『話がある』というメッセージをもらったはいいものの、いつどこでという部分が抜けているため、次の指示を待つ他ないと思った。
明日は休日だったが、いつ現れるかもわからないドラコを厨房の倉庫で待つのは勘弁願いたい。それに、ハッフルパフ生に厨房あたりで見かけられているのをセドリックに聞いてからは足が遠のいていた。幸いにも魔法薬学は提出した者から順に退出させられたので、廊下でドラコを待つことにした。
「あ、ナマエ……。さっきはごめんなさい。」
「いいの。それに記事のことは気にする必要ないわ。デタラメばっかりだし。」
ナマエの次に提出を終えて教室を出てきたのはハーマイオニーだった。ロンと同様、サボっていないナマエまでスネイプに目をつけられてしまったことを謝罪した。
「ええ、気にしないようにするわ……。ハリーもそうだといいけど。」
ハーマイオニーはナマエの隣で同じように壁にもたれかかると、やれやれと肩をすくめた。
「あんな嘘っぱちの記事!ホグワーツ内じゃセドリックとチョウとナマエの三角関係についての噂のほうが盛り上がってると思わない?」
「……それはそれでわたしが複雑だわ。」
「ああ……ごめんなさい……。」
ハーマイオニーがしまったと口を押さえたので、ナマエは静かに首を横に振った。
「……ホグワーツに通っていればハーマイオニーとハリーがそんな関係じゃないってわかるもの。有名なハリーとクラムについて面白おかしく書きたいだけなんだわ。」
「ほんっと下世話ね!……ところでナマエ。誰かを待ってるの?」
「ええ……。ハーマイオニーは先に戻っていていいわよ。」
「ふーん?……わかったわ。」
ハーマイオニーは、ナマエの様子からハリーやロンを待っているわけではないことが何となくわかったが、それ以上追及することはしなかった。ナマエを置いて、ハーマイオニーは去って行った。
何人か教室を出ていくのを見届けてから、ようやくドラコが出てきた。ナマエは声を掛けようとして、追うように出てきたパンジーが視界に入って慌てて止めた。しかし、パンジーのほうからナマエに近寄って来た。
「ミョウジ。あなたのことは記事になっていなくて残念ね。人のものを取るのが得意だって書かれているかと思ったわ。」
パンジーは見せつけるようにドラコにぴったりくっついて嫌味っぽく笑った。
「母親も、あなたも、男をたぶらかして『2番目』になるのが好きなのね。悪趣味だわ。」
ナマエは黙っていた。普段嫌味を言ってくるスリザリンの男子生徒より、パンジーの言葉は重くのしかかった。同性だからか、傷つく言葉を心得ているように感じる。
きっと母親が不倫したように、チョウのものであるセドリックをたぶらかしていると思っているのだろう。あるいはパンジーのものであるドラコをたぶらかしていると思っているのか。
さらに、パンジーの思うところではないのだが、ブラック家の血を引く女性と結ばれたというリーマスのことさえもナマエの脳裏に浮かんだ。
完璧なカップルの邪魔となるのはいつも自分と――同じ穴のむじなである母親だ。
「あなたに用事はないわ。」
ナマエはパンジーに軽く微笑んだ。パンジーは余裕ぶって嫌な女、と思ったが、ドラコはその微笑みを見てゾッとした。最近わかってきたことだが、ナマエのこの微笑みは鉄壁の守りのようなもので、ものすごく傷ついているかブチ切れているか――あるいはその両方であると推測できた。
ナマエは少し考えるように目を伏せた。長いまつ毛がアメジスト色の瞳にかかる。そして、もう一度顔を上げてからまた微笑むと、パンジーのことを一切視界に入っていないようにわざとらしくドラコだけを見つめた。
「話があるんでしょう。待ってたわ。」
パンジーがぴったりくっついていない側のドラコの腕を掴んだ。ドラコはナマエから触れられるのが初めてで、ぎょっとしてドキッとした。
「……あっちだ。」
ドラコはとりあえずパンジーとナマエを引き離したほうがいいだろうと、ナマエに腕を掴まれたままひとまず帰路である階段と逆側の通路を指した。
女子生徒2人に囲まれているのに――しかも片方は好きな子である――まったくもって嬉しくない。逃げ出したくなるようなじっとりとした空気が漂っている。
「ちょっと待って。ドラコ、どこへ行くの?」
パンジーが咄嗟にドラコの腕を掴んだ。ドラコはパンジーとナマエにそれぞれ両腕を掴まれてしまっている。
「あー……いや、」
「パーキンソン、あなたに関係ないと思うわ。行ってもいいかしら。」
ナマエとパンジーはドラコを挟んでバチバチと火花を散らしている。パンジーのように睨みつけたりはしないが、ナマエは微笑みながらも瞳の奥に負けん気がめらめらと宿っている。
「はぁ……いい加減にしろ。ミョウジ、行くぞ。」
ドラコはパンジーに掴まれている自身の片腕を引き抜くと、ナマエを連れて歩き出した。パンジーがついてこないことを確認して角を曲がった。大きな絵が掛けられた行き止まりにぶつかると、くるりと振り返ってナマエを見下ろした。ナマエの顔からは張り付けたような微笑みは消えていて、額に片手を添えている。
「本当にごめんなさい……。魔物が憑りついていたわ。」
ナマエは自分の制御できないほの暗い部分を恐ろしく思った。頭が痛い。パンジーに見せつけるように、ドラコに媚びるように微笑んでいたのは自分だったのか。自分が母親に似てきたような気がしてゾッとした。
「あなたのことをまた利用したわ。ごめんなさい……。」
シュンとするナマエに、ドラコは責める気にはならなかった。クリスマスパーティーでドラコが怒ったのは利用されたからというより、自分の気持ちとナマエの気持ちの温度差が明白になったことがショックだったからで。パンジーに対抗するため自分にべったりしようが、ドラコはまったくもって構わない。言いたいことをすべて我慢している普段の状態よりずっと健全に思えた。
「別に。僕は気にしてない。ムキになるのがめずらしいとは思ったが。」
「そうね……どうかしてたわ。」
弱弱しくもまた笑ったナマエに笑うなと言ってやりたかったがそれは憚られた。それに、話があると呼びつけた本題を今話す気にもなれない。
「明日はホグズミードに行くのか。」
「ホグズミード?ああ……そうね、ハリーたちと行くわ。」
「……少し抜けて来い。12時に本屋の前だ。」
「そこで話すの?……わかったわ。」
ハリーとロンとハーマイオニーがホグズミードへシリウスに会いに行くと言っていたが、自分はいなくてもいいだろうとナマエは思った。ふと男の子と2人で街に出掛けるというのが初めてだと思ったが、思春期特有のソワソワした気持ちにはならなかった。もっと言うと、ドラコと一緒にいるところを見られてセドリックとの噂が薄まればいいとさえ思った。
「……ごめんなさい、また今失礼なことを考えたわ。」
「……はぁ?」
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