ハリーはこのホグズミード休暇を心待ちにしていた。後見人であるシリウスに会いたいのもあるが、とにかく身を感じていて、届けたいものも伝えたいこともたくさんあった。

 ハリー、ロン、ハーマイオニー、ナマエの4人はチキンやパン、カボチャジュースなどを昼食のテーブルからくすねてバスケットに詰めた。
 ホグズミードへ行く道中、ハリーはシリウスの身を案じる話をしていたが、ナマエはそれを複雑な心境で聞いていた。自分は行けないとなかなか切り出せなかった。

 シリウスとの待ち合わせにまだ時間があるので、グラドラグス魔法ファッション店へ行くことになった。えら昆布を用意してくれたドビーへプレゼントを買うためだ。

「なんだこの靴下!ピカピカ光るぞ!」

「ドビーにはこの色がいいんじゃない?」

 ごちゃごちゃとした店内で派手な靴下を選んでいる3人の後ろ姿を1歩離れたところで見ながら、ナマエはどうしようと考えを巡らせた。

 ――マルフォイと約束が……、ってそんなことを言ったら何を言われるか……。

 グラドラグス魔法ファッション店から、待ち合わせの本屋までは走れば5分だ。現在は11時52分。この時間まで言い出せなかった自分が悪いが、3人に理由を尋ねられたり言い訳をしているうちに遅刻してしまいそうだ。

 持ってきたカバンからワインを取り出した。料理用に厨房にあったものなので上等なものではないが、逃亡生活で酒などの楽しみは必要だろうとこっそり持ってきた。ロンの足元に置いてあるたくさんの食料が入ったバスケットへそれを滑り込ませる。

 幸いにも店内は洋服だらけで死角が多い。もとより口数の少ないナマエが抜け出すことは難しいことではなかった。

 ――ごめんなさい。シリウスによろしく……。

 そろりと後ろ向きで足を踏み出すと、気付かれなさそうなので静かに店を出た。はぐれたことにしよう。ナマエがいなくても、シリウスとの約束を反故にすることはないだろう。

 店を出ると、ナマエは走り出した。走るのは久しぶりだった。履いてきたのがタイトなミニスカートにロングブーツだったのでかなり走りづらかった。こんなことになるなら、スニーカーにジーンズを履いてくるべきだったと後悔する。ドラコがいつも上等な服を着ているので、みすぼらしい格好はできないと思ったのだ。デートじゃないからそんなことは気にする必要がないのに……。

 本屋はホグズミードの入口近くにあるので人はそこそこ多かったが、ドラコはすぐに見つかった。コート、セーター、ストレートパンツも黒で統一されている。本人にも誰にも言う機会はないが、ドラコは黒がよく似合うと思う。

「ごめんなさい、少し遅れちゃった。」

 ふぅと息を整えながら走って少し乱れた前髪を指先で直した。時刻は12時2分。少し遅刻してしまったが気分を害しただろうかとドラコの表情を観察する。

「……怒ってる?ごめんなさい。」

 ドラコは待ちの姿勢から少しも動かずじっとナマエを見つめたままだった。何の反応もないドラコに不安になる。

「……いや。行くぞ。」

 振り払うようにふいと視線をそらして歩き出したドラコに大人しくついていく。目的の場所はメインストリートから一本路地に入ったところの素敵なレストランだった。

「お昼ご飯を食べるの?」

 今はちょうどお昼時だった。ナマエはチラと店の前にある黒板を見た。美味しそうなメニューの名前が羅列してある。

「三本の箒でもいいんじゃない?」

 ホグワーツ生はホグズミード休暇で皆三本の箒へ行く。比較的安価で店が広くバタービールが絶品だからだ。
 ナマエは先日ロンがぽろっと言っていた言葉を思い出した。

 ――「貧乏って嫌だな、みじめだよ。」

 実際のところ、本当に生活が困窮すれば泣きつくことのできるミョウジの家があるのでロンとナマエは立場が少し違うのだが、その言葉は存外響いていた。
 ハリーが金貨を失くしたにも関わらずそれを一切気付いていなく、ぽろっと出てきた時の話だった。ハリーもハーマイオニーも気まずそうにしていたが、ナマエはそのロンの気持ちがわかった。

 このレストランはホグワーツ生の出入りは少なさそうで話をするにはうってつけだ。変に噂されたりすることもないだろう。
 それでも、ナマエからしたら少し、といよりかなり高価な店だった。出せないことはないが、昼食をするだけのためにポンと出せる金額ではなかった。

「三本の箒は誰かに話を聞かれるかもしれない。ここがいいんだ。それともマダム・パディフットの店で花が乗ったサラダでも食べるか?」

 マダム・パディフットの店はカップル御用達の真っピンクのややチカチカした店だ。ホグワーツの男子生徒は皆あそこに近寄りたがらないが、女子生徒は彼氏ができるとあそこへ引きずっていく。

「わたしもあそこは……遠慮するわ。」

 ナマエはどちらかというと男子生徒たちと同じ意見だった。ドラコはそれをわかっていたようで、満足そうにフンと笑うとレストランへ入ろうと扉へ手を掛けた。
 仕方なくナマエもドラコの後ろを着いていった。お昼ご飯代を出せないわけではない。少し贅沢で気が引けるだけだ。この気持ちをロンのように外へ出そうとも思わないし、ましてや金の心配などしたことがなさそうなドラコに悟られたくもなかった。

「話があると言ったのは僕なんだ。好きなものを食べればいい。」

「!」

 ナマエの胸中をわかっているのかいないのか、ドラコはそう言うとレストランの扉を開けた。ナマエは口を開いたが、店員のいらっしゃいませという言葉でかき消されるように音にはならなかった。

 通されたのは中庭のような小さな自然のスペースを見れる窓際の席だった。ドラコは慣れているようにナマエを奥へ促して椅子を引いた。されるがまま、ナマエはドラコにエスコートされた。

「あなたって……、」

「?」

「なんていうか……すごく手慣れてるわ。」

 お互い席へ着いて向かい合い、注文した飲み物が運ばれてきた時にナマエがつぶやいたので、危うくドラコはジュースを吹き出すところだった。

「っ手慣れてるってなんだ。」

「クリスマスの時も思ったの。女性の扱いに慣れてるなって。」

「人聞き悪いことを言うな。こんなのは出来て当然だ。」

 ははぁとナマエは感心した。これがマルフォイ家嫡男というものなのかと。よく一緒にいるハリーやロンはもちろん、年上のフレッドやジョージでさえこんなふうにエスコートするところは想像できなかった。

 食事が運ばれてくると2人は静かにそれを食べた。口に入れた瞬間に、あまりの美味しさに感動する。「とっても美味しい!」と口に出すことはしなかったが、ナマエのキラキラとした瞳は口より雄弁で、ドラコはその様子を見て気付かれないようにクスリと笑った。
 一方のナマエは、ドラコの食事するところを正面でまじまじと見るのは初めてで、「すごくきれいな食べ方だわ」と思った。もちろんこれもわざわざ口には出さなかったが。

「話というのは……、」

 一通り食べ終えて紅茶を飲んでいた時に、ドラコは真剣な顔で切り出した。ナマエは普通に食事を楽しんでしまっていて、ドラコからの話があることをすっかり失念していた。

「少し前の……天文台の塔でのことだ。」

「!」

 ドラコからの呼び出しだと思って天文台の塔へ行ったら、ロウルたちスリザリンの5年生が待ち構えていた件だ。杖を奪われ丸腰の状態で囲まれたあの時を思い出すと、今でも正直鮮明に恐ろしい。少しイタズラしようとしていただけなのかもしれないが、あの時の心細さと不安でついた傷はまだ深くナマエの中にある。

「あれは……、」

 ドラコは言い訳から話そうとして、言葉を切った。

「すまない。僕が悪いんだ。

 君への連絡方法をあいつらに知られてたことに気が付かなかったんだ。魔法をかけたメッセージカードを面白半分で使ってみたらしい。ミョウジが来ると思って。」

 ドラコが素直に謝ることは、生まれてこの方初めてかもしれない。
 ナマエはなぜか自分より傷付いたような表情のドラコに驚いたが、ドラコの言葉はすっと胸に落ちた。やっぱり、と思った。

「そうだったのね……。」

 ナマエは紅茶を口に運んだ。その間ドラコはぐっと耐えるように下を向いている。その様子を見て、ナマエは慌てて口を開いた。

「何もなかったのよ。あなたが気に病む必要ないわ。」

 ドラコがあまりにも小さくなっているからか、ナマエはドラコを元気づけるように笑った。実際もう本当に気にしていない。

 それからドラコが会計を済ませて店を出た。ナマエが財布を出す隙は微塵もなかった。店を出てもまだ少ししょげているように見えるドラコの視界に入るよう覗き込んだ。

「本当は施しを受けてるみたいで苦手なんだけど……今回はマルフォイからの謝罪の気持ちだと思ってありがたくご馳走になるわ。」

 ドラコはナマエの言葉に、謝罪の気持ちがこもろうがなかろうが、女性と食事に行って支払わせることなんてない、と思った。それに、ドラコのまわりの女性はご馳走になって当然といった顔をしている。このように女性と2人きりで食事に行ったのは初めてだが、ナマエはやはり少し変わっていると思った。

「とっても美味しかったわ。ありがとう。」

 ナマエはまた笑った。
 「とっても美味しい」という感想は食事中のナマエの顔を見てもうわかっていることだった。ドラコはナマエを見つめ返して、微笑んだ。

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