二十三
ペインの襲撃を受け、里の人間の命は助かったものの、建物など里自体は壊滅状態だ。忍びたちはしばらく大国の名を守るために任務へ出つつ、空いている時間をすべて復興に使っている。
ナマエはチャクラが比較的少なくて済む力持ちの口寄せを呼び出して機材を運ばせつつ、医療班として怪我人を緊急テントで治療している。ナマエは災害時に本領を発揮するタイプの忍だった。
「あっ!ネジさん。こんにちは。」
「ナマエ、湿布と包帯をくれ。」
ナマエが緊急医療テントで怪我人を治療し終え、備品をチェックしているとネジが入ってきた。ネジは肩に手をやりながらも涼しげな顔だ。今日ネジは復興の機材運びやら力仕事を中心に任されていたので、ナマエは肩でも痛めたのだろうと思った。
「めずらしいですね。いつももっとキツイ修行してるのに。巻きましょうか?」
「頼む。まあお前の様子を見るために来たからな。」
「……えっと、あの、」
ナマエは耳と首が赤くなっていくのがわかった。恋人になったネジはこんなにも甘いのかとナマエはタジタジだ。
「ふっ……ははは!ナマエは本当にわかりやすいな。」
ネジの前でナマエはいつも恥ずかしそうにするので、ネジの観察眼がなくても一目瞭然でネジへの想いは筒抜けだ。今は「嬉しいけど恥ずかしい」と顔に書いてあった。
「ネジさんちょっと意地悪ですよね……。」
ナマエは不貞腐れた声を出しながら、ネジの腕の包帯を巻き直していった。
「ナマエがわかりやすくて可愛いからいけない。」
――か、可愛い……!?
ナマエは耳と首の赤さが顔に移っていくのがわかった。ナマエはネジに湿布をポイと渡した。
「あんまりからかうと怒りますよ……!」
「ははっ、悪かった。ここに貼ってくれ。」
ナマエは怒る気などさらさらなかったが、そう言いながらネジの着物の片方を少しずらして肩に湿布を貼った。
「せっかくだから整体しましょうか?人もちょうどいないですし。」
ナマエはマッサージや整体にも詳しかったので、肩が凝っていたり腰痛持ちの人には重宝されていた。それを受けるためにテントへ来る人もいるくらいだ。
「……やめておこう。俺は戻る。」
ネジは少し悩んで断った。恋人であるナマエと2人きりで身体を触られたら変な気を起こしそうだと思った。
「そうですか?じゃあ頑張ってくださいね。」
ナマエが手を振ると、ネジはテントから出て行った。それを見送ると、ナマエはふうとため息を吐いた。
――恋人が素敵すぎる。
ナマエはしばし浮かれながら仕事をした。休憩から戻ってきた看護師にご機嫌ですねと言われるくらいには。
「……え?」
「サスケは抜け忍だから仕方ねえ。俺もさっき聞いたところなんだ。同期には伝えておこうと思ってよ。」
ナマエの働く場所へたまたま赤丸に乗ったキバがさっそうと現れ、すごく大事なことを言った。
「ナマエも乗れよ。こっちで同期たちが集まってるんだ。」
「え、」
「ほら、トロトロすんな!」
ナマエはショックで放心しながら、キバに手を引かれて赤丸の後ろに乗せられた。ぐんと勢いよく走り出してバランスを崩しそうになったが、ナマエは自分の口寄せの背に乗ることもあるので慣れたように赤丸とキバに捕まった。
――キバはなんて言った……?サスケが国際指名手配で、そうなる前に木ノ葉で処分する……?
「ちょっと待って、キバくん、もう1回説明してくれる?どういうこと?」
ナマエは情報処理が追いつかず、前にいるキバへもう一度聞く。
「あ?言った通りだよ、六代目火影がダンゾウになって……っと、みんな集まってんな。」
赤丸が止まった先にはカカシ班以外の見知った同期のメンバーと、1期上のガイ班のメンバーがいた。ナマエが混乱したまま赤丸から降りると、キバが「ナマエもいたから連れてきた」と言った。
「ばっ、キバ!これを言うやつは慎重に選べっつったろ!」
シカマルがナマエをチラッと見てから怒った。
「は?だからナルトやサクラにはまだ詳しく話してねーって!」
「……いや、まあそうだな……。」
シカマルとネジ以外、ナマエがサスケの幼なじみであることを知らないので、キバは同期のよしみでナマエに軽く言ってしまった。シカマルはキバをたしなめたが、キバが不用意にナマエに言ってしまうのは当然だった。
「シカマルくん、どういうこと……?」
ナマエはシカマルに尋ねた。嘘であってくれと思いながら。後ろではいのが泣いていて、チョウジとテンテンが慰めている。
「キバの言ったとおりだ……。六代目火影のダンゾウがサスケを抜け忍として処分する命を下しちまった。それに雲隠れからはサスケは国際指名手配にするっていう通達も来てる。」
シカマルは歯を食いしばりながら辛そうにナマエに説明した。ナマエは余計に混乱した。
「ちょっと、待って……。なんでそうなるの……?復讐は終わったんだよね……?雲隠れってなんの話?」
ナマエはサスケから直接イタチに復讐を遂げたことを聞いていた。それが木ノ葉の上層部のせいだとも。それでもサスケはイタチの意志を汲んで落ち着いたら里に戻ると信じていた。
――そうでなければイタチ兄さんが報われない……。
サスケはナマエの想像より復讐に取り憑かれていた。さらに言えば、ナマエの想像よりサスケは愛情深く、それが反転した時の憎しみが凄まじかったということだ。
「サスケは今や暁の一員だ。こればっかりは……どうしようもねえ……。」
いのがわっとさらに泣いた。ナマエはシカマルやいのを慰める声が遠くに聞こえた。
――サスケのそばにいたのに、何もできなかった……。わたしが何もしなかったせいで、今度はサスケがわたしの知らないところで死ぬ……。
ナマエが顔を青くして何も言わないので、シカマルは何も言えなかった。いののようにわんわん泣いてくれた方がわかりやすいのにと思った。
「俺はこれからサクラと……ナルトに伝えてくる。」
シカマルはそう言うと、ネジにチラッと目配せした。ネジは頷くと、それを見てからシカマルは去っていった。
その後、紅班、シカマル以外のアスマ班、ガイ班とナマエの面々は暗いままサスケのことについて話したが、ナマエの耳には入ってこなかった。ナマエは黙ってその場にいるだけだ。ネジはナマエが心配だったし、ヒナタもいつもと様子の違うナマエを気にしていた。
なんとなく解散の流れになり、ネジはナマエのそばにいようとしたが、ナマエが大丈夫と言ったのでどうすることもできなかった。
ナマエは1人で帰路についた。ナマエの家は幸いにも端の方だったので無事だった。うちはの集落もだ。ナマエはサスケが里を抜けてから新たに貼られた立入禁止のテープを避けて集落に入った。
シンと静まり返るそこにナマエが最後に足を踏み入れたのは随分昔だ。ナマエは歩き慣れた道を通って、サスケの住んでいた家に着いた。あの頃のようにためらいなく庭から入る。
庭を見ると、小さなサスケと自分が巻物を囲んでいるのが見えた気がした。
ナマエはいつもしている指輪に仕込まれた刃で指先を切り、印を結んだ。
「……逆口寄せの術!」
そこには、先程と何も変わらない殺風景な庭と、たった1人何もできない自分が立っているだけだった。ナマエは涙が流れる顔を手で覆った。顔に血がついたが気にならなかった。
ナマエの最後の頼みの綱は、契約主であるサスケを逆口寄せすることだった。基本的には高度な口寄せ契約をしなければ逆口寄せはできない。当然だが子どものころに「ごっこ遊び」で結んだ契約には逆口寄せができるようなルールは組み込まれていなかった。
「……サスケ、呼んだら来てよ……!」
自分勝手に呼ぶだけ呼んで、ナマエの呼びかけには応えないサスケらしい契約だった。ナマエはただ一言、もうすべてを捨てて逃げて生きてほしいと伝えたいだけだったのに。
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