年齢線の引かれた炎のゴブレットが設置された24時間後、ハロウィン晩餐会で代表選手が発表された。
ダームストラングはクラム、ボーバトンはフラー、ホグワーツはセドリックが選ばれた。
しかし、ゴブレットはもう1人――ハリーも選手として選出し異例の4人の代表選手が誕生した。
代表選手4人が校長に呼び出され大広間を後にすると、残された生徒たちは一気にざわめいた。ハッフルパフ生はセドリックが選ばれたことへの歓喜、他校生はなぜホグワーツから2人も?という戸惑い、またもやハリーポッターかという侮蔑の声はひときわ大きかった。
「ナマエ、」
混乱の中でも、その声はナマエの耳に溶けるように入ってきた。隣のレイブンクローの席に座るノアが目でこちらへ来るようにと合図する。ナマエはそれに黙って従った。
「ナマエ、父上からの伝言だよ。「名前に恥じぬ振る舞いをするように」。」
レイブンクローの一番後ろの席で、ノアはナマエに大真面目な顔で伝えた。
「父上はナマエのことを気にかけている。僕もそれを任された。」
「……。」
「英雄ハリーポッターと仲が良いみたいだけど、彼は異例の4人目の代表選手だ。……彼の近くにいるのは危険だと思う。」
「危険、ね……。」
身を案じたふりをして、言外に悪目立ちするなという意味だということをナマエはわかっていた。
「パートナーやドレスも僕に任されてる。妹の大事な社交界デビューだからね。」
「……何の話をしてるの?」
「クリスマスにはダンスパーティーがある。僕や君の動向はいろんな家の次期当主が見ていると言ってもいい。……言ってる意味はわかるね?」
3大魔法学校の選りすぐりの生徒が集まるということは、聖28一族の御子息御令嬢が集まるということだ。ナマエは純血ではない上に母親に引き取られたため関係ないと思っていたが、どうやら社交界で「使える」と判断されたようだ。ナマエの感情がすっと冷めた。
「わかるわ。」
意味はわかる。ただし心は伴わない。
「父上はナマエが人狼に夢中だと言っていたよ。本当なのか?」
ノアはまさかねという態度だった。ナマエはハッとした。まさかそこまで調べられているとは思わなかったからだ。
「ナマエは純粋だから心配だよ。」
――わたしとリーマスの何を知っている?
ナマエは頭に血が昇って叫びそうになるのをローブの中で拳を強く握ってどうにか耐えた。
「あの人狼はこの学校を去った後、ブラック家の血を引く女性と結ばれたよ。一応伝えておくから。」
ナマエは動揺して感情が表へ出そうになったが、なんとか声を振り絞って「そう」とだけ言った。
その時、ちょうどナマエの友人であるパーバティの双子の妹、パドマがナマエに気付き「あらナマエ、」と声をかけた。
「どうしてレイブンクローの席に……ていうかこのイケメン誰?」
後半はコソコソ小さな声で言ってきたので、ナマエはもう戻るわと言ってグリフィンドールの席へ静かに戻った。
ドラコに呼び出されたのはその後すぐだった。
最近は図書室が多かったが、今日呼び出されたのは厨房の倉庫の方だった。
ドラコが着くとすでにナマエはいて、小さな机で魔法薬を煎じていた。ナマエはリーマスが去ってからというもの、ここでの実験はあまり行っていなかったのでドラコはおやと思った。
「それは……人狼薬ではなさそうだな。」
「フェリックスフェリシスよ。」
「フェリックスフェリシス……?なんだそれ。」
「幸運の液体。」
ナマエはいつも以上に言葉が少なかった。ドラコはここ最近ナマエの元気がないことはわかっていたので、ふーんと鍋を覗き込んだ。
「人狼薬の専門家なのかと思っていたが。」
「……本来の目的を見失っていたのよ。去年のわたしはちょっとクレイジーだったわ。」
ナマエは鍋の中でグツグツと音を立てる透明な液体を見下ろしながら自嘲気味に笑った。
「あなたにここを見つけられてしまうし、そもそも盗みなんて……やるべきじゃなかったわ。小心者なのに。」
盗みをやるべきでなかったのは、小心者だからではなく倫理的な問題だろうと思ったが、ドラコは口に出さなかった。ナマエは目的のためなら手段を選ばないスリザリン気質だと思った。
急にいつも以上に饒舌になるナマエの横顔を盗み見る。これなら聞きたいことを聞き出せるかもしれないと、用意してきた言葉を脳内でなぞった。
「たまたま見かけたが、あのダームストラングの優男は何者だ?」
ドラコは内心、シミュレーション通りに言えたと嬉しく思いながらナマエの返答を待った。
「んー……一応お兄様よ。母は違うけどね。わたしと同級生なの。」
ドラコは納得とともに心が晴れるのがわかった。レイブンクローの席で身を寄せて話す2人は他を寄せ付けぬ雰囲気の美男美女で、正直似合いのカップルに見えた。
「なるほどな!ミョウジの家の次期当主か!」
ドラコは謎の男の正体がわかり声がはずんだ。
「ノアはお父様に従順だから、わたしに忠告をしに来たの。」
あ、失敗したとナマエがつぶやいて、鍋の火を魔法で消した。透明になるはずのフェリックスフェリックスは、白濁色になってしまった。
「あなたと同じ。両親からめいっぱい愛情を注いでもらって育てられたから純粋で……心根は優しい人なの。」
ナマエは失敗した薬を瓶に詰めると、魔法で鍋をキレイにした。ドラコを見て悲しそうに微笑む。
「あなたは優しいままでいてね。」
ナマエはしゃべりすぎたわと言うと、それ以降黙って鍋や瓶を片付けた。
ドラコは固まっていた。ナマエを脅して奇妙な関係を続けているのに、ナマエは自分を優しいと言う。これは馬鹿にされているのではないと、ナマエとは短い付き合いだがわかった。
「それで、今日は何かご命令でも?」
ナマエはすっかり机の上を片付けてから、ドラコに聞いた。
「いや……、今日はいい。」
ナマエはドラコがそう言うのをまるでわかっていたかのようにカバンを持つと、にっこり笑った。
「やっぱりわたしのご主人様はとっても甘いわ。話を聞いてくれてありがとう。」
ナマエはいたずらっぽく笑うと、ドラコの真横を通り過ぎて部屋を出ていった。ドラコの前では口が滑りやすいなと思った。
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