クリスマス休暇が始まった。
ハリーとナマエは毎年クリスマス休暇も帰省せずにホグワーツへ残っているので、一味違う今年の休暇に驚いた。
クリスマス休暇にホグワーツへ残る希望者のリストは、2人が今まで見たことないほどに名前が書き連ねられていた。今まではせいぜいゆっくり勉強したい上級生や、ハリーやナマエのような帰る気にならない家庭事情がある人だけだった。
クリスマス休暇をゆっくり楽しむために、毎年ハリーとナマエは休暇の前半のほとんどの時間を課題をやっつけることに割いていた。今年は浮かれた同級生や上級生たちがたくさんいるので、ハリーは課題を後回しにすることに決めたようだった。
ナマエはそんなハリーに「課題やらないの?」という野暮なことを聞くことはなく、黙って談話室を出た。双子が開発した「カナリアクリーム」のおかげで、ここ最近は騒がしくて本を読むことさえできないのだ。
「ハーマイオニー!ナマエ!どこへ行くの?」
ハリーとロンが大騒ぎの輪の中から抜け出してきたので、2人はくるりと振り返った。
「わたしは図書室。ナマエは――」
「わたしは……少しお散歩に。」
本当はやりたい実験があるので厨房の倉庫に行くつもりだったが、もちろんそれは言えないので誤魔化した。
「本当か?ナマエ、パートナーのところへ行くんじゃないの?君最近付き合い悪いよ。フレッドとジョージも言ってた。」
ロンが訝しげに見るので、ナマエは微笑んで首を横に振った。ロンはその返答を受けてもあまり信じていないようだった。
「いい加減誰なのか教えてくれてもいいじゃないか。……ハーマイオニーも。」
「言わないわ。あなた絶対からかうもの!」
「じゃあわたしも内緒。」
ロンは執拗にハーマイオニーとナマエのパートナーを知りたがった。ハーマイオニーは絶対に教える気がなさそうなので、どちらでもいいと思っていたナマエもそれに倣った。
ハリーとしつこいロンを振り切ると、2人は談話室を出た。
「ところでナマエ。わたしにも内緒なの?」
ハーマイオニーに聞かれると思わず、ナマエは驚いた。うーんと少し考えて、ナマエはふふっと笑った。
「ハーマイオニーが先に教えてくれたらいいわよ。」
「ナマエには教えてもいいけど……じゃあお互い当日のお楽しみにしておきましょ。」
いたずらっぽく笑うハーマイオニーにナマエもコクリと頷いた。ハーマイオニーのパートナーは見当もついていなかったが、きっとハーマイオニーの優しいところを知っている素敵な人なのだろうと思った。
――ハーマイオニーはわたしがマルフォイと行くって言ったらどう思うのかしら。
つい先日もドラコはハーマイオニーに「パートナーがいるわけない」とか「マグル生まれ」とか「出っ歯」だとか言って喧嘩をしていた。
ナマエが何も言わずに見てると少しバツが悪そうにしているように見えなくもないが、実際のところナマエにはドラコが何を考えているかはよくわかっていない。
ドラコからパートナーになればいいと「提案」されてから、すぐにノアを探しに行った。
ノアはダームストラングの同級生をナマエのパートナーに選んでいたようだが、「マルフォイと行きたい」と言ったらOKをもらえた。それどころか、アクセサリーや高級そうな化粧品を追加で送ってきたのでノアや父親的にマルフォイ家の人間をパートナーにしたことは上々だと判断したようだった。
ナマエがひとり、倉庫で鍋をぐつぐつさせていると、扉の開く気配がした。ドラコが来るのではないかというなんとなくの予想がついていたので、ナマエは鍋底からしっかりかき混ぜながら振り返らずに「こんにちは」と言った。
「今度はなんだ?」
ドラコが鍋の中を覗き込んだ。ふわっと香るのは、やはりいつものさわやかな甘いコロン。ドラコは質の良さそうなハイネックの黒いセーターを着ていて、制服じゃないから香りがいつもよりするのかと心の中で納得した。
「これは物質をまっすぐのばす薬の応用品よ。」
机の上には魔法薬学の本の他にマグルの美容雑誌や、美容液のサンプルなどが置いてあった。
ナマエはハーマイオニーやくせ毛で悩む同級生のために直毛クリームのようなものを作っていた。女の子たちに喜んでほしいのもあるし、勉強と研究の一環でもあった。
「フーン……。」
ドラコは聞いておいて興味がなさそうに鍋から離れたところで立っていた。鍋のそばは煙と不思議な匂いに包まれていたからだ。
「最近、人狼薬は作っていないな。」
「……そうね。」
ナマエの顔は煙で隠れていたが、声のトーンは少し落ちていた。
リーマスに時々手紙は書いていたが、どうやらノアの言っていたことは本当だったようで、ナマエはリーマスへの愛情表現を遠慮していた。詳しくは教えてもらえないが、ダンブルドアが率いる闇祓いのような集団に身を置いているらしい。ホグワーツ時代より大変そうではあるがよっぽど充実していそうで、ナマエはほんのりチョコレートの味がする人狼薬を贈るのをやめていた。
「とうとう愛想つかしたか。」
リーマスのことを考えるのは辛いので、最近は考えないようにしていた。しかし嫌でもドラコは度々思い出させてくる。ドラコからすれば、ナマエがさっさとリーマスを好きじゃなくなればいいと思っていた。
「わたしと恋の話でもしたいの?」
「そういうわけじゃない!」
心を隠してドラコに笑うと、慌てたように否定した。これでリーマスの話は終わりとなった。ナマエからすれば、ドラコの気をそらして躱すことなどお手の物だった。
「コホン……あーいや、えっと、連絡とか……取ってるのかと思って。」
――また話を戻された……。
茶化して終わらせたと思ったナマエの話は、またあっさりと元の温度に戻されてしまう。行き着く先は自分の失恋話なのに、なぜドラコが聞きたがるのか、甚だ疑問だった。
「あまり取ってないわ。忙しそうだもの。」
鍋から煙は消え、白くツヤツヤした液体が完成した。火を止めると、持ってきたいつもより可愛らしい瓶に移す。完成品をランタンにかざして眺めると心が踊った。
ナマエがキラキラした瞳で瓶を眺めていると、ドラコはフンと鼻で笑った。
「人狼教師よりよっぽど魔法薬が好きらしい。」
「そうね。魔法薬学はわたし以外の誰かと恋仲になったりしないし。」
魔法薬学と結婚しようかしらとナマエは笑うと、杖を取り出して瓶の蓋に焼印を彫った。普段はしないが、初めて商売になりそうな薬を開発した記念にラベルまで凝りたくなったのだ。
瓶の蓋に「hair……」とつぶやきながら彫り、魔法薬学以上に夢中になれるものなどないだろうと考えた。恋い慕うリーマスでさえ、魔法薬が完成した高揚感には敵わない。
魔法薬学はリーマスと違って誰かと恋仲にはならない。リーマスは由緒正しい血筋の女性と恋仲になっている。
「変なやつだな。」
ナマエの横顔を見ながらドラコはポツリとつぶやいた。
「そう?」
ふっと意味もなく焼印に息を吹きかけた。言葉にはしないが、ドラコの想像より遥かにナマエは心の中で多弁だった。
prev next