「先に寮へ帰っていて。わたしはルーピン先生のところに行ってくるわ。」

 ドラコのすぐ後ろでそんな声がした。ナマエの声だった。

「授業のことを聞きに行くの?ナマエってばテストはまだ先なんだから!」

 そう答えたのはウィーズリー家の末っ子で長女のジニー・ウィーズリーだった。

 ランチタイムの終盤、食事中の者もまだいるがほぼ終えてる者が多くおしゃべりでざわざわと騒がしい大広間で、ナマエの声がなぜか鮮明に聞こえた。ドラコの座る席が大広間の出入り口付近だったというのもあり、ナマエが大広間を後にするところを目にしたのだった。

「闇の魔術に対する防衛術はあまり得意じゃないの。今聞いておかないと授業に置いていかれちゃうわ。」

 ジニーに眉を下げて笑いかけると、ナマエは今度こそ大広間から出ていった。

 ドラコは考えた。先日の授業でスネイプが急遽人狼について講義をしたのだった。ナマエは隠し部屋で人狼薬のようなものを作っている。人狼薬を作っているのなら、人狼について闇の魔術に対する防衛術の先生に聞きに行くかもしれない。

「ドラコ、もう行くの?」

 向かいに座っていたパンジーが甘えた声を出す。ドラコは聞こえなかったふりをして素早く席を立った。ナマエを追いかけなければ。

 ナマエは宣言どおり、闇の魔術に対する防衛術の教室に向かっているようだった。ドキドキせず、堂々とナマエの後をつけるドラコは、尾行に慣れてきているなと感じた。自分もこちらに用があるという顔をしていればいいことに気づき、いつの間にか尾行することが得意になっていることに気がつく。いつか役に立つだろうか。

 闇の魔術に対する防衛術の教室に行くことがわかっていれば見失っても問題ないだろうと考えたドラコは、ナマエの後ろ姿をずっと捉えておくのはやめた。そこそこ距離を取って階段を昇る。

 見晴らしのいい渡り廊下を通過すれば、闇の魔術に対する防衛術の教室はすぐそこだ。そう思っていた矢先、廊下のど真ん中でナマエとリーマスが立ち話しているのを発見した。どうやら、リーマスが教室から出たところで鉢合わせたらしい。

 幸いにもドラコには気づいていない様子なので、彼らから1番近い空き教室に忍び込み、教室の出入口付近で耳をすませた。ここなら、ギリギリ2人の声が聞こえる。ナマエとリーマスは闇の魔術に対する防衛術の教科書を開きながら授業のことをしゃべっている。

「……なのね。わかったわ。リーマスの説明はとってもわかりやすい。ありがとう!」

「どういたしまして。ナマエは勉強熱心で偉いね。」

 ナマエは謙遜せず、ふふと小さく笑った。ドラコはおやと思った。ナマエは教師と砕けた口調でしゃべるタイプだっただろうか。考えてもイメージできないなと思うくらいで正確にはわからなかった。ドラコとナマエは仲が良くない。

「体調は大丈夫なの?スネイプ先生は優秀な魔法薬学の教授だから良い薬を作ってくれていると思うけど……心配だわ。」

 ナマエがぱたんと教科書を閉じた。

「大丈夫だよ、問題ない。マダム・ポンフリーもいるしね。」

「それならいいけど……あまり無理しないで。」

 ナマエはぎゅっと分厚い教科書を抱きしめると、困った顔でリーマスを見上げた。ドラコからはっきりとナマエの顔は見えなかったが、真正面でナマエにあんな顔をされたら大半の男子生徒はノックアウトされるだろうと思った。

「ありがとう、ナマエ。それにしても授業について聞きにくるほど、ナマエは成績が悪くないと思うけど?特に闇の魔術に対する防衛術はトップクラスじゃないか。」

「それは……闇の魔術に対する防衛術は呪文学の次に就職に必要な科目だし、ちょっと問題ありの教授続きだったから基礎に自信がないの。だからよ。」

 ナマエはめずらしく早口でさらさらと答えた。いつもはゆったりと間を取り、遅めに話すので珍しい。慌てた様子はないものの、言い訳を述べるようだった。答えを聞いたリーマスはそんな様子のナマエに気付くこともなく、満足そうににっこり微笑んで頷くとナマエの頭をぽんと撫でた。

「ナマエは偉いね。ナマエのお母さまもさぞ誇りに思うだろう。」

「ありがとう、リーマス……。」
 
 離れた腕を名残惜しそうに見た後、ナマエは乱れてもいない髪を手櫛で整えて、頬を赤く染めた。

 ――まさか……。

 ドラコにある仮説が浮かんだ。いや、しかし…という思いがその仮説を打ち消す。

「あと…作りすぎちゃったから、リーマスにも。良かったら食べてほしい…です。」

 そう言うとナマエは、ローブのポケットから小さな包みを出した。透明なセロファンの袋に赤いリボンが巻かれた巾着型のそれには、ハート型の濃厚そうなチョコレートのケーキが入っていた。

「ナマエ!ありがとう。嬉しいよ。覚えているかわからないが、僕はチョコレートに目がなくてね。ありがたくいただくよ。」

 リーマスが嬉しそうに包みを受け取ると、ナマエはほっとしたように笑ってリーマスを見上げた。

「リーマスがチョコレート大好きなのは知ってるわ。いつもチョコレートの良い香りがするんですもの。」

「そうかな?……アーそろそろ次の講義の準備をしなくちゃ。ナマエも遅れないように。」

 リーマスは腕時計を確認すると、少し慌てたように言った。

「わかったわ。また講義で。」

 リーマスはナマエに対してニコリと微笑むと、足早に闇の魔術に対する防衛術の教室へと戻っていった。そして、ナマエはその後ろ姿を名残り惜しそうに眺めていた。

 一部始終を空き教室で覗いていたドラコは頭を抱えた。どこからどう見ても、恋する美女とボロ布を羽織った冴えない教師。
 詳しくは知らないが、ナマエはかなりモテていてホグワーツの男なら選び放題のはずだ。よりによって貧乏教師を好きになるわけがない。
 ドラコは自分の考えを一蹴し、ナマエが去ったことを確認してから空き教室を出た。





 朝のソワソワした空気は薄れたものの、イベント感があるのは夕食時も変わりはなかった。
 気を利かせているつもりなのか、マッシュポテトはハート型に盛り付けられており、サラダには食用の花びらが散りばめられていた。
 上級生のカップルはテーブルの隅で身を寄せて食事をしているし、いかにも英国のバレンタインデーがホグワーツでも行われていた。

 ドラコはフンと鼻を鳴らして、どかりと席につくと、追うように両脇にクラッブとゴイルが座った。

 夕食時のホグワーツの大広間はいつも賑やかだ。今日あった授業の話や噂話、誰が何をしたとかどれが流行ってるだとか。そんなとりとめもないことで大広間中は話し声が絶えない。

「ナマエ、ちょっといいかな……。」

 グリフィンドールのテーブルで食事をしていたナマエは、ハッフルパフの後輩ふたりに声をかけられ振り向いた。

「ミシェルとパティ。どうかしたの?」

「ナマエって顔広いよな。」

ミシェルとパティはもじもじしながらナマエのそばまで来た。その様子をナマエの向い側の席にいたロンは、見覚えのないふたつの顔を見ながらチキンを頬張った。

「あのね、ナマエにこの間見てもらった課題の評価がすごく良くて。そのお礼を渡しに来たの。」

 ミシェルはローブのポケットから包みを取り出した。透明な袋からは砕いたアーモンドやパフがふんだんに入ったチョコレートクランチが覗いている。

「あらありがとう……わたしも東洋式のバレンタインに倣って作ったの。チョコレートチップクッキーよ。良かったらふたりで食べて。」

 ナマエがふたりに渡したのは小さなオーロラ色のセロファンのキラキラした包み。ミシェルとパティは真っ赤になって何度も頷くとピューっとハッフルパフの席に戻って行った。

「ナマエったら女たらしなんだから。」

「後輩の女子が君に夢中なせいで男子が損してるといううわさもあるよ。」

 一部始終を見ていたハーマイオニーとロンはやれやれと言った感じでナマエに言った。ナマエはそんなふたりのことをまったく気にしていないようだった。

「でもナマエ、君はクッキーじゃなくケーキ作りの本を熱心に見てなかった?」

 ナマエの横に座っていたハリーが口を開いた。ハリーの記憶では、ナマエが図書室で借りていた本はクッキーではなくケーキのものばかりだったような気がする。

 ハリーの言葉に、ナマエは一瞬動きを止めたが、すぐににっこりした。
 
「ケーキは難しかったからやめたの。それにクッキーのほうがたくさん作れるでしょう?今朝渡したけど、あなたたちには特別な感謝と親愛をこめてもう1袋ずつサービスするわね。」

 ハーマイオニー、ハリーはクッキーを受け取ると、ローブのポケットにしまった。ロンは近くにいた男子たちに見せびらかしてからしまった。

「余り物だろうけど、ありがたくいただくよ。」

 ロンが皮肉を言うと、ナマエはいたずらっぽく笑った。

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