3月10日。

 あの闇の魔術に対する防衛術から数日が経った今、ナマエは噂の渦中にいた。
 噂好きのホグワーツ生たちは、見たこと聞いたことにふんだんに尾ひれをつけて話すため、事実と異なる内容まで広まり、収集がつかなくなっていた。
 さらに、噂の流出が止まらない理由にはもうひとつ大きな要因があった。ナマエがそのことに一切口を閉ざしているためだ。
 
 噂というのは、本人がはっきりこうだと言えば、謎が解けて群衆は納得し、飽きるものだ。しかし、ナマエは聞きたそうにしている友人に対して、心配かけてごめんなさいと微笑み、本人を前にした者全員を黙らせていた。

「お前娼婦の娘のくせによくミョウジの名前を名乗ってるよな。図々しいんだよ!」

 しかし、黙らないのはスリザリンの上級生だった。廊下でナマエを見かけるたびに、両親や家のことでナマエを攻撃した。噂のせいで、傷付けようとする言葉はより具体的に堂々と発された。――真偽のほどは誰もわからないが、少なからず信じている者もいた。
 
 隣でナマエを見守るハーマイオニーは、それがもちろん許せなかった。しかし、当の本人のナマエは何かが切れたかのように、ポーカーフェイスがまったく崩れなくなったのだった。

「おい!何とか言えよ!」

 スリザリンの4年生は、何も言わずに通りすぎようとするナマエの肩をぐっと掴んだ。

「ちょっと!」

 ナマエがよろけると、すかさずハーマイオニーはやめさせようと杖に手をかけた。最近は授業が忙しくてもナマエのそばを離れないようにしていたのは、こういうことを危惧してだ。ハーマイオニーの威嚇で、後ろでニヤニヤしていた男も杖を手にした。
 
 それでも落ち着いていたのはナマエで、置かれた男の手に自分の冷たい手を重ねて――もちろん男はドキリとしている――ゆっくり退かした。

「あなたの気に障ったなら謝るわ。」

 ひと言そう残すと、ハーマイオニーに行きましょうと目配せして退散した。スリザリンの4年生はもごもごしながら何かを言い返していたようだが、本人も何を言いたいのかわかっていないような意味不明な言葉の羅列だった。辛うじて聞き取れたのは、「教師にも色仕掛けをする売女」だとかそんな言葉だ。
 
 角を曲がりその人たちの視界から消えると、ハーマイオニーはふうと息を吐いた。
 
「ハーマイオニーありがとう。巻き込んでごめんね。」

「そんな……良いのよ。」

 ナマエは微笑んでいたが、ハーマイオニーは何とも言えない気持ちだった。ナマエが以前より心を閉ざしているように見えるからだ。傷ついてないわけないのに、あしらったり誤魔化すことだけはどんどんうまくなる親友を見ている方が辛かった。

「早くみんな忘れてくれないかしらね。」

 ナマエはのんびりとした口調で言ったが、ハーマイオニーはそれはきっとまだまだ先だろうと思った。

 ナマエにとって、スリザリン生にとやかく言われることは、正直どうでも良くなっていた。心が麻痺してきているし、言われすぎて慣れてしまった。それに、今年は初恋の人がホグワーツで教鞭をとっているので、落ち込んでいる場合ではないのだ。

「ナマエ、お昼はとらないの?」

 お昼ご飯をとりに大広間へ行くものだと思っていたハーマイオニーは、ふらふらと階段を登ろうとするナマエに声をかけた。

「あっごめんなさい。わたし今日は用事があるの。また後で。」

「そう、いってらっしゃい。」

 ハーマイオニーには、ナマエの頭上に花や音符が舞っているのが見えた。特に言わなかったが、十中八九リーマスのところへ向かうつもりだろう。

「あの子、あんなにわかりやすいのになんでミステリアスなんて言われてるのかしら。」

 くすっと笑うと、ハーマイオニーは大広間へ向かった。





 ナマエはリーマスのもとへ行くために渡り廊下をのんびり歩いていた。昼休み明けの授業の用意と、小包を抱えて。
 
 今日3月10日はリーマスの誕生日であった。ナマエはこの日のためにホグズミードのお店を隅から隅まで吟味し、魔女御用達の通販カタログは端から端まで穴が開くほど見た。
 そして、リーマスの誕生日プレゼントに、おしゃれなコロンを購入した。嗅ぐとリラックスできる魔法がかけられているし、狼の姿になった時に人間のコロンをつけていると熊などの危険な動物たちが寄ってこないらしい。琥珀色の液体は、陽だまりのように温かい眼差しのリーマスを表しているようで、ナマエもとっても気に入った。
 ナマエは、リーマスも気に入ってくれるといいなと思いながら、プレゼント包装されたそれをぎゅっと抱え直した。

「失礼します。ルーピン先生はいらっしゃいますか?」

 闇の魔術に対する防衛術の教室に隣接されている教員用の部屋の前でナマエは声をかけた。すると、返事はないものの、バンと何かがぶつかるような音がした。

「先生……っリーマス!?」

 気になって扉を開けて入室すると、リーマスは真っ白な顔色で、床に膝をついていた。そばには先程の音の原因と思われる落ちた本と、こぼれた液体とゴブレットがあった。
 リーマスは額に脂汗をかきながら苦しそうにしている。今日は満月だ。人狼の発作が一段とひどい日のようで、手も震えていた。
 ナマエはリーマスに駆け寄ると、同じように床に膝をついてリーマスの顔を覗き込んだ。

「リーマス!顔色がとっても悪いわ。」

「ナマエ、わたしは大丈夫だ。日が高いからまだあの姿になることはないが……ナマエはわたしから離れていなさい。」

 ハァハァと荒く息を吐くリーマスを前に、ナマエは一層不安な気持ちになった。リーマスが怖いわけじゃない。なんとかして楽にしてあげたい――そう思っていた。

「……もしかして、これは脱狼薬?」

 ナマエは床にこぼれ水たまりになった泥のような色の液体に視線を向けた。リーマスは苦しそうに頷いた。

「ああ、今回の発作は特に酷くて……飲もうと思ったら手が震えて……。」

 こぼれた液体を見て、ナマエは考えを巡らせた。脱狼薬は調合を間違えるととんでもないものになることは身をもって知っていたので、床にこぼれた時点で、魔法でゴブレットの中に戻しても薬の成分まで元通りというわけにはいかないのはわかっていた。ならば、スネイプに作り置きはないか聞くか。――いやリーマスが人狼であることをわたしが知っていることがバレるのはまずい。それにないかもしれない……。

「……そうだわ!脱狼薬!」

 ナマエは自分がほぼ完成させた脱狼薬の存在を思い出した。ホグワーツの大きなキッチンの隠し収納庫で、今もグツグツと煮えているあの薬だ。

「リーマス、すぐ薬を持ってくるわ。誰にも知られないから大丈夫よ。」

 リーマスに肩を貸してひとまず椅子の方まで連れて行くと、すぐ戻るわとナマエは部屋を飛び出した。
 行き先は今年何度も通った厨房の隠し収納庫。味付け作業が完了していないが、脱狼薬としての効果はある。
 このような形で渡すことになるとは思ってもみなかったが、役に立つ時がきて良かったとナマエは思いながら、普段しずしずと歩くホグワーツの廊下を走った。

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