ドラコは父親の言いつけを守り、ナマエとは特別親しくなることはなかった。ナマエがハリーやロン、ハーマイオニーといることが多かったというが大きな原因の1つと言える。

 ドラコとナマエは実にスリザリン生とグリフィンドール生らしい距離感で付き合っていた。ドラコはナマエの友人であるハリーらを思いきり貶したし、ナマエのことも『純血のくせにマグル生まれとつるむ血を裏切る者』と罵った。『スリザリンのなり損ない』とも言った。

 そんな時、ナマエはいつも貼り付けている笑みを崩して少し気分を害しましたといった表情で「あなたには関係ないわ」とだけ言う。すると彼女の友人たちが彼女の言葉の100倍くらいをかわりに攻撃してくるのが常だった。

 ドラコよりもはるかに彼女につっかかるスリザリン生は多かった。格好の餌食であるマグル生まれのハーマイオニーを差し置いて、ナマエは廊下を歩いていると、主にスリザリンの上級生から絡まれていた。

 止めようという気はなかったし、隙を見せるナマエが悪い。あとはまわりの過保護なグリフィンドール生たちがいつも彼女を守っていたので、ドラコは気にもとめていなかった。





 ドラコとナマエは深く関わることなく、今現在の3年生1月まできていたが、ナマエのことを考えると謎が多く、彼女がなぜスネイプの薬品棚から盗みを働いたのかはまったく見当もつかなかった。

 ドラコがうんうん悩んでいると、ビンズの「では終わります。」の合図で舟をこいでいた生徒たちが覚醒してぱらぱらと教室を後にしていった。

「ドラコ、この後空きでしょう!湖のそばを散歩しない?」

 隣に座っていたパンジー・パーキンソンがドラコの腕を掴みながら上目遣いでドラコの顔を覗きこんだ。ドラコの時間割はたしかに魔法史が終わると空きコマであった。

「僕には用がある。他を当たれ。」

 パンジーの腕を振り払うとドラコは魔法史の教室を1人で出た。後ろで「んもうっ!」とパンジーがまったくめげていない声色で文句が聞こえたが、知らないふりをした。

 ――魔法史で出た課題用の歴史書を探しに――あとついでに月長石の粉はどういうものなのか調べよう。あくまで、魔法史の課題のついでだ……。

 ドラコはクラッブとゴイルを引き連れて図書室を目指した。

 図書室の入口までやってくると、ちょうどナマエが図書室を出るところにばったり遭遇した。

「……。」

「……。」

 確かに目と目が合ったが、どちらからともなく無言でふいと視線をそらした。自分たちはにっこり挨拶をする間柄ではない。
 そのままクラッブの横をすり抜けていこうとする彼女の腕の中にある本のタイトルがチラリと見え、図書室へ入ろうとしたドラコの足がぴたりと止まった。

 ――彼女が数冊抱えていたうちのひとつが『強力な魔法薬応用編』という分厚い本に見えなかったか?

 慌てて振り返ると彼女は動く階段の方へと足早に去っていく後ろ姿が確認できた。

「クラッブ、ゴイル、やっぱりお前たちは寮に戻れ。急用を思い出した。」

 マルフォイは一瞥もくれずに2人に言い放つと、ナマエのあとを追いかけた。

 尾行がバレないように少し距離を空けてナマエの後を追うドラコ。バレやしないかとひやひやするが、不思議と口角が上がりそうになるのを口をへの字にして防いだ。

 ――楽しむなんて、わくわくするなんて、下世話だ。

 ナマエは下りの階段がやってくるのを待つと、そこへ音も立てずにすっと乗り込んだ。ちょうどその時、近くの通路からハッフルパフの下級生数名がわらわらと走って動く階段に跳び乗ったので、ドラコもこれ幸いにとどさくさに紛れて一緒に動く階段に乗った。

 ぐいーんと動きながらさまざまな着地点へと接続しては離れる階段に、ナマエは階段を下りながら降り立つべき場所へ到着するのを涼しげな顔で待っていた。ハッフルパフの下級生たちも、わいわいしながら同じく待っている。

 1番よく人が降りる地下の通路へと着くと、ナマエも、ハッフルパフの下級生もみんな階段を降りた。ドラコも距離を保ちながら降りる。スリザリン寮へ行くのは別の通路だが、ハッフルパフ生たちがよくここを使っているので、ハッフルパフ寮はこのあたりにあるのだろうとドラコは思った。

 すると、ナマエの歩みが遅くなり、ドラコとの距離が近くなった。ドラコはこのままではいけないと少し柱の影となっているところで立ち止まった。あくまで自然に。

 目くらましとして機能的であったハッフルパフの下級生たちは、ナマエを追い抜かして行ってしまった。クソ、使えないなとドラコは思ったが、人通りがまったくないわけではないので尾行は続けられそうだ。

 ハッフルパフの下級生たちが遠く見えなくなると、ナマエの歩調が戻った。

 ――わざと抜かせた?目的地はもうすぐそこなのか?

 ナマエは廊下の中央で足を止めると、さっとあたりを確認した。慌ててドラコは柱の影に引っ込んだ。立ち止まった先には、巨大な銀の器に果物を盛った絵画がかけられていた。おもむろに絵画に手を伸ばし、緑色の梨をくすぐる。するとその梨が緑色のドアの取っ手に変わった。
 多めの情報量にドラコは目を白黒させたが、ひとまずことの成り行きを見守っていると、ドアを開けてそのまま中へ消えていった。

 ドラコは考えた。

 ――彼女を追って同じ方法で部屋に入るか?いや、1部屋だった場合、鉢合わせてつけていたことがバレてしまう……。

 どうしたものかと考えているうちに、また廊下の人通りが増えてきてしまった。あの部屋には今は入れそうにない。

 15分くらい経ったところで、ようやく廊下から人気がなくなった。ここはハッフルパフ生がうじゃうじゃいすぎる!とドラコはひとりイライラしていたが、ようやく部屋に入る決心がついたので、よし、と影から飛び出そうとした。

 すると、例の絵画の扉が内側から開いた。

 ――ナマエが出てきてしまった!

 ナマエが丁寧に扉を閉めると、絵画から取手が消え扉らしさが消えた。またナマエは何事もなかったような澄ました顔をしているかと思いきや、鼻歌でも歌い出しそうな彼女にしては明るい表情で部屋を出てきた。

 頬を少し紅潮させ、手ぶらで戻ったナマエは軽い足取りで動く階段に乗って行ってしまった。

 あんな顔もできるのかとドラコは思った。いつも笑っているが、嬉しくて楽しくて笑っているというよりかは、笑顔でいようと微笑んでる印象のナマエ。

 ――何がミョウジにそんな顔をさせるのか。

 ドラコの決意は固まっていた。あの部屋に入って秘密を突き止めてやる。学年一、いやホグワーツ一の謎多き少女の隠している秘密を暴いてやると。

 ドラコは再び人気のなくなった廊下を堂々歩くと、廊下にかけられた絵画に手を伸ばした。

「なんだこれは?」

 絵画の向こうの空間はホグワーツの厨房だった。天井が高く巨大な部屋だ。石壁の前にはずらりとピカピカの真鍮の鍋やフライパンが山積みになっており、部屋の奥には大きなレンガの暖炉があった。部屋の中では何十という屋敷しもべ妖精があくせく忙しなく動いている。思わずドラコは顔をしかめた。

 この部屋にナマエが持ち込んだ本はなさそうだが、見たところ他に部屋はなさそうだ。

「おい、さっきの女はどこにいた。」

 近くでどんくさそうにチョロチョロしていた目の大きな屋敷しもべ妖精にドラコは聞いた。

「わ、わたくしめは知らないのでございます…ナマエ様が奥で何を作ってるか……わたくしめは知らないのでございます……!」

 ドラコに話しかけられた屋敷しもべ妖精はシンリーと言う。シンリーはビクビクしながら背後を気にしながら答えた。

「奥に部屋があるんだな。」

 シンリーは「違います違います」と言いながら慌てたり自身をお仕置きしたりしていたが、ドラコは完全に無視して奥を凝視した。ドラコは知らないが、忠誠心の強い屋敷しもべ妖精から秘密を聞き出すということは本来難しいものだ。しかし、シンリーは他と比べダントツで鈍臭く、忠誠心は強いものの慌てるとすぐボロを出してしまうという性質であった。

 『パッと見何もない場所でも、隠し部屋があるのならば、痕跡や繋目が必ずあるはずだ』と父親に連れられて行ったノクターン横丁のボージンアンドバークス店主に聞いたことがあった。ドラコはシンリーがチラチラ見ていた大きな暖炉のあたりを杖で突いた。

 あるひとつのレンガを叩くと、何か違和感を感じた。レンガが引っ込んだわけでもないのに、そのレンガは叩いた感触がしっくりきたのだ。そのレンガや、まわりのレンガを見ていると、なぜだかどこかで見たことがある気がした。

「レンガ…叩いて……そうか!」

 ドラコは自分が何に既視感を覚えたのかはっきりと理解した。父親がいつも不愉快そうな顔でマグルの街を通り抜けてその壁を杖で叩いていた映像が鮮明に頭に映し出された。

 ――ホグワーツの厨房の暖炉のレンガと、ダイアゴン横丁へ続く壁のレンガはあえて同じもので同じように並べられているんだ!

 コツコツコツ、とレンガを規則通り叩くと、暖炉のすぐ隣のなにもない白い壁に突然ドアノブが現れた。ドラコは興奮したままそのドアノブを掴むとゆっくり引いた。

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