12月25日、クリスマス。

 女の子たちは今日この日のために整えたコンディションを最大限発揮すべく、昼すぎからそわそわとし始めた。

「ナマエ、そろそろ準備しましょ。」

 17時ごろ、雪遊びに出かけた男の子たちのいない談話室でナマエはひとり課題をしていた。ハーマイオニーが呼びに来たので、緩慢な動作で立ち上がった。

 女子寮に入ると、そこはふわふわと甘い香りが漂う戦争真っ只中だった。魔法でお化粧品やリボンが飛び、「後ろ結んで」「かわいい!」と高い声が響く。
 ナマエはラベンダーとパーバティにとっても可愛いわと言いながら、自分のベッドに腰掛けて準備を始めた。
 未開封のドレスの箱をようやく開けると、淡いラベンダーカラーのドレスが入っている。裾には金の刺繍が入っており、オフショルダーになった袖はオーガンジーになっていて肌が透けるようになっているようだった。ウエストがきゅっと細く、折り重なったオーガンジーのスカート部分がほどよくふんわりしていてメリハリがあった。

「ナマエのドレス、とっても綺麗ね。瞳の色とぴったり。」

 開封しているところを後ろから見ていたハーマイオニーがドレスを撫でた。
 ハーマイオニーの言う通りとても綺麗で、容赦なくスリザリンカラーかダームストラングカラーを送りつけられると思ったので拍子抜けした。
 追加で送られてきた箱を開けると、プラチナの華奢なイヤリングと髪飾り、雑誌で見たことのある高級なメイク用品一式が入っていた。

「ハーマイオニー、ドレスを着たら髪をやってあげる。わたしすっごく得意なの。」

 ナマエは鏡の前に手持ちの化粧品と送られてきた化粧品をずらっと並べて丁寧にスキンケアを始めると、同室の女の子たちがナマエの鏡を覗き込んだ。

「ナマエ、すっごく手慣れてない?」

「しかも素敵なお化粧品……!ラメがとってもきれい!」

「あなたって本当に器用よね。」

 パーバティ、ラベンダー、ハーマイオニーが口々に言うので、ドレッサーに座る母の後ろ姿を眺めるのが好きだった幼少期を思い出した。美しく身なりを整える楽しさは母から教わったのだ。

「良かったらみんなのヘアメイクもしましょうか?」

「えっ!いいの?」

「やってほしいわ!」

「わたしも!」

「もちろん。少し待ってて。準備するわ。」





 準備を終えた4人は、それぞれパートナーとの待ち合わせのために玄関ホールへ向かった。

「ナマエの直毛クリームすごいわ……。髪がツヤツヤで真っ直ぐになってる。」

 ピンク色の花びらが折り重なったようなドレスをまとったハーマイオニーは感激しながらシニヨンにまとめ上げられた髪を撫でた。仕上げに髪にラメを散りばめたので、動くたびに華やかにキラキラと輝いた。

「それにお化粧もすっごく上手だわ。」

「ほんと!わたしじゃないみたい。」

 ショッキングピンクのエキゾチックなドレスを身にまとったパーバティも、レモンイエローのフリルをふんだんにあしらったドレスを身にまとったラベンダーもナマエがヘアメイクを施していつもの何倍も可愛らしかった。

「みんなとっても綺麗だわ。」

 3人より少し前を歩いていたナマエがゆっくりと振り返って微笑んだ。
 淡いラベンダーカラーのAラインのドレスはナマエのウエストの細さを際立たせており、ふわふわに巻かれた髪には蔦と花の髪飾りが髪に絡むように彩られていて女神のようだった。目元も口元もピンク色が乗って艶がある。

「ナマエのパートナーは失神するんじゃない?」

「まぶしくて目が開けてられないわ。」

 ラベンダーとパーバティが大真面目な顔で言うが、ナマエは冗談だと受け取って笑った。

 ハーマイオニーがある1点を見つめてきゅっと口元を結んで緊張した面持ちになった。ハーマイオニーに釣られて視線を向けると、そこにはダームストラングの真紅のローブを着用していてもがっしりとした身体つきであるというのがわかるクラムが、堂々と立っていた。
 パーバティとラベンダーが「まさか」と目を合わせた。

「じゃあ……行くわ。」
 
 ハーマイオニーが小さく3人に手を振ると、クラムのもとへゆっくり歩いて行った。
 声は聞こえなかったが、クラムがハーマイオニーに何か耳打ちして手の甲にキスした。ナマエは画になる2人を見ながら、クラムが図書室に足繁く通っていたのはハーマイオニー目当てだったのかと合点がいった。

 パーバティ、ラベンダーと別れると、ナマエは混雑を避けながらドラコを探した。しかし、なかなかドラコは見つからず、最中にトンと背中で誰かとぶつかってしまった。

「あっごめんなさい……、」

「いや、僕こそ……。」

 ナマエとぶつかったのはセドリックだった。背の高いセドリックを見上げてから、髪のラメがついてしまわなかったか真っ黒のスーツのようなローブに視線を落として確かめた。

「髪は崩れてない?ごめん、パートナーを探していて。」

「ええ。大丈夫よ。わたしもよそ見してたから……。」

 セドリックがじっとナマエを見下ろすので、なんだろうと見つめ返す。

「今日の君は特別に綺麗だ。」

「……、ありがとう。」

 ハンサムなセドリックからのストレートな誉め言葉に、ナマエは少し頬が赤くなった。

「あと、額もきれいに治って良かった。」

「ふふ。2、3日たんこぶができていたけどね。……あなたもとっても素敵。代表選手のダンス頑張ってね。」

「ありがとう。」

 ナマエはセドリックと別れると、改めてドラコを探すために人混みを歩いた。すると、むき出しの二の腕あたりを掴まれて驚いて振り返った。

「フラフラするな!こういうのは男が女性を探すものだ。」

 探していたドラコだった。一目見ただけで上質だとわかる黒の詰襟のドレスローブを身にまとったドラコは、持ち前のプラチナブロンドが良く映えていてかっこよかった。フラフラとドラコを探して歩き回るナマエをかなり探したようで疲れて見えた。

「ごめんなさい。素敵なドレスローブね、とても似合ってるわ。」

 ナマエが微笑むと、真っ白なドラコの顔に赤みが差した。

「ミョウジ、君も……、」

 ドラコがナマエを褒めようとした時、遮るように「ドラコ!」と甲高い声がした。

「まさか……ドラコのパートナーはミョウジなの……!?」

 ピンク色のフリフリドレスを身にまとったパンジーがドラコに飛びついた。ドラコはぎょっとして、掴んだままだったナマエの腕を離して、その手でパンジーの絡みつく腕をやんわり外そうとした。ドラコは父親の騎士道精神のもと、女性を強く突飛ばしたりはできない。

「そうだ、だからパートナーは断っただろ。」

「なんでグリフィンドールの女なのよ!しかもミョウジなんて……!」

 修羅場となりつつあるドラコとパンジーをどうすることもできずただ事の成り行きを見守ることしかできない。
 パンジーの熱量に、ドラコのパートナーを代わってやりたい気持ちになったが、ナマエにも事情があるのでそういうわけにはいかなかった。

「驚いたぜ。マルフォイのパートナーは誰かスリザリン女子たちが騒いでたが、まさかグリフィンドールでミョウジとはな。」

 パンジーに引き続き、ザビニがやってきた。いつもの友人ではなく、ノット、クラッブ、ゴイルも一緒にいたので、ナマエはスリザリンの名家の御子息御令嬢に囲まれていた。

「言いふらすことでもないだろう。」

「俺だったら言いふらしたくなるけどな。グリフィンドールだが……ナマエ、今日君がダントツで可愛いぞ。」

 馴れ馴れしくファーストネーム呼びをしてくるザビニに、ナマエは少し引き気味で曖昧に笑い返した。パートナーに誘われた際に初めて喋ったが、ナマエはザビニの軽薄そうなところが少し苦手だった。

「お前たちもさっさとパートナーを探しに行け。」

 ドラコがやや強引にパンジーの腕から自身の腕を引き抜くと、ナマエの腰に手を添えた。あまりにも自然な動作に、庶民育ちであるナマエは少しドキドキした。
 去り際にキッとパンジーに睨みつけられたが、ナマエは黙ってドラコの横でスリザリン御一行を見送った。

「……行くぞ。」

 騒がしい面々が去って行くと、ドラコは腰に添えた手を離して、小さく肘をナマエの方へ突き出した。

「……?」

 ナマエが行く手を阻むその肘を避けるようにワンステップ踏むと、ドラコはナマエの顔を変な顔で見た。

「お前何も知らないのか。」

「え?」

 ドラコに腕を取られて弱い力で引っ張られた。そのままドラコの腕に絡むように固定され、ナマエはやっとそういうものなのかと無知な自分を恥じた。

「ごめんなさい……何も知らなくて。全部教えてくれると助かるわ。」

「世話が焼ける。」

 ドラコは迷惑そうな顔を作ったが、口角が緩んでいた。ナマエはそれにまったく気づかず、距離の近付いたドラコの胸元に一瞬顔を寄せた。

「香りはいつもと同じね。さわやかな……甘い匂い。」

 ナマエはこの香りが好きだった。銘柄を教えてもらって調合できないかと魔法薬研究者を志す者として心に火が点く。

「……っ嗅ぐな!」

 ドラコは顔を赤くして怒っていたが、ナマエは何も気にしていなかった。

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