第2の課題が終わってからというもの、しばらくグリフィンドール談話室はその話題が尽きなかった。ハリーの勇気ある道徳的な行いの話から、いつの間にかロンの大誘拐事件の話になっているのは、語り部がロン本人であるからというのが大きい。

「ハーマイオニー、あのクラムの大切な人だなんて素敵ね。羨ましいわ。」

 ハリーやロンの大冒険譚には、囚われのハーマイオニーの話もくっついてきた。ロンが語るマーピープルとの死闘の話が終わると、女の子たちはこぞってハーマイオニーがクラムとどういった関係なのかを聞きたがった。それにハーマイオニーは顔を真っ赤にして、ロンも別の意味で顔を真っ赤にしている。

「ち、違うわ。そういうのじゃなくて……、」

「まぁ、隠さなくていいのよ!わたしたちには教えてちょうだい!」

 バーバディとパドマの姉妹にぐいぐいと詰められるハーマイオニーをナマエは一歩距離を開けて見守った。それには理由があった。

「ナマエも……!セドリックとチョウと熱烈三角関係だって噂は持ち切りよ。」

 この話題を持ち出したロンはもう邪魔になったのか、ぐいっと押しのけてパドマがナマエに詰め寄る。存在感を消していたはずなのに結局白羽の矢が当たってしまった。

「聞いたわ!『チョウがナマエに目移りしてる』って。……あれ?チョウが?ナマエに?セドリック?あれ?」

「噂がいい加減すぎるわね。」

 混乱したパドマにハーマイオニーが深くため息を吐いた。
 ナマエにはなぜこんな噂が出回っているのか見当がつかなかったが、ハーマイオニーの見立てでは第2の課題終了後、人質であるチョウをほったらかしてセドリックがナマエと話していたからだという。そんなか細い煙を大げさに扇いで噂というものは大きく成長する。お手上げだった。

「チョウは何を聞いても教えてくれないの。ナマエは教えてくれるわよね?」

「わたしから言うことは何もないわ。部外者だもの。」

 ナマエはまたも静観に徹した。この手の質問は1週間ほど続いているが、もううんざりしている。

「ナマエ、あなたまただんまりを決め込むの?それじゃあ噂がどんどん大きくなるわよ。」

「否定してるのに噂は大きくなってるじゃない。どちらも一緒よ。」

 ハーマイオニーの助言はまったく響かなかった。内心たしかにと納得したハーマイオニーは、それ以上言うのはやめて、お互い頑張りましょうと力強く頷いた。ナマエも黙って頷き返した。




 
 2時限続きの魔法薬学へ向かう大半の生徒たちの肩は落ちている。その中でもナマエはしゃんとしていた。贔屓のスリザリンを差し置いて成績はトップだし、何より魔法薬学が好きだからだ。

 魔法薬学の教室の前をスリザリンの生徒たちが塞ぐようにたむろしている。その中の1人であるパンジーは、ハーマイオニーを見つけるなりぱっと笑顔になって「きた、きた!」とその集団の注目を集めた。パンジーが持っているのは『週刊魔女』だ。表紙の巻き髪の魔女がにっこりと微笑んでいる。

「あなたの関心がありそうな記事が載っているわよ、グレンジャー!」

 パンジーがその雑誌をハーマイオニーに投げて寄越したので、ハーマイオニーは慌てて受け止めた。ちょうどその時にスネイプが登場したので、廊下にいた生徒たちは教室にぞろぞろと入った。
 パンジーは去る時、ハーマイオニーの隣にいたナマエをキッと睨みつけた。ナマエがどんな表情をしていいかわからず黙って見つめ返すと、パンジーはフンと顔を逸らしてドラコの隣にぴったりくっついた。いつものことなのかドラコは特に抵抗することなく受け入れている様子だった。

 ドラコを見かけるのは久しぶりなような気がした。呼び出されることもなければ、ハリーの課題の手伝いで、ナマエは厨房の倉庫に顔を出すこともしていなかった。

 ――まだ、天文台の塔のことを聞けてない。

 胸に引っかかっているが、ドラコに何をどう聞いていいか考えあぐねているうちに、スネイプは静かに授業を始めた。ナマエも切り替えて羽根ペンを握り直した。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は、スネイプが後ろを向いた途端に『週刊魔女』の記事に目を走らせた。『ハリーポッターの密やかな胸の痛み』という記事だ。ナマエは3人が夢中になっているのを横目に、後で見せてもらおうと羊皮紙に板書を書き写した。

 授業についていきながらも、ハリーたちは『週刊魔女』の記事について思うところが多くあったようで、材料を広げながら、乳棒でタマオシコガネをすり潰しながら、コソコソとおしゃべりを止めなかった。

「君の個人生活のお話は、たしかにめくるめくものではがあるが。ミス・グレンジャー。」

 おしゃべりに夢中で、背後から近づくスネイプにナマエも含む4人はまったく気が付かなかった。氷のように冷たい声色に、すり潰したタマオシコガネの粉末の量を測っていたナマエも自分のことのようにドキッと肩を震わせた。

「吾輩の授業ではそういった話はご遠慮いただきたい。グリフィンドール10点減点。」

 教室中の視線がハリーらに集まる。そばにいたナマエも飛び火で見られていて居心地が悪かった。スネイプは机の下の『週刊魔女』を取り上げた。表紙の魔女がわざとらしくワオといった表情になった。

「その上、机の下で雑誌を読んでいたな。グリフィンドールもう10点減点。」

 スネイプは皆の前で記事を読み上げた。ハリーは恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にし、スリザリン生は大爆笑していた。
 ナマエはハリーとハーマイオニーを気の毒に思いながらも、授業中に雑誌を広げていたハリーたちにも非があるとスネイプを睨みつけたりする気にはなれなかった。記事が読み上げられる間も鍋をかき回し、火加減の調整を怠らずに事の次第を見守った。

「さて、授業に集中できないようなら別々に座らせたほうが良さそうだ。ウィーズリー、ここに残れ。ミス・グレンジャー、こっちだ。ミス・パーキンソンの隣に。ポッターは一番前だ。……ミス・ミョウジ、そこの席だ。」

 ナマエは弾かれるように顔をぱっと上げた。まさか自分も呼ばれると思っていなかったからだ。真面目に授業を受けていただけなのに、と思わず反抗的な表情になりそうなのをぐっと堪えた。友人たちを注意できなかった自分にも非がないとは言えなかった。

 スネイプに言われた通り、指示された席へ移動しようと火ごと鍋を魔法で浮かせた。これで失敗したらどうしてくれるんだと不満に思いながらも、教科書と羊皮紙をまとめて胸に抱いた。ロンがナマエにゴメンと口パクで謝罪してきたので、小さく横に首を振った。

 移動させられた席はスリザリン生が固まっている場所だった。斜め向かいに笑い疲れてヒーヒー言っているドラコがいる。ナマエとばっちり目が合うと緊張したようにぴたりと真面目な顔になった。ナマエの『頭冴え薬』作りは佳境に入っていたので、集中しようと再び鍋と向き合った。

「毒ツルヘビの皮。月長石の粉。えら昆布。吾輩個人の保管庫から盗まれたものだ。誰が盗んだかはわかっている。」

 ナマエの集中を切らせたのはスネイプの鋭い声だった。
 ハリーがスネイプに反論しているのを見ながら、内心ハラハラした。なぜかハリーを疑っているようだが、月長石の粉を盗んだのはナマエだった。動揺でパチパチと瞬きが多くなるのを自覚しながら、ドラコからの視線も感じていた。きっとお前だろと得意げな顔をしているに違いないと思った。
 顔を上げないまま、大急ぎで『頭冴え薬』を1番早く完成させると、教壇へ提出しに行った。スネイプが面白くなさそうに「提出した者から帰っていい」と言ったので、ナマエは教科書や羊皮紙を鞄に詰めた。その時、教科書に千切られた羊皮紙が挟まっているのを見つけた。

『話がある。D・M』

 走り書きだがそのきれいな字には見覚えがあった。いつもはないのにご丁寧にイニシャルまで書いてある。正真正銘斜め前にいるドラコからの手紙だろう。ナマエはその手紙をローブのポケットにしまうと、鞄を持って教室を出た。

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