八
ナマエは任務で里を空けていた。暁の動きが活発になり、火の国の警備をより強固にするためだった。ナマエは口寄せを使えば感知タイプでもあるので、小さな生き物や空を飛ぶ生き物を呼んで、いち早く異変を察知できるよう努めた。
結局、ネジを隊長としたナマエを含むフォーマンセルの管轄エリアは特に目立った形跡がなく、数日後里へ帰還した。5代目火影の綱手へと報告を終えると、綱手はいつもより元気がないように見えた。
「ご苦労。……お前たちの反対側のエリアで暁の2人組が発見された。そこでアスマが殺られた。」
「アスマ先生が……?」
ナマエたちの小隊の管轄は痕跡もまったくなく、この周辺は来ていないと踏んで退却したが、まさか裏側でそんなことになっていたとは。小隊のメンバーたちも動揺していた。
綱手はそれが数日前であること、現在アスマの葬儀が執り行われていることを話すと、一度この小隊の解散を命じた。
「改めて班編成を見直して組み直す。それまで待機だ。夕刻、伝令の鳩を寄こすからしっかり休息を取れ。」
火影室を出ると、ネジ以外の2人はじゃあと言って去っていった。ナマエは先ほど綱手に言われたことを受けとめてぼーっとしてしまう。
「ナマエ、大丈夫か。」
ネジがナマエの顔を見て声をかけた。ネジの白眼はナマエの揺れる黒い瞳を写している。
「あっ、はい。ごめんなさい、ぼーっとしちゃって。」
ナマエはネジから目をそらして足元を見た。
「同期たちの先生なんです。びっくりしちゃって。様子を見てきます。」
ナマエはネジにではと告げると、そのまま去ろうとした。そのナマエの腕をさっと掴むと、ネジはまっすぐナマエを見た。
「俺も行こう。」
「えっ、でも……。」
「お前が心配だ。様子を見たらちゃんと休め。」
ネジの有無を言わさぬ静かで確固たる言葉に、ナマエは頷くしかなかった。自分より疲れているはずのネジに申し訳なく思いながら、ありがとうございますと告げた。
ネジとナマエが墓地のそばの丘までくると、目下に喪服の集団が見えた。
ナマエたちには着替える時間も、葬儀に出席する義務もなかった。なので、せめてもと少し離れたところから葬儀が執り行われているのを見つめた。
――どうか、安らかに。
ナマエは目を閉じて手を合わせた。ナマエの隣でネジも同じようにしたのを気配で感じた。
アスマの墓石に花を手向ける紅の後ろ姿が見える。忍が死ぬということは日常にあることなのはわかっているのに、なぜ自分に近しい者が亡くなる時までそれを失念してしまうのだろう。明日、友が、恋人が、親が、生きている保証などないのに。
「ネジさん、付き合っていただいてありがとうございました。」
「……構わない、気にするな。」
「直接アスマ先生と深い関わりがあったかっていうとそんなことなかったんですけど、」
ナマエは足元に咲く小さな花を見た。
「改めて、忍は、人は、いつ死ぬかわからないんだなって……。」
「……。」
「ネジさん。本当に今日は、あと任務でもありがとうございました。」
「さっきも聞いたがな。」
ナマエがネジに向かって改めてお礼を言うと、ネジはふっと笑った。
「後悔しないように生きないと。伝えたいことは何度でも言います。」
ナマエもふふっと笑った。ネジはその顔を見て、火影室の前でぼーっとしていたあの時のナマエが消えていて安心した。
「そうだな。また夕刻から任務だ。今度は俺の班ではないかもしれない……無理はするな。」
ナマエはこくんと頷いた。お互いしっかり休もうと注意し合い、2人は別れた。
ナマエは帰路の途中で、土手に寝転ぶ喪服の人を見た。煙草の煙がたち、空に溶けている。ナマエはアスマの友人か誰かなのだろうかと思ったが、よく見たらシカマルだった。
ナマエはシカマルに声をかけようか迷った。アスマの死を悲しむ彼に声をかけていいものか。1人になりたいかもしれないし、何と声をかければいいのかもわからない。しかし、シカマルの姿はふっと消えてしまいそうなくらい儚かった。
――どうしよう。でも……。
「シカマルくん、」
ナマエも土手まで降りて、シカマルに声をかけた。大げさかもしれないが、先ほど後悔しないように生きねばと決心したばかりだった。ナマエはシカマルの横に座ってシカマルの横顔を見た。
「聞いたよ。アスマ先生のこと……。」
「ああ……。」
シカマルは煙草の煙を見つめたまま答えた。アスマの死から数日経っているのもあり、シカマルは落ち着いていた。むしろ、死を嘆く段階からもう前を向いているようにさえ見え、ナマエはそれにほっとした。
――シカマルくんはきっと大丈夫だ。
ナマエは何も言うことはないと思い、その場から去ろうと思った。悲しかったねだとか辛いねだとかは、自分が言う言葉ではないと思った。
「いろよ。」
シカマルはナマエの気配を察して、先手を打った。ナマエはそれを聞いて、上がりかけた腰をまたおろした。
しばらく2人は無言で土手に寝そべり、煙草の煙がゆらゆらしているのを眺めた。
「……わたし、復讐に生きるのは悪いことじゃないと思う。」
「……お見通しか。」
シカマルがアスマの煙草を吹かして死を乗り越えているのを見ると、おそらく復讐しに行くつもりなのだろうとナマエは思った。
「それで生きようって思えるなら。それでいいと思ってる。」
「……。」
「両親が口寄せ獣に殺された時、何もできなかった……。」
ナマエは唐突に自分のことを話したくなった。シカマルは黙って聞いている。
「復讐したい時に力がなかったから。」
「……今も、復讐したいって思うか?」
「今は思わない。わたしは両親が残してくれたわたしを大切にしなきゃいけない。お母さんとお父さんのこと、思い出してあげられるのはもうわたしだけだから。」
「お前の考え方、結構好きだぜ。」
シカマルは少し笑った。ナマエもそれにつられて穏やかな表情になった。
「……でも、わたしもたぶん復讐したかったんだと思う。だから、シカマルくんの考えることも理解できる。」
「……。」
「無事で帰ってきてね。」
「ああ。」
ナマエは少し泣きそうになって膝を抱えて顔を埋めた。シカマルはナマエをちらっとみて、また煙草の煙を見つめた。
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