しばらくドラコとナマエは黙っていた。

 はしゃぐ同級生のキラキラした笑顔を見ながら、席に座る気にもならずドラコが言ったことの意味を考えていた。

 ドラコの言ったことはその通りで、反論しようとは思わなかった。知らない人と踊るよりはドラコがいいと思ったのだ。それが自己本位的で傲慢なのだろうか。
 普段のナマエならそこで思考を停止して、良くわからないが怒ってるならと謝罪して終わらせる。しかし、今回はそんな気になれなかった。それを言ったドラコの横顔が傷付いているように見えたから。傷付いていても自分のそばを離れないから。

「わたし、人として何か大事なものが抜け落ちている自覚はあるの。」

「……は?」

 よくやくドラコはナマエの方を向いた。

「正直に言うと、マルフォイが怒る理由がわからないの。でもきっと、わたしがあなたの気持ちを理解できないことがたぶんダメなのね。」

「……。」

「謝りたくても、何に謝ればいいかわからない。」

「……。」

「でも、怒ってるのに一緒にいてくれることには感謝してるから……、あなたが何が嫌なのか知りたいし、直したいと思うの。」

 ガラにもなく、ナマエは本音をぶつけてみた。チラとドラコを見上げると、まるでお前は誰だと言うように驚いた顔をしている。目が合うとさっと視線を逸らされ、またドラコの視線はダンスフロアへ向いた。

「……なんだそれ。」

 ぽつりとつぶやく声が、ナマエにまで届いた。呆れてるような声だったが、ほんの少し照れているような嬉しいような声色だ。ナマエは自分の気持ちを伝えて良かったと少しホッとした。

 その束の間、ナマエの目の前がふっと暗くなる。顔を上げると、見知らぬダームストラングの生徒がナマエを見つめていた。

「ヴォクと、踊りませんか?」

 やや訛のある英語にを話す彼は、ナマエの手を取り、手の甲に唇を落とした。
 ドラコと隣りあってはいたものの、少し距離があったからかパートナーだと思わなかったのだろう。ぼーっと立ってダンスフロアを眺める2人がパートナーだとは思えないのも無理ない。

「あ、ごめんなさい、その……、」

「彼女は僕のパートナーだ。」

 ダームストラング生の手を払ってナマエの手を取り返したのはドラコだった。ナマエとその男の間に入るように立つと、その男は「そうだったのか」といまいち納得いかない顔で退散した。

「……助かったわ、ありがとう。嫌じゃなければこのまま近くにいても良い?」

 ドラコの手はナマエの手を取ったままだった。何も言わないのでこのままでいいのだろうかとドラコを見上げる。

 ドラコはドラコで、思考を巡らせていた。
 根本的にナマエは何もわかっていない。ドラコがナマエに好意があることを。ドラコの中では、ナマエをパーティーのパートナーに「お誘い」したつもりでいた。しかし、ナマエはその認識が歪んでいる。たしかに正々堂々と誘ったとは言い切れないので、ドラコにも否があるのは自身わかってはいる。かと言って、懇切丁寧になぜ自分が腹を立てたのか説明する気にはならなかった。情けなく「あなたが好きです」と言っているのと同義になってしまうのだから。

 ――僕はミョウジのことが好きなんだ……。

 とうとうドラコは自身の中で認めざるを得なくなった。気になってしょうがないのは自覚していたが、はっきりとこれは恋愛感情であるというのを認めるのはなかなか難しかった。ナマエは学校の人気者で、グリフィンドールで……生粋の純血であるドラコとは釣り合わない身分であるからだ。

 チラチラとナマエをダンスに誘いたい視線が刺さる。ナマエは気付いていなさそうにハーマイオニーとクラムが囁き合いながら踊るのを見守っている。ドラコはナマエの手を引いて歩いた。とにかくナマエを多くの視線から遠ざけたかった。

 ドラコは少し歩いて適当な席にナマエをエスコートして座らせた。
 蔦や花でできた神秘的なアーチの下の2人掛けの椅子は、人気が少なく落ち着けるロマンチックな空間だった。天井からはキラキラと消える星屑のような光が降り注いでいる。

「君が変なのはもう慣れた。」

 ドラコの口から出たのは、謝罪でも説明でもなく、またも嫌味混じりのセリフだった。胸中なぜこんなことを口走ってしまうのか、出ているそばから後悔が押し寄せたが止まらなかった。
 カップルが愛を囁き合うのにうってつけな空間で、ナマエはぽかんとした。

「わたしは変かもしれないけど、あなたもよっぽど変よ。」

「は?」

「優しいんだか意地悪なんだかはっきりしてほしいわ。」

「なっ、優しくした覚えはない!」

 ドラコが「優しい」の方を否定すると、ナマエは一拍置いてからケラケラと笑いだした。いつもの微笑みではなくドラコは内心驚いた。
 ナマエからしたら、優しいはもちろん褒め言葉として言ったのでそちらを否定すると思わなかったのだ。

 しばらくナマエが笑って、ドラコはナマエを睨みつけていた。その時、視界の端でウニョウニョと動くものを捉え、2人同時にそちらに意識をやった。

「「!」」

 クリスマスの演出なのか、2人の座る席の上を覆う草花のアーチから、新たな蔓が伸びてアーチ全体を彩った。それがただの植物なら「面白い魔法だ」と思うだけで済んだだろう。しかし、それは「ヤドリギ」だった。
 2人とも、ヤドリギの下で男女が何をするか知らないわけはなかった。

 どのくらいの時間見つめ合ったかはお互いにわからない。実際の時間はほんの数秒だったはずだが、ドラコはコクンと喉を鳴らし、とうてい数秒とは思えないほど時がゆっくり進むのを感じた。

 ドラコがナマエの方へ身を寄せようかと動き出すほんの少し前に、妖女シスターズの演奏が止まって大きな拍手が起きた。
 大きな音の方へ2人ともそろって顔を向けると、妖女シスターズは舞台から手を振って降りるところで、照明が落ち始めていた。

「……時間だ、寮まで送る。」

 ドラコが先に立ち上がって、ナマエへ手を伸ばした。おずおずと手を伸ばしてそれを受け入れると、ナマエも立ち上がった。

「「……。」」

 何を話していいかわからず沈黙しているのはドラコとナマエだけで、まわりは素晴らしいクリスマスパーティーが終わるのを惜しむようにはしゃいだ声がする。
 玄関ホールでクラムから手の甲にキスをもらっているハーマイオニーと、結局誰とも踊ることなくこの時間までただただ美味しいクリスマスディナーを味わい尽くしたクラッブとゴイルと出くわし、ナマエとドラコは一度目を合わせて友人のところへ向かって別れた。

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