2月14日、バレンタインデー。

 ギルデロイ・ロックハートがホグワーツに残した有益なもの、影響を与えたものは片手で数えても指が余ってしまうが、その1つと言っても良いのがバレンタインデーの文化だろう。

 ロックハートが在籍してた去年のバレンタインデーは常軌を逸した飾り付けと、カードを読み上げるおせっかいすぎる小人と言った、やりすぎ感満載のイベントであった。しかし、ロックハートがホグワーツを去った翌年の今日、常軌を逸した飾り付けやおせっかいな小人のみが去り、ほわほわそわそわした甘ったるい雰囲気が学校全体を包んでいた。これは、ロックハートが嫌というほどバレンタインデーを強調した功績と言えるだろう。

 ドラコは3年生になったということもあり、去年よりはるかにそのドキドキやそわそわした渦中にいた。主にスリザリン生と思しき生徒から多くのカードが届いていた。『いつもありがとう』といった同寮生然としたものから、『わたしのバレンタインになってほしい』といった情熱的なものまであった。

 ドラコがまだ人もまばらな時間に朝食を摂っていると、ドラコの真後ろにハッフルパフの上級生3人が腰掛けた。

「そのチョコレート、どうしたんだ?」

 ドラコはハッフルパフの生徒に興味を持つことはないが、「チョコレート」という単語にチラリと後ろを振り返った。3人の中で一番背の高いハンサムな男子生徒がチョコレートの小さな包みを手にしていた。

「バレンタインカードと一緒に置いてあったんだ。下級生がくれたんだと思う。」

「それ、たしか東洋のマグル文化だったと思うよ。バレンタインデーに好きな人にチョコレートを渡して告白する風習があるらしい。」

「そうなのか……それは知らなかったな。」

「ま、お世話になった人や友だちにあげるパターンもあるらしいけど、セドリック、お前の場合は大本命のチョコレートだろうな。」

「からかうなよ。」

 その後、3人は別の話題に移り、ドラコの意識も彼らから逸れた。

 ――チョコレート。

 先日、厨房の隠し部屋の中でドラコが見つけたものの中で不可解なものの1つがチョコレートだった。





 厨房の隠し部屋を開けると、小さな部屋が1つあるだけだった。両壁面の棚にはスパイスや小麦粉などの日持ちしそうな調味料や食材がびっしりと詰まっており、おそらくこのストックから屋敷しもべ妖精たちが呼び寄せ魔法を使って料理に使用しているのだろう。

 そして、床に直置きされた三脚の上に鎮座している小鍋、その傍らに積まれた本、そして開封されたチョコレートが目に入った。

 小鍋は魔法で燃え続けている小さな炎の上に固定されており、鍋の中の濁った液体を絶えずグツグツと煮ている。鍋に挿し込まれたマドラーには魔法がかけられているのか、何分かに1度鍋の中身をかき回しては休憩している。
 ドラコは鍋の中身の液体を見たが初めて見る色で、自分が授業で作ったことはない魔法薬だと思った。匂いは魚が腐ったような匂いがするが、ほんのりチョコレートの香りもした。その匂いに顔をしかめると、傍らに積まれた本に目を向けた。

 先ほどナマエが手にしていたと思われる『強力な魔法薬応用編』が先頭に積まれていた。とても3年生の自分が見ても理解できそうにないとは思ったが、パラパラと捲るとピタリと強制的にあるページで捲る手が止められたように感じた。

「?」

 仕方なくそのページを最初から読んでみると、かなり古い本で言い回しも古めかしく読みづらかったが、要約すると『とても不味くて飲めたもんじゃない魔法薬がこの世にありすぎるが、美味しくすることはできるはずだ』といった論文のようなものが掲載されていた。

 他のページに同じような引っ掛かりはなく、またはじめからパラパラと捲ると同じようにそのページでつっかえるので、おそらく魔法でブックマークされているのだとドラコは解釈した。

 つまり、他の本にも同じ魔法がかけられていたら、ナマエがどのページを見ていたかがわかるということだ。

 ドラコは積まれた本の2冊目に手を伸ばした。

 2冊目は『高等魔法薬Z』というタイトルで、どうやら魔法薬のレシピ本のようだった。再びブックマークされたページを開けると、そこから何ページにも渡って作製が複雑な脱狼薬のレシピが掲載されていた。すべてを読むつもりはないが、簡単に材料に目を通しているとある文字が飛び込んできた。

「月長石の粉……!」

 月長石の粉には注釈で月長石の粉とは一体何なのかがつらつらと書かれており、『入手は非常に困難。』という一文で締めくくられていた。

 ドラコは、ナマエが作製していたのは脱狼薬で、盗んだのは月長石の粉でまず間違いないだろうと推理を進めていった。

 目的が掴めてきてやや楽しくなってきたドラコは、次の本『危険な魔法生物辞典』を捲った。やはり人狼のぺージにブックマークされていた。そして最後の2冊が不可解であった。

「『おいしい!手作りチョコレートレシピ』に、『チョコレートの選び方』……?」

 ご丁寧にもこちらにもブックマークがされており、レシピ本には本格的なチョコレートケーキの作り方のページ。『チョコレートの選び方』というマグルのチョコレート研究家が論じた本には、マダガスカル産のチョコレートがいかに素晴らしいか書かれたページだった。

 そして、開封されたチョコレートはその本に掲載されたチョコレートとまったく同じで、『高カカオなのにフルーティーでとっても甘い!』と書かれたカラフルな紙と銀紙に二重に包まれたタブレット型のチョコレートは半分ほどなくなっていた。

 そして、本の下敷きになっていた羊皮紙には脱狼薬をどの工程までやったか几帳面にメモされていた。

 これがナマエの字かとドラコは思った。嫌味がなく美しく滑らかな字でそつがなく、欠点のつけようのないナマエらしい字だった。

 羊皮紙には最後、『+chocolate 30g』と書かれており、よくよく見ると脱狼薬のレシピの合間に『+chocolate 10g』など少量のチョコレートを足していっているようだった。

 しばらく羊皮紙と見つめ合ったドラコだったが、ここでは結論は出ないと思い、部屋を後にした。





「おはようドラコ!」

 先月のあの部屋でのことを思い出していたドラコの意識は、隣に現れたパンジーの声で現実へと呼び戻された。

「ああ……おはよう。」

 考え事をしている間に放置されたオートミールはもう食べる気になれず、かぼちゃジュースを一口飲んで席を立とうとした。

「ドラコはバレンタインカード、たくさん届いたのかしら?」

 パンジーが話を続けるので席を立つタイミングを見失ったドラコは、まあいいかと思い居住まいを正した。

「まあな……。」

 一口飲めば十分だったかぼちゃジュースをちびちびと口に運び、パンジーの言葉を適当に右から左へ受け流していた。

 そんな時、朝食時のふくろう便の時間がやってきた。寝ている間に寮へ届けてくれる便と、朝食時に一斉にやってくる便があるのだ。
 いつもより数の多いふくろうたちは、バサバサと羽を撒き散らしながら手紙やら小包やらを乱雑に落としていく。

 バレンタインデーだからかふくろう便の数はいつもより多い上に、ホグワーツ全体がふくろう便をそわそわしながら待っていたため、ふくろうの騒がしい羽音とともに女子生徒のクスクス澄ました笑い声がそこらじゅうから聞こえてかなり騒がしかった。

 当然のようにドラコのもとへも数枚のカードが運ばれてきて、軽く目を通す。パンジーもドラコのカードを横目でチェックした。

 ――誰からかはわからないが、ミョウジでないことは確かだ……。

 先月見た彼女の羊皮紙のメモ書きの字と同じ字体のカードは当然だがなかった。当然だ、とドラコは何度も自分に言い聞かせた。別にほしかったわけではない。

 ドラコのまわりの純血コミュニティの女子生徒の数とカードの数はほぼ一致していたため、これくらいは来るだろうなと予想していた通りの量のカードだった。カードを適当にまとめるとローブのポケットにしまった。

 いつも自慢しがちな彼だが、なぜだかカードをたくさんもらっても心は動かなかったので、見せびらかしたりカードの数を発表し合う気にはなれなかった。そして、そんなクールな所作のドラコを「素敵……!」とパンジーは見ていた。もちろん彼女はドラコにカードを送っていて、ドラコがさっと目を通したカードの束にパンジーのカードももちろんあった。

「マルフォイ!カード何枚だ?俺は11枚だ!」

 ブレーズ・ザビニだ。後ろから純血と半純血の友人を引き連れてドラコのもとへやってきた。

「13枚だ。悪いが僕のほうが2枚も多い。」

 フンと鼻で笑うと、ローブのポケットからカードの束を取り出した。自分から自慢する気にはなれなかったが、ふっかけられたら当然ぶちのめすのがスリザリン流だ。

「じゃあやっぱりスリザリン3年の中で1番もらってるのはマルフォイか。さすがは良家さまさまだな。」

 ザビニは負けて当然という態度で首をすくめた。スリザリン生のカードの数は家柄の良さで決まるので、マルフォイ家の長男のドラコがたくさんのカードをもらうのは当然だろう。

「うちの学年で1番もらってるのは――ああ、ミョウジか。」

 ザビニは顎でグリフィンドールの方をさすと、その先にはナマエがいた。
 突然のナマエの名前にわずかに動揺したドラコだったが、その動揺はバレなかったようだ。

 ナマエが食べていたであろうジャムがついたトーストの上には、手で受け取りきれなかったカードが泳いでいた。それを見たウィーズリー家の双子が笑いながら話しかけている。

 ナマエの隣にはパーバティ・パチルとその隣にラベンダー・ブラウンが座っていて、カードの量に興奮しているようだった。

「あんな女のどこがいいのかしら。ねえドラコ?」

 パンジーはドラコの視線がナマエに釘付けなのを見ると慌てて腕をつついて話しかけた。

「……さっぱりわからないね。」

 視線をかぼちゃジュースに無理やり戻したものの、ナマエのことは頭からそう簡単には離れなかった。

「ミョウジがグリフィンドールじゃなきゃなあ。」

 ヘラヘラ笑いながらザビニと友人2人はその場からいなくなった。

 ――グリフィンドールじゃなきゃ、何なんだ?ザビニはミョウジをガールフレンドにでもしたのか?

 なぜだかもやっとした感情が心に影を落としたが、気のせいだと振り払った。

 もう一度ドラコはナマエを見ると、ジャムの上で泳いでいたカードを救出しているところで、カードについたジャムを魔法で消し終えたところだった。カードがキレイになったか確認しているナマエがふいにこちらを見た。

 視線が絡まったのはほんの一瞬だった。

 どちらが先に目をそらしたかはわからない――おそらく両者とも同時だ――が、ドラコはこのタイミングで目があってしまったのは、認めたくないが気恥ずかしかった。

 ――まるで自分が、彼女にカードをあげたと思われるじゃないか!

 もちろんそれはドラコの考えすぎなのだが、勘違いされていたら本当に不愉快だと、しばらくナマエのことが頭から離れなかった。

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