10月。

 いつも以上に生徒でごった返しの玄関ホール。ある一点に生徒が集中しており、そのせいで通れなくなった生徒が右往左往し、ますます混乱が起きていた。

「なんでこんなに人が多いの?」

「僕見てくるよ!」

 ハリー、ロン、ハーマイオニー、ナマエの4人の中で一番背の高いロンが、人混みの中心へと身体を滑りこませ、ぐんと背伸びをした。

「『トライウィザードトーナメント。ボーバトンとダームストラングの代表団が、10月30日金曜日午後6時に到着する。授業は30分早く終了し』……、」

 ロンが読み上げると、ハリーもハーマイオニーもわっと喜んだ。

「やった!金曜の最後の授業は魔法薬学だ。」

 ハリーは魔法薬学の授業短縮がよっぽど嬉しいらしく、大喜びしている。
 
 掲示板を見た生徒たちは皆一様に浮かれていた。掲示されてから当日まで、もっぱらトライウィザードトーナメントの話で持ちきりだった。フィルチや先生方でさえ、来たる両校の生徒を万全の姿勢で迎えるべくそわそわと浮足立っている。

 そんな中で、ただ1人浮かない顔をしている生徒がいることは誰も気付いていなかった。





「なんか……お前変じゃないか?」

 ドラコ以外は。

 図書室で向かいに座るナマエへちらっと視線を向けて、なんてことないように聞いた。決してナマエのことを常日頃から観察しているわけじゃないと心の中で言い訳をしながら。

 スリザリン生もトライウィザードトーナメントについては浮かれていたが、名家同士はコミュニケーションを取っているためダームストラングの知り合いは多かったし、ドラコは比較的このお祭り騒ぎを達観して見ていた。それに、ドラコは年齢制限で選手選抜に入れないことも父親から教えられていた。

「変なんて失礼しちゃうわ。」

 ドラコの言う「変」とは「元気がない」という意味だとはわかったが、ナマエははぐらかした。ドラコに一瞥もくれず、羊皮紙と教科書に目を落としている。

 ドラコはそっちがその気ならとフンと嫌味っぽく笑った。

「変なのはいつもだが、ヘラヘラした顔が引きつってるぞ。それで誤魔化せているつもりか?」

 ナマエははっとして顔を上げた。手のひらを頬に当て、自分の顔が今どうなっているのか確かめるようにぺたぺたと手を頬に滑らせた。ドラコはその様子を見てくくっと笑った。

「よく見ているのね。ハーマイオニーでも気が付かなかったのに。」

「……よくは見てない。わからない方がトロールだ。」

 ドラコは少し頬を赤くしてコホンと咳払いをした。

「大したことじゃないわ。気にしないで。」

「気になる。」

「本当に大したことじゃないの。」

「言えって。」

 ドラコに命令口調で言われるとナマエに拒否権はなかった。ふうと息を吐いて口を開いた。

「……ダームストラングに知り合いがいるの。会いたくないけど、たぶん来るからそれが憂鬱。」

「知り合い?」

「そうよ、それだけ。トライウィザードトーナメントは楽しみよ。」

 ドラコはあまり納得がいっていない顔でナマエを見た。ナマエはそんな様子のドラコに気付き、ドラコが口を開く前ににっこり笑った。

「クィディッチの試合が中止なのは残念だけどね。マルフォイの雄姿、すっごく楽しみにしてたのよ。」

「!」

「じゃあわたしは次の授業があるから行くわ。」

 ナマエは机に広がっていた教材を魔法でカバンにしまうと、さっと席を立った。ドラコが呆けている間にナマエはさっさと図書室から姿を消していた。

「……クソ、」

 ナマエにまんまとはぐらかされたと気付いたが、後の祭りであった。





 10月30日。

 夕方になるとホグワーツの生徒は皆城の外に集合させられ、ボーバトンとダームストラングの代表団を待った。

 しばらくすると、巨大なパステルブルーの馬車が上空から、黒く恐ろしい雰囲気の巨大な船が湖の下から現れた。
 校長同士が挨拶をし、大広間へ全員で移動すると、ホグワーツ生は自寮の席に、ボーバトンとダームストラング生は主にレイブンクローとスリザリンの席に座った。

 初めて相まみえる他校生――特にクラムに浮足立つ生徒たちを静かにさせると、ダンブルドアの挨拶を皮切りに歓迎会が始まった。

「あのでーすね、ブイヤベース食べないのでーすか?」

 ロンがなんだコレと言って口をつけなかった料理を指して、ボーバトンの生徒が声を掛けてきた。長いシルバーブロンドの髪はさらりと腰まで流れ、ぱっちりとした深いブルーの瞳に、真っ白でキレイな歯並びの女性は、どこからどう見えも欠点のつけどころのない美女だった。

 ロンが口をパクパクするだけで何も答えない間に、ハリーがどうぞと皿を押しやった。
 美女がレイブンクローの席に戻るのを見届けてから、ロンが「ヴィーラだ!」と興奮気味に叫んだ。

「違うわ!間抜け顔でぽかんと見惚れてたのはあなただけよ。」

 ハーマイオニーが不機嫌にロンを咎めた。ナマエはなぜハーマイオニーがそこまで怒るのかわからず、クスクスと笑った。
 
「でもとってもきれいな人だったわ。あんなキレイな人初めて見た。」

「間違いないよ!あれは普通の女の子じゃない!ホグワーツじゃああいう女の子は作れないさ!」

「ホグワーツだって、女の子はちゃんと作れるよ。」

 ハリーがレイブンクローの席をぽーっと眺めながら言うので、ナマエは誰のことを言っているんだろう?と少し首を傾けてハリーの視線を辿った。

 その時、レイブンクローの席を眺めるナマエの視界を真紅のローブが遮った。
 ナマエがゆっくりと顔を上げると、案の定会いたくないと思っていた人物がにこやかに立っている。

「ナマエ、久しぶり。」

 ダームストラングは筋肉隆々とした強そうな生徒が多いが、目の前の青年は線が細くスラッと背が高かった。しかし、ロンのようにのっぽな印象はなく、バランスの取れた身体付きにふにゃりと柔らかい笑顔の甘いマスクだ。濃いグレーの髪と薄い紫色の瞳を持つその青年が微笑むと、近くにいたグリフィンドールとハッフルパフの女子生徒がキャアと声を上げた。

「ノア、やっぱり代表団なのね。」

 ナマエがいつもの微笑みで返した。

「ナマエが元気そうで安心したよ。後で話せる?」

「ええもちろん。」

 ナマエが微笑んで小さく手を振ると、ノアと呼ばれた青年はまたふにゃりと笑ってスリザリンの席へ帰っていった。

「ホグワーツじゃ、あんな男の子作れないわね。」

 ハーマイオニーがロンを睨みつけながら言うと、ロンは睨み返してからナマエに詰め寄った。

「ナマエ、君、……えーと、今の誰!?」

「とっってもかっこよかったわ……。ナマエの彼氏?」

「やだ、お似合い!」

 近くの席でノアをぽーっと見ていたパーバディとラベンダーも詰め寄った。

「彼氏じゃないわ。」

 ナマエはいつものように微笑むと、いつもより異国情緒漂う料理に口をつけた。皆はノアについて聞きたがったが、ナマエは微笑むだけで答えることはなかった。

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