それから第3の課題開催前まで、ハーマイオニーのもとへ嫌がらせの手紙が届いたりして、ハーマイオニーのリータ・スキータ嫌いを加速させていた。
 ナマエのもとへはバレンタインの時に忠告とも取れる1通が届いて以来は特に何もなかった。根も葉もない真っ赤な嘘で中傷されるハーマイオニーは疲弊していたが、すぐに元気を取り戻して何やら闘志を燃やしていた。

 一方、ハーマイオニーとハリーとクラムの三角関係よりもホグワーツ内で盛り上がりを見せていたナマエの方の噂もある程度落ち着いた。
 もともとナマエとセドリックは合う機会も少なく、ナマエ自身ハッフルパフへは極力近付かないようにしていた。セドリックとチョウに悪いからだ。





 6月24日がやってきた。
 第3の課題はクィディッチ闘技場で執り行われる巨大迷路だった。この日まで、ロン、ハーマイオニー、ナマエの3人は自身の試験勉強をしつつ、ハリーのために使えそうな魔法を調べたり、呪いの特訓をしたりした。

 ハリーとセドリック、クラム、フラーの順に迷路の中へと消えていき、観客席は皆祈るように選手たちの帰りを待った。
 フラーが棄権した時は皆が肝を冷やしたし、それからしばらく音沙汰のない迷路をただ見つめ続けるしかなかった。

「ハリー……大丈夫かしら。」

 ジニーはずっと手を祈るように組んでいた。

「ハリーは勇敢だけど、いつも結構冷静だから大丈夫よ。」

「わたしもハリーの優勝を信じてるわ。……無事に戻ってきてくれるだけでいいけどね。」

 ナマエ、ハーマイオニーが勇気づけるように言うと、ジニーも大きく頷いた。

 事態が一変したのは、優勝者であるハリーとセドリックがポートキーで会場に姿を現してからだ。
 大きく太鼓やトランペットの音が響き、皆が2人を声援で迎えた。どちらが優勝なんだと客席はざわめく。クィディッチ闘技場の観客席からでは、闘技場の中心にいるハリーとセドリックの表情までは見えない。セドリックが横たわっていることと、ハリーがセドリックのそばにいることしかわからなかった。

「どちらにせよホグワーツの代表選手が優勝よ!」

「きっとハリーだよ。僕にはそう見えた。」

「ポートキーなんだから同時じゃないの?」

 ハーマイオニー、ロン、ナマエは意気揚々と観客席を降りていった。長く急な階段を降りている時に、教師陣やダンブルドアまでもが大慌てで教員席から降りていくのが見えた。教師たちのただならぬ雰囲気に、ようやくここで何かがおかしいことに気が付いた。

「死んでいる!」

「死んでいる!」

「セドリック・ディゴリーが!死んでいる!」

 どよめきは連鎖した。女子生徒たちは泣きわめき、ヒステリックに声を上げる。セドリックの両親が駆け寄る。ハリーはムーディーに連れられどこかへ消えた。熱っぽい会場は今やキンと冷たく、悲しみと混乱が伝染していった。

「……どういうこと?」

「わからない……でも、セドリックが……死んだって。」

 ナマエとハーマイオニーも混乱していた。セドリックがいるであろう場所は大人が取り囲んで姿は見えなかった。

「ハリーは医務室かな……。」

「行きましょう!」

 ロンとハーマイオニーが駆け出した。
 ナマエは2人の背中をチラっと見て、また大人の人だかりを見つめた。観客席を見る。チョウが大勢に囲まれて泣いていた。

 ――本当に?

 どうしていいかわからず、もう一度後ろ髪を引かれるように大人の人だかりを見た。先ほどはたしかにそこにセドリックがいるのが見えたが、今はどうかわからない。――死んでいるかも、わからない。

 もう姿に見えなくなったハーマイオニーとロンの後を追うように、ナマエも駆け出した。





 医務室に着くと、マダム・ポンフリーの他にモリー、ビル、ハーマイオニー、ロン、ベッドで眠る本物のムーディー、それにリーマスとナマエの知らない女性がいた。

「えっと……ハリーは?」

 ハリーがいると思って来たのに、目的の人物は見当たらなかった。ベッドの盛り上がりがないかを確認するために医務室中をキョロキョロとしてみたが、やはりハリーはいなかった。

「ハリーは今こちらに向かってるよ。シリウスとダンブルドアが付き添ってる。」

 ナマエの質問に答えたのはリーマスだった。約1年ぶりに見るリーマスは、ホグワーツに着任したばかりのようにややくたびれてはいたが、それでも最後に会った時よりしゃっきりしていて以前より自信がついているように見えた。
 相変わらずリーマスは素敵で久しぶりの再会に胸が高鳴ったが、今はそんな場合ではないとすぐに落ち着いた。

「リーマスはなぜここに?」

「僕はパッドフットの付き添いと……アラスターの無事を確認しに。」

 リーマスはチラと横目で女性を見た。ナマエも同じようにその女性を見た。

「アラスターはわたしの元上司だから。ずっとポリジュース薬で化けられて監禁されてたって聞いてリーマスと来たのよ。……わたしはトンクス。あなたがナマエね?」

「はい、トンクス……さん。」

「トンクスでいいわ。リーマスとは昔からの知り合いだって聞いてる。」

 ――昔からの『知り合い』……。

 トンクスは人の良さそうな顔で手を差し出して笑っている。きれいな顔立ちで、リーマスよりはかなり年下に見えたが、ナマエから見たら大人の女性だった。
 おずおずとその手を取って握った。手には豆のような感触があり、細くてしなやかだが強そうな手だと思った。何より力強い瞳が、この人をへなちょこではないと物語っているようにナマエは見えた。

 ――この人がリーマスの愛した女性なのね。

 それからダンブルドアとシリウスに連れられたハリーが現れるまで、ナマエは医務室の端で小さくなっていた。ハーマイオニーがナマエの手を握ってくれていた。





 ハリーが医務室にこもって面会謝絶している間に、ダンブルドアから生徒たちへ通達があった。はっきりと言及があったのはセドリックが死んだことだけだった。それと、ハリーに深く追求しないこと。セドリックとハリーの身に何があったのかは結局わからずじまいで、生徒たちはダンブルドアが去った後、あれこれとセドリックの死因を噂した。

 はっきりとダンブルドアからセドリックの死が伝えられた後、セドリックと仲の良かったハッフルパフの生徒たちがわっと身を寄せ合って泣いていた。
 レイブンクローのテーブルでは、またチョウがシクシクと泣いてそのまわりを彼女の友人たちが慰めるように囲った。

 一方その頃もう1人は――というように、不躾な生徒たちからの視線をナマエは浴びていた。セドリックと噂されていたもう1人であるナマエは一体どんな表情をしているのか――悪気はないのだろうがそういう視線が突き刺さり、ナマエはますます無口になったし、表情を少しでも変えると誰に何を噂されるかわからない。そんな状況だった。





 ドラコはしばらくの間厨房の倉庫には訪れていなかった。理由は単純で、ナマエが寄り付かなくなっていたからだ。ドラコがそこに行くのはナマエがいるからという他に理由はない。

 なんとなく足が向いたのは、もう学年末で夏休み中ナマエとはしばらく会えなくなるから。

 ――あと、元気なさそうだし。

 ドラコが扉を開けると、ぽつんと部屋の真ん中に佇んでいたナマエがガバっと顔を上げた。

「――っ!」

 ナマエは泣いていた。
 椅子に座りもせず、顔を手で覆って静かに涙を流している。おそらくそれがセドリックの死を悼むものだとわかった。

「びっくりした……。あなたもたまにここへ来てるのね。」

「……。」

「これは……気にしないで。ちょっと感傷的になっただけなの。」

 何も言わないドラコの代わりにナマエはペラペラといつもより多く喋った。手で涙を拭いながら、無理やり笑顔を作っているのが見え見えで、痛々しかった。

「お前はなぜそんなに無理やり笑うんだ。」

「!」

「……泣きたい時は泣けばいいだろ。」
 
 ナマエはハッと顔を上げた。「ナマエは微笑んでおけばいい。」という母からの数少ない教えは、呪いのように生活に溶け込んでいて、気が付いた時には癖になっていた。泣くなんて、もっての外と思っていた。

「だって……ママが……、」

 ぽろっとこぼれたのは、幼少期で卒業したはずの「ママ」という呼び方と涙だった。それ以降「ママが」に続く言葉はなく、ナマエの瞳からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
 本当は泣き虫だし、ここしばらくの我慢の限界だった。

「セドリックの……友人の死を……ただ悲しみたいだけなの、」

 ドラコはナマエに近付いた。

「たくさん助けてもらったから……、でもわたしが泣いたら、チョウが……、みんなが……っ、

 それだけじゃなくて、リーマスとトンクスが……、でもセドリックのことを考えていたくて……、

 わたし、いつもずっと自分のことばかりだわ、わたしなんて……っ」

 その言葉の続きは、ドラコのローブへ吸収されて消えた。
 ドラコは小さい子どものように泣いて袖口で目元を拭うナマエを、思わず抱きしめていた。

 手を差し伸べたいとドラコが動き出した時、すでにナマエはいつも誰かに助けられている。
 ボガートに足がすくんでいた時はリーマスが。大広間の前で尻もちをついた時も、ダンスパーティーの会場でパンジーから睨まれていた時も――天文台の塔へロウルから呼び出された時もセドリックがさっそうと現れた。それをドラコは目の当たりにしていた。

 ――「マルフォイはそんなことしないわ。」

 天文台の塔へ続く螺旋状の階段は石造りでよく声が響いた。ドラコはなくなったメッセージカードとロウルたちの怪しい動きに気付いて、あの時、天文台の塔へたどり着いていた。セドリックに助けられるナマエを見てまたかと悔しい気持ちになったのに、そのナマエの言葉で何もかもが吹っ飛んだ。自分を信じる彼女が、嬉しかったから。

 ――今度は……これからは、僕が守りたいんだ。

 クールに見えて泣き虫な彼女を、ひどいことを言ったのに心を許してくれる彼女を守りたいとドラコは思いながら、泣くナマエを抱きしめた。

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