十九
「ん……、」
ナマエが目を覚ますと、そこは薄暗い小さな部屋だった。ベッドが2つ並んでいる。ナマエのベッドのそばにはネジが座っていて、扉の近くの壁にシカマルが寄りかかっていた。
「ナマエ!」
「カカシ先生呼んでくる。」
ナマエが目を覚ました場所は情報部の仮眠室だった。木ノ葉病院に戻すことも考えたが、起きたら尋問しなければならなかったので運ぶのをやめた。一度は部屋を出て行ったネジも頭を冷やして戻ってきたので、ネジはナマエが目覚めるまでそばにいた。
ネジがナマエに呼びかけ、シカマルがカカシを呼びに部屋から出ていった。
「ナマエ、大丈夫か?」
「……はい。大丈夫です。」
ナマエはぼーっとする頭で何が起きたかを何となく思い出した。
――ネジさんと修行して、サスケに会ってそれで……。
ナマエは思い出して気が落ちた。身体が重いのはそのせいだろうか。初めてにしては痛みは少なく出血もなかった。そういう体質だったのかもしれないとナマエは思った。「ビッチ」にふさわしい身体だと――。
ガチャ。
「ナマエ、起きて早速だけど話を聞かせてもらうよ。」
シカマルがカカシを連れて部屋に戻ってきた。ナマエは自分がどうしてどうやってどこにいるのかわからなかったが、きっとサスケのことだろうと察しはついた。ナマエは目を伏せた。
いつかこんな日が来ることはわかっていた。初めてサスケに呼び出された日、誰にも言わないという選択を取った時から恐れていたことだ。てっきり森乃イビキに尋問されるものかと思っていたが、見知った同期がいる中で聞かれるとは思っていなかった。
「ナマエ、ネジくんと修行した後は誰と会っていた?」
カカシは片方の目でナマエを見下ろした。ナマエは目を伏せたまま、やっぱりと思った。ナマエが口を開こうとすると、カカシは被せるように話を続けた。
「話す気はあるみたいね。カマをかけたようで悪いけど、君の記憶を見せてもらったからサスケと会っていたことは知ってるんだ。」
ナマエは弾かれるようにぱっと目線を上げた。真っ先にネジを見てしまって後悔した。ネジも先程のナマエのように目を伏せていた。シカマルは一番遠くでナマエの方を見ていた。
――ネジさんとシカマルくんも、わたしがサスケと会って……何をしていたか知ってるんだ。
ナマエは上げた目線を顔ごと下げて自分の手を見た。恥ずかしさよりはもっと重たいものがのしかかった気になった。ナマエにとって知られて困るものは「それ」だけだった。
「サスケがいた場所はどこかわかる?」
「……わかりません。聞いてないので。」
ナマエは下を向いたまま答えた。
「里を抜けたサスケと会ったのは何回目だ?」
「4回目です。」
カカシは淡々としていたが、シカマルはナマエが嘘をついていないか見定めるかのように視線が鋭かった。
「サスケとナマエは口寄せの契約をしている……って俺は思ってるんだが、合ってるか?」
ナマエはシカマルから問われた質問にコクリと頷いた。
「わたしとサスケは近所に住んでいて幼なじみなの。「ごっこ遊び」の感覚でした口寄せ契約がまだ生きてる。」
ナマエはシカマルの顔は見なかったが、シカマルに向かってしゃべった。シカマルは、ナマエの口から「サスケ」と呼び捨てなことに驚いた。ナマエが男を呼び捨てにしてるのを初めて聞いた。それもアカデミーでみんなから一目置かれていたサスケ。
「ナマエとサスケは……、」
「わたしたちの家族は同じ晩に死にました……。わたしの一族は代々親から子へ口寄せの契約が引き継がれるんです。
あの夜、両親は祖父母が契約していた気性の荒い口寄せ獣と契約を交わしなおそうとしました。うちが里の外れにあって庭が広く、瞳力で獣を抑えられるうちは一族と近くに住んでるのは、この契約のスライドで獣が暴走しても被害が最小限で抑えられるようにです。
獣は隣のうちは一族から流れる大量の血の匂いに興奮して両親を襲った……。異変に駆けつけてくれるうちは一族の警備隊の方も死んでしまってたからわたしの両親はそのまま食い殺されました。」
ナマエは静かに自分の家族の死について語った。
「そこからはサスケと精神的に依存し合って生きてきました。」
カカシ、ネジ、シカマルはナマエとサスケの関係性はたしかに普通じゃ生まれない強いものだと思った。サスケが危険を冒してナマエを口寄せする理由がわかった気がした。
それからカカシに問われるまま、初めて口寄せされた時から昨日までの4回どこに呼ばれて何の話をしたか答えた。何度かキスをしたり身体を触られた事実はあえて言うことはしなかったが、嘘はついていなかった。
「で、その3人っていうのは?」
「たぶんサスケの仲間で……1人はマントを来た大きな男性、白髮の同い年くらいの男性、赤い髪の眼鏡の女性です。」
「……なるほどね。」
カカシはナマエが嘘をついている様子はないと思ったが、あえてサスケのために情報を入れないようにしていたのだなと感じた。
「サスケを庇うわけじゃないですけど、わたしは本当に何も知らないです。」
ナマエはベッドの上で膝を抱えて座り、そこに顔を沈めた。カカシはその様子を見て、今日はここまでだなと思った。家に帰っても良いと言われ、ナマエは驚いたがありがたく帰らせてもらうことにした。頭はぼーっとするし、何よりシャワーを浴びて身体を清めたかった。
ナマエがベッドから降り、靴を履いて顔を上げると、たまたまパチリとネジと目が合った。ナマエは心が砕けそうになり勢いよく目をそらした。なぜ自分がこんなにも後ろめたいのか、涙が出てしまいそうになるのかわからない。
尋問の間も何も言葉を発さないネジが何を考えているのかナマエはわからなかった。清廉潔白、潔癖な印象のあるネジが、汚い自分をどう思うか考えたくもなかった。
ナマエはサスケとの行為を合意の上であると認識していた。ナマエの罪の意識はそこにある。抜け忍という追われる人を赦し、隠匿し、身体を繋げてしまった。
――愛し合っているわけでもないのに。
ナマエの瞳は、サスケの瞳と合った時から色が写ったように暗く鈍く輝きを失った。また1つ自分の中から大切なものが溢れ落ちたような気がしたが、見えなかったことにして忘れようと思った。
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