クリスマスパーティーが始まった。

 大広間の壁はキラキラと銀色に輝く霜で覆われ、星の瞬く黒い天井の下にはヤドリギや蔦が絡んで幻想的だった。
 パートナーを連れた者もそうでない者も、各々会場の席に着いた。この時もドラコは当然のようにスマートにナマエをエスコートした。

 生徒が全員席に着くと、最後に代表選手とそのパートナーが列を成して入場した。
 ナマエはハリー、ハーマイオニー、セドリックを見て拍手を贈った。隣に座るドラコがハーマイオニーを見て驚愕してるのを察して笑いそうになった。

「君が何かしただろ。」

「わたしはお手伝いしただけよ。」

 コソっと耳打ちすると、ドラコはどうだか、というような疑いの目でナマエを見た。

 ハリーとロンが自席からハーマイオニーを見つけて、あんぐりと口を開けて驚いている様を眺めながら、作戦が成功したような嬉しい気持ちになった。
 その後、ロンもハリーもハーマイオニーも同じタイミングでナマエの席を見て、さらにその隣に座るドラコを見て3人とも同じ顔をした。驚きと嫌悪が混ざった表情に、ナマエは微笑みで答えた。

 食事を楽しんだ後は、ダンブルドアが席を魔法で片付け、すぐに妖女シスターズの演奏が始まった。代表選手のダンスを皆で囲って眺めた。ハリーはパーバティにリードされややぎこちないながらも踊れてはいる。クラムやセドリックは完璧だった。
 曲の演奏が一旦終わると、次々に生徒たちがフロアの中心に文字通り躍り出た。ドラコが目で行くぞと合図してきたので、ナマエは頷くとドラコに引かれてフロアの中心へ向かった。

「一応練習はしたんだけど……。」

 ナマエが自信なさげに言った。ダンスパーティーの開催が通達されてから、脳みそがダンスパーティー一色になった友人たち――もちろんパーバティとラベンダーのことだ――とダンスの基本は覚えたのだ。ドラコのパートナーに決まってからは練習をサボっていたことを、今ようやく後悔し始めている。

「たとえお前がまったく練習していなくてもなんとかなる。」

 ドラコは高慢な言葉と表情のわりに優しい手つきでナマエの手を取ると、ゆったりとした曲に合わせてステップを踏んだ。

「足元は見なくて良い。」

「でも……踏んじゃいそうだわ。」

 視線が下がりがちなナマエに、ドラコは自信満々に言った。

「そんなヘマはしない。」

 たしかに言われた通り、ドラコの動きに合わせていればナマエはかなりそれっぽく踊れていた。ナマエははにかんだ。

「すごいわ、わたしダンスがうまくなったみたい。」

「君がうまくなったんじゃなく僕がうまいんだ。」

「ふふ、わかってるわ。さすがね。」

 しばらく2人はスローな曲に合わせて、見つめ合って踊った。ナマエはダンスを楽しんだし、ドラコも顔に出ないようにしているがかなり浮かれていた。

 妖女シスターズの演奏が終わると、会場は拍手に包まれた。一拍開けてアップテンポな曲が始まると、ドラコは自然にフロアから捌けた。

「座るか?」

「そうね。」

 2人は会場を見渡して、比較的人の少ない蔦や花が絡み合うアーチの席へ着こうとした。
 しかし、ドラコの腕にまたもやピンクのフリフリが絡みついた。

「ドラコ!わたしとも踊りましょうよ。」

 ドラコの腕に絡みつくのはパンジーだ。パンジーは他にも2人スリザリンの女の子を連れていて、2人ともナマエを睨みつけている。どうやら皆ドラコと踊りたいらしかった。

「は?パートナーはどうした。」

「今は別行動中よ、ねっ、いいでしょう?」

 睨みつける2人の側近とは対象的に、パンジーはドラコしか見ていない。間近でパンジーがドラコに迫る姿を見て、ナマエは自分が声を出すべきか迷った。

 ――でも、マルフォイはわたしがいるから気を遣うかもしれないわ……。

 ここにいるほとんどの者が「ドラコが気を遣う」なんていう発想にはならないのだが、ナマエはドラコが名家や女性をぞんざいに扱うことはしないよう身体にマナーやらが染み込みされているのを知っていた。ドラコとは付き合いが短いが何度かそう感じたし、兄であるノアもそうだった。

「マルフォイ、わたしはそこに座ってるわ。」

 クリスマスパーティー中にポツンと1人でいることは本来避けたいことなのだが、ナマエはあまり気にしなかった。席に座ってフレッドとアンジェリーナの元気が爆発したダンスを見るのも楽しいだろう。
 エスコートするために腰にそえられた手からやんわり抜け出すと、ドラコとパンジーに微笑んで立ち去ろうとした。パンジーはそれをパートナーを掴み取った余裕と感じて腹を立てたが、「じゃあ行きましょ」とナマエからドラコを引き離すことが先決と考えた。

「おい、勝手に決めるな。パーティー中に1人で座っていたら惨めだぞ。」

 絡みつくパンジーの腕を振りほどくことはしないものの、ドラコは距離を取ったナマエに苛立ったように声をかけた。別に平気よという意味を込めて、ナマエはまた微笑む。

「それなら僕と踊らない?」

 ドラコとナマエの間に立つように入ってきたのはセドリックだった。ドラコもナマエも突然現れたセドリックに驚く。

「あ、セドリック……。ええ。よろしくお願いします。」

 それでも、ナマエは好機とばかりにセドリックの手を取った。ドラコとは違うさっぱりした柑橘系のようなコロンの香りがした。
 人の気持ちに鈍感なナマエでも、パンジーがドラコに好意を持っているのは明らかだった。応援したいという積極的な気持ちではないが、片思いをする気持ちはよくわかるので邪魔はしたくなかった。

 セドリックに手を引かれてダンスフロアに戻ると、チークダンス用のゆったりした曲が鳴り始めた。

「助かったわ、困ってたから。」

 ナマエはセドリックにぎこちなく笑いかけた。セドリックはドラコほど完璧なリードはしてくれないので、今度こそ足を踏まないように気をつけないととあまり余裕がなかった。

「そう?僕はラッキーだったね。」

 セドリックのパートナーであるチョウが、レイブンクローの同級生に踊ろうと言われていたので飲み物を取りに行くところだった。パートナーと別れたセドリックと踊りたそうに見ていた女の子はたくさんいたが、ちょうどナマエがドラコとパンジーと距離を取ったところに出くわしたのだ。

 ゆったりとセドリックとナマエは踊った。2人ともおしゃべりな方ではないので言葉は少なかったが、お互いを気遣い合うようなダンスは、パートナーと踊ったものとは違い、それはそれで心地よかった。
 曲が終わると、軽くお辞儀をし合った。今度こそ席に着こうかと思ったところで、ノアが近付いてくるのが見えてセドリックとぱっと離れた。

「ありがとう。楽しかったわ。」

「うん。僕も。」

 さっさと離れようとするナマエに多少面食らったセドリックだが素直に頷いた。
 ナマエは迫るノアを視界の端で捉えながら、アーチの下で待ち構えた。

「ナマエ、マルフォイはどこ?」

 ノアはパーティー用の真紅のドレスローブを着ていた。ダームストラングは皆同じものを着ている。いつもはセンターパートだが、今日はパーティー用にかっちりめにセットされた髪のせいか凛々しく見えた。

「今はスリザリンの子たちと踊ってるの。」

「そうか……、できるだけマルフォイのそばを離れないで。それに代表選手と踊ると目立つ。」

 セドリックと踊っていたところをやはり見られていたようだった。ノアはキツく言わないものの、諭すようにナマエに言いつける。

「気をつけるわ。」

 ナマエはもうドラコ以外と踊らないほうが良いだろうと思った。もともと踊るのは得意じゃないし、それでも良かった。

「なら良いんだ。ナマエ、今日はとっても可愛い。自慢の妹だよ。」

 ノアは人好きするふにゃりとした笑みでナマエを見下ろした。兄妹だがナマエのとはまったく違う笑い方だ。育ちがまったく違うのだから当然だった。

「素敵なドレスをありがとう。ノアも素敵よ。」

「ありがとう。」

 ノアはすぐ後ろを通ったウエイターの盆からジュースを2つ取ると、ナマエに片方渡した。

「じゃあ僕は行くけど、マルフォイは見つけられそう?」

 言外に、早くドラコを見つけてずっと一緒にいろということだ。ナマエは黙って頷いた。

「今度ナマエのパートナーになるはずだった同級生に会わせるよ。ナマエを見かけて悔しがってたんだ。紹介くらいはしないとどやされそうだ。」

 ノアはまた笑ってさっそうと消えた。ナマエはノアの真っ赤な背中が見えなくなると、ふうと息を吐いた。
 ジュースを飲みながら会場をきょろりと見渡した。壁の花でも構わないが、ノアの手前さっさとドラコを見つけてくっついていなければいけない。

「僕といなきゃいけないんだろう。」

 音もなくナマエの隣にすっと立ったドラコを、ぎょっとして見上げた。いつからいたのだろうと思った。

「そばにいたのね……、疲れた?少し座る?」

 パンジーを含む3人と踊ったのなら、疲れているだろうとナマエはジュースをまた一口飲んで無表情のドラコを見た。ドラコは一向にナマエを見ようとしなかった。よく見ると、カクテルグラスに入ったジュースを2つ持っている。

「お前の兄が言ったことはどういう意味だ?」

「え?ノアの?」

 ナマエは隣にいるドラコを見上げているが、ドラコはダンスフロアで楽しそうに踊る面々を眺めるように、ナマエの方を一切見なかった。

「お前のパートナーになるはずだったヤツっていう話。」

「あー……もとはノアがわたしのパートナーを決めるって言ってたの。」

 ――でもマルフォイがわたしと行ってくれるって言うから、あなたと行くほうがいいなと思って。

 ナマエはそういう気持ちを込めた。ちびちびとジュースを口に運ぶ。ドラコはきっとナマエにジュースを持ってきてくれたから、その優しさごと受け取りたくて、手元のジュースを空にしたかった。

「――で?僕が誘ったからちょうどいいと思ったのか?見ず知らずの不本意な相手と行く必要がなくなって?」

「ぇ……?」

 ドラコの言葉はその通りだったが、棘のある言い方に自分の本位がどうだったかよくわからなくなった。
 違うと否定もできないが、ドラコの提案は嬉しかったし、気心知れた人と行ったほうが楽しいだろうと思ったのだ。それがしかも兄や父が文句の付け所のない「ドラコ・マルフォイ」だったのだから。

「本当に自分のことしか考えてないんだな。」

 ドラコはナマエをパートナーに誘って「あなたと行きたい」と見つめられたことに浮かれていた自分を恥じた。そして、自分のどうしようもない傷付いたプライドや心を、同じように傷つけてやろうとすることでしか自分を保てそうになかった。

「僕が君の顔なんて見たくないと言っても、君は兄の言いつけを守って僕の近くにいるんだろ。」

「……。」

「傲慢女。」

 ドラコがナマエに渡すはずだったジュースの水面が揺れた。ドラコとナマエは黙ってぼんやりとダンスフロアを見つめた。

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