十五
「イタチの見たかったものと、これから俺が見ていくものはまるで違うものになる。イタチが望んだとおりにはできない……。俺は俺のやり方でうちはを再興する。」
サスケは光のない真っ暗な目で、月を見上げた。面をした男――うちはマダラと名乗る男はそれを黙って聞くとその場を離れた。鬼鮫に話しに行くためだ。
サスケはマダラの気配が消えると、サスケは自身の懐から巻物を取り出した。みょうじの家紋が書いてあるそれは、実際それを使わない時でもサスケの心を満たした。それと同時に、サスケがナマエを想っている間、ナマエは同じように自分を想ってはいないことを思い出させる。
――それでも俺は……。
「口寄せの術!」
サスケはいつもより多くのチャクラをこめて、術を発動させた。大きな音とともに、巻物の上には大きく煙が立ちこめた。煙が晴れる前に、サスケは素早く巻物を回収して懐にしまった。一度、「解」をしようとしたナマエを見てから、サスケはナマエが本気で自分から逃れようとすることが万が一にもあってはならないと思っていた。
「さ、サスケ!今は困るよ……。修行中だったのに……。」
ナマエは呼ぶこと自体に文句を言うことはなかった。時期さえ悪くなければサスケに口寄せされるのも嫌ではないらしい。サスケはそう思っていた。
ナマエの姿はいつもの忍服で、ところどころ砂がついていたり汚れたりしていた。ナマエ自身も汗をかいており、少し乱れた服の合わせ目から胸の谷間が覗いている。そこをつうっと汗が流れ落ちていった。
「修行?」
「ネジさん、わたしが急に消えたこと気付いてないといいけど……。」
ナマエはサスケに口寄せされることに慣れ始めていたので、ここがどこだとかなぜ呼んだのかだとかそういうことを気にしなくなった。今気にしているのは目の前のサスケより、置いてきたネジのことだった。さよならしてお互い別の方向に歩き出したところだったので、ギリギリ気付かれていないといいというのがナマエの希望的観測だった。
「ネジだと……?」
サスケはナマエのそんな態度に苛立った。さらに別の男の名前が出たこともいけなかった。
「体術の修行をつけてもらってるの。わたし昔から体術が苦手だから。」
サスケはそんなことは知っていると思った。アカデミー入学前から修行という名の忍者ごっこをしていた時から、ナマエはトロくさく、サスケの体術の修行相手にならなかった。
ナマエはあたりを見回して、深く息を吸い込んだ。何か大きな生き物の骨のようなもので囲まれている。どういう場所なのだろうとナマエは疑問に思ったが、サスケのことを知りすぎるのは良くないと思い何も聞かなかった。
いつにも増して無口なサスケの方を見ると、サスケはナマエの顔をじっと見ていた。
「どうしたの?サス、」
サスケはナマエの言葉の途中で口を塞いだ。ナマエの赤い小さな唇を食べるように。唇で唇を食み、早々に舌を挿し入れてナマエの口の中を荒らす。
「ん、はぁ……サス、……、」
なんの脈絡もなく、いつもより早急なキスにナマエは戸惑った。それと同時に、また何かあってきっと女体が恋しいのだろうとどこか冷めた気持ちになった。ナマエがそう思ったのは香燐を見たからだった。
サスケはナマエをそのまま地面に押し倒した。外なのでナマエの頭の後ろの髪に砂がしゃりと絡む感触がする。サスケに押し倒されたのは初めてだった。そこでナマエは危機感を感じた。
「んむ、ちょっ……、」
「ハァ……ン……、」
「……ん、待って、」
サスケの手つきは早急だった。ナマエの帯に手をかけると、ぐっと引っ張って無理やり解いた。ナマエはサスケの腕を掴んだ。
「サスケ、やめて……!」
ナマエは切羽詰まっていた。幼なじみだからか、サスケが本気だとわかった。今までのサスケはナマエが泣きわめけば止めてくれるくらいだった。きっと今回は違う。身体を触られることを良しとしていたわけではないが、一線を超えるか超えないかでは大きく違う。
ナマエはサスケの腕から手を離してクナイの入ったホルスターに手を伸ばした。
「お前が俺を傷付けられるわけがない。」
サスケはクナイを持ったナマエの腕を取り、自身の首筋に当てた。サスケの腕の力が強く、サスケの首筋からツーと血が流れ、クナイを伝ってナマエの腕に滴った。
「ぁ……やだ……。」
ナマエの目は怯えきり、涙がたまった。眉を下げて口を結んだ顔を見てサスケは高揚感と支配欲が満たされた。ここにいるナマエはネジのものでも木ノ葉のものでもない。自分のものだと思えた。
「違う……サスケを傷付けたいわけじゃないよ……。」
サスケはクナイを放ると、ナマエを抱き起こしてきつく抱きしめた。ナマエもサスケに腕をまわして抱きしめ返した。ナマエの髪からぱらぱらと砂が舞い落ちた。
「イタチを……殺した。」
「!」
「……イタチは……木ノ葉の犠牲者だ。」
「……どういうこと?」
ナマエは戸惑いながら聞くと、サスケは一度目を閉じ、写輪眼でナマエを幻術にかけた。
ナマエは幻術の中でイタチの真実を見た。サスケが見たイタチの最期の姿と、誰かがサスケにイタチの真実を語っているところだった。サスケはあえてマダラの姿は映さないようにした。これ以上ナマエを危ない位置にいさせないためだ。
ナマエの瞳からぽろっと涙がこぼれ落ちた。イタチの背負うものの大きさに、そしてそのまま死んでしまったことに。幼いころ面倒を見てくれ、かっこよくて強くて誰より優しいイタチのまま、一族滅亡を成し遂げたと思うと、ナマエは胸が押しつぶされそうになった。
「ナマエには兄さんの真実を知っていてほしかった。」
「……うん。」
ナマエはサスケの腕の中でイタチのことを考えた。誰がイタチについてを語ったかはわからなかったが、サスケの言い方と昔のイタチの姿を思い浮かべるとそれが本当のことのような気がした。同時に、サスケの感じた痛みは計り知れないと思った。ナマエでさえこんなに辛く受け入れがたいのに。
「ナマエ……。」
サスケの目からは涙がこぼれていなかったが、泣いているような気がした。ナマエは代わりに泣いた。サスケときつく抱き合いながら。
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