足元に見覚えのある巻物が転がっている。逃げ出すことはできないと覚悟を決めて、ナマエは拳を握った。
煙が晴れると目の前にはサスケがいた。サスケの家の庭だ。ナマエはサスケの姿を十数日ぶりに見て緊張したが、まっすぐ見つめるサスケを見つめ返した。
「避けるな。」
「ごめん……、でもこれはもう使わないで……。」
「もう使わない。」
いつもは煙が晴れる前に回収される口寄せの巻物が今日はナマエの足元で転がっている。サスケはもうこれを手放す気だと思い、ナマエは少し寂しいような気持ちになった。やっと開放されるのに。
「あのね、避けててごめんなさい……。もううちに帰れるようになったんだね。」
サスケは重罪人なので家でひとりで元通り暮らすことは叶わなかった。ナマエは詳しく知らないが、火影邸の近くで監視付きの生活を送っていたようだ。そのため、ナマエはサスケを避け続ける生活を続けられたわけだが。
「しばらくは里に帰らないから最後にここに来ることを許された。」
「里に帰らないってどういうこと……?」
「旅に出る。忍界を今の俺ならどう見えるか……それが知りたい。」
サスケはナマエから目をそらさずに言った。ナマエは放心して、しばらくってどのくらい……?とつぶやいた。
「決めてはいないが、数年は戻らないだろう。」
数年。ナマエは目の前が暗くなるような感覚がした。またサスケが自分のそばから去ってしまう。
――サスケがいないとわたしは……。
ナマエの瞳から涙がこぼれた。やっと少しずつ前を向いて生きていけるようになったのに、また自分のそばから離れていく。サスケはいつもナマエを置いていってしまう。
「またいなくなるんだね……わたしを置いて……。」
「……。」
「わたしのことが好きなら、そばにいてくれないと嫌だ……。もう1人は耐えられない……。」
ナマエは涙を流しながらサスケを見上げた。サスケは以前のようにナマエの涙を拭ってはくれなかった。
「行かないで……。」
ナマエはサスケに手を伸ばし、そのままサスケの胸に飛び込んだ。サスケの服の胸元がナマエの涙で濡れた。ナマエはサスケに抱きつきながらぼろぼろと涙をこぼした。
「お前のその気持ちは、俺のものとは違うだろう。」
サスケは静かに言った。ナマエはサスケにくっついたまま顔を上げてサスケを見た。
「孤独を恐れ、家族と離れるのが嫌だと泣く子どもだ。」
サスケの言っていることはその通りで、ナマエは黙ってサスケの言うことに耳を傾けた。サスケからの愛に答えられるかわからないのにそばにいてくれと泣くのは虫が良すぎる。それはナマエもわかっていたが、それでもワガママを言いたかった。
ナマエは視線を下げて、サスケから離れようとした。しかし、それは叶わずサスケの胸の中にすっぽり収まった。サスケが強くナマエを抱きしめた。
「だがそれでもいい。お前がまだ……他の男を想っていても、俺はお前を離す気はない。」
「……え?」
「俺と来い。……今度は、「それ」は使わない。ナマエの意思で、今を捨てて俺のもとに来い。」
サスケは足元に転がる巻物を見て言った。ナマエは手を伸ばしてサスケの背中に腕を回した。
ナマエは、木ノ葉隠れの里の墓地にいた。足元の無機質な石には日向ネジと彫られている。ナマエはしゃがんで手を合わせると目を瞑った。
――ネジさん。好きになってくれて、夢みたいな時間をたくさんくれてありがとうございました。
ナマエは立ち上がった。大きく風が吹いて、ナマエの黒髪はぶわっと踊った。耳が赤くなるほど風は冷たかった。ナマエは冬の訪れを感じながら髪を耳にかけた。ナマエは歩きだして後ろを振り返らなかった。
「サスケ。」
ナマエはあ・んの門の前まで来ると、門に寄りかかったサスケに声をかけた。サスケはナマエの姿を見ると、安心したように眉を下げた。ナマエはサスケのそんな顔を見てふふっと笑ってしまった。
「サスケもそんな顔するんだね。」
「お前が……まぁいい。行くぞ。」
ナマエは少し先を歩くサスケの後ろ姿を見ながら立ち止まったままだ。サスケはついてこないナマエに振り返ると、ナマエの顔をじっと見つめた。
「サスケ、あのね……。」
「……。」
サスケは少しうつむいた。そんな気はしていた。ナマエはかなり軽装だった。ほぼ荷物を持たず、いつもの忍服にいつもの忍具。まるで少し任務に行くだけのようだ。ナマエはサスケをまっすぐ見つめて、微笑んだ。
「わたし、自分の足でここまで来たよ。サスケに呼ばれたからじゃなくて。ネジさんのお墓も行ってきた。もちろんお母さんとお父さんと先生のところにも。
……きっとしばらくはここに戻らないから。わたしは自分で決めて、サスケと一緒にいるって決めたの。サスケが誘ってくれて嬉しかったけど、わたしは言われなくてもきっと勝手について行ったと思う。」
ナマエは歩いてサスケに近付くと、サスケの手を両手で握った。
「わたし、サクラちゃんみたいにサスケのためにしてあげられたことなんて全然ないって思ってた……。今日も、サスケについていっていいのか少し迷ったの。でもね、」
ナマエはサスケの瞳を見つめた。サスケも見つめ返した。
「サスケと生きていきたい。」
「!」
「……そう思ったの。絶対にそばを離れたくないって。」
サスケはいつも通り表情に乏しかったが、ナマエはサスケが驚いているのがわかった。ナマエはそんなサスケを見てふふっと笑うと、握っていたサスケの腕を引っ張った。
「!」
ナマエは近付いたサスケの唇に自分のそれを重ねて目を閉じた。首の後ろをに手を回すと、サスケもナマエの頬に手を添えた。
名残惜しく最後にサスケの下唇を軽く食むと、サスケと至近距離で目が合った。片方はまだ見慣れない輪廻眼だが、もう片方はナマエと同じ色をした黒くてキラキラした瞳だ。どんなに輪廻眼が貴重で素晴らしい力を持っていても、ナマエはもう片方の瞳の方が好きだった。
「ナマエ、愛してる。」
サスケはナマエをさらに強く抱きしめた。ナマエもサスケを強く抱きしめ返した。2人にはもう口寄せ契約は必要なかった。そばを離れるつもりはないから。
――「これで大丈夫。わたしにはサスケがいるし、サスケにはわたしがいるよ。」
幼いナマエがサスケの手を握った。
『口寄せごっこ』
完。
× | top | ×