十
ボンッ!
大きな音とともに、ぐいっと内臓に引っ張られるような感覚。ナマエはこれを経験したことがあった。抗おうにもどこに力を入れていいかわからず、術者の気まぐれで呼び出されるそれは、普段自分が使っているにも関わらず、使われる方には慣れない。
「ナマエ先生、何の音ですか?あれ?」
ナマエが作業していた薬品庫はもぬけの殻になった。看護師が部屋を見渡してもナマエの姿はない。緊急招集かなと看護師はナマエの取り出していた瓶を片付けると、持ち場へ戻った。
ナマエを監視していた暗部は、薬品庫の中までは見通せず、ナマエを見失ったことに気付いていない。病院の外からナマエが出てこないかを監視し続けた。
煙が空気に溶けて消えると、冷たい石畳の上にサスケとナマエはいた。ナマエはいつもの忍服に白衣を着ている。片手には注射器を持ったままだ。
「……サスケ、突然呼び出すのはやめて。わたしが任務中だったり執刀中だったらどうするの?」
ナマエは注射器を握りしめたまま、サスケを睨むようにサスケの黒い目を見た。前回はわけがわからなかったが、今回ははっきりとわかる。サスケと幼いころに遊びでした口寄せ契約が生きていて、サスケの意思でナマエを口寄せしていることを。
サスケは無表情でナマエを見つめ返した。
「医療忍者になったのか。」
サスケが気にするのはナマエのことだけだった。ナマエの任務やナマエの患者のことなんて少しも考えていない。
「そうだけど……サスケ、わたしの話聞いてる?」
ナマエがむっとしながら言うと、サスケは黙ってコクリと頷いた。聞いてて無視しないでよと思ったが、ナマエはサスケに昔から甘いのではぁとため息を吐いただけだった。
「大蛇丸を殺った。」
「え……?」
サスケは淡々と述べた。ナマエは驚いてサスケを凝視した。サスケは涼しい顔をして腕を組んでいる。言われて見ればサスケはほんの少しだけサスケの髪が乱れている気がした。つい先程のことなのだろう。
「怪我はしてない……?」
ナマエはサスケに近づいてサスケを上から下まで見たが怪我をしてる様子はなく、ナマエは弟を心配する姉のように、背伸びをしてサスケの髪を撫でつけた。
「してない。」
サスケはナマエの手を取って辞めさせた。相変わらず無表情だが、ナマエに子ども扱いされて少し拗ねているんだろうと思った。
「無事ならそれでいいけど……。」
ナマエはまわりを見渡してここは大蛇丸のアジトなのだろうかと考えた。以前の場所とは違うようだが、詮索するのはやめた。
サスケは何も言わないので、ナマエはサスケがなぜ自分を呼ぶのか考えた。試しに口寄せの術を「解」しようとしてみたが、口寄せされている側だったので何も起きなかった。
「無駄だ。」
サスケはナマエの「解」を見ていたようで、冷たく言い放った。
「……契約したこと思い出したよ。子どもの時に結んだにしては強固な契約みたいね。」
ナマエは近くの壁に寄りかかって、サスケを見た。口寄せの巻物は持っていないようだし、そもそも見つけても取り上げる気はなかった。
「お前は何でもすぐ忘れる。」
「そうかもね……。」
ナマエはその自覚があった。優柔不断に変わりはないのだが、意思も気持ちもはっきり割り切って、諦めたりすぐに忘れるようになった。生きやすくなった分、過去を振り返らない性格になっていった。復讐心も初恋もサスケとの関係もそうだった。薄情だと思われても仕方がない。
「お前は俺のことも過去のものと切り捨てるつもりか?」
瞬きの間にサスケがナマエと距離を詰めていて、ナマエの目をその真っ黒な暗い目で見つめた。ナマエの寄りかかる壁に手をついてナマエを閉じ込めた。
「そんなことないよ……。」
「お前はいつもそうだ。目の前にないものを蔑ろにする。」
「……。」
「現に俺がお前を口寄せするまで、お前は俺のこともこの契約もお前の中でなかったことになっている。」
「違う、わたしは……、」
「違わないだろ!」
サスケがナマエに対して声を荒げたのは初めてだった。ナマエは違うと言ったが、自信はなかった。執着心のようなものは自分にはなく、目の前の手が届く範囲のことしか考えられない。去っていった者は追わず、自分から離れた者への思いはすべて断ち切ってきた。そう諦めていかざるを得ないほど、失くしてきたものが多かった。
「俺はお前の過去にはならない……!」
ナマエの胸の前にあった手を、サスケは取って壁へ縫い付けた。額がくっつくほど顔を寄せられ、ナマエはハッとする。サスケはナマエから目をそらない。ナマエの黒い瞳はサスケでいっぱいになった。サスケの強い意志のこもった瞳を見ていられなくて、ナマエは目を瞑った。
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