新学期が始まり、久しぶりの授業に皆疲れた顔で夕飯へ向かう時間帯。玄関ホールは生徒たちでごった返していた。
「ジニー、新しい闇の魔術に対する防衛術の先生はどうだった?」
「んー……そうね、」
ナマエとジニーはたまたま授業後に合流し、一緒に大広間へ向かっていた。
ただでさえ混雑しているのに、何やら不自然に人だかりができている。ジニーがその人だかりに首を突っ込んだので、仕方なくナマエもついていった。
「ロンとハリーだわ!」
ジニーが人だかりの中心に自分の兄たちを見つけてナマエへ叫んだ。ナマエはまたそのふたりなの、と呆れながらひょこっと顔を出した。
「ひゃあ!」
ナマエの目の前を白い何かが飛んだ。まわりの群衆はそれをさっと避けたが、ナマエにはふわふわした生き物に見えて思わずその飛んでいるものを抱き留めた。
「……イタチ?」
ナマエがその白くてきれいなイタチをじっと見つめる。どこから飛んできたかもわからないが、おそらく誰かの使い魔だろうと思った。
人だかりの中心にはクラッブやゴイル、さらにはムーディーやマクゴナガルまで集まってきていた。
「……ムーディー、それは生徒なのですか?」
マクゴナガルの手から、持っていた本が落ちて床にバサバサと音を立てて落ちた。
「さよう!」
「そんな!」
マクゴナガルがさっと青ざめてナマエの方を見た。ナマエは何の話かわからず、なぜこちらが注目されているかもわからなかった。
バチッと大きな音がしたとともに、ナマエの視界が真っ暗になって重みに耐えきれなくなった。杖に手を伸ばす間もなく後ろに倒れてしまう。
「ナマエ!」
ジニーの悲痛な叫び声が聞こえた気がした。スローモーションで景色が変わっていくのに、目の前で何が起きているのかは近すぎてわからなかった。
幸いにも後ろ手をついたおかげで床に頭を打ち付けることはなかった。それでも床に尻がついた瞬間、額に衝撃が走った。ゴチッと音がして、ナマエは自分の周りをピクシーが飛び回る幻覚が見えた気がした。
「いっ、たぁ……、」
ナマエが顔を上げると、さらっとした髪がかかる。反射的に退けようと払ったら自分の髪ではなく透き通ったプラチナブロンドだった。
「……。」
「……。」
至近距離でナマエとドラコは目が合った。ドラコがナマエを押し倒しているような体勢で、ピタリとふたりが固まる。
「ムーディー!突然変身を解いたらこうなることはわかるでしょう!それにホグワーツでは懲罰に変身術を使うことは絶対ありません!」
マクゴナガルがムーディーに対して注意する声が遠く聞こえた。目が合ったのは一瞬だったが、ふたりは長い時に感じた。
ドラコがはっとして慌てて立ち上がった。ケナガイタチにされて跳ねさせられた屈辱と、ナマエを下敷きにした体勢を思い出して顔が真っ赤になる。ナマエは呆然として座り込んだままだった。
「アイツ、ナマエに抱きついて顔真っ赤にしてるぜ。」
「だっ、そこにいたミョウジが悪い!」
ロンがクスリと笑うと、ドラコは顔を真っ赤にしたまま反論した。少し崩れたオールバックの額にはたんこぶができている。
「大丈夫?」
ナマエに手を差し伸べたのは、ナマエにとって面識のない年上のハッフルパフの男子生徒だった。
「ありがとう……。」
ナマエはその手を取った。立ち上がってから額に手を当てるとドラコと同じところにたんこぶができているのが感触でわかった。
ドラコは突然現れたハッフルパフ生に、フンと鼻を鳴らしてその場から去っていった。
「医務室に行ったほうがいいかもね。」
「このくらい大丈夫よ、ありがとう。」
ナマエは額に手を添えながら笑顔を作った。痛かったが医務室に行くほどではないと思った。
「ナマエ!大丈夫?まぁ!ナマエの顔にたんこぶを作るなんて!」
ハリーの隣にいたハーマイオニーが駆け寄ってきた。ジニーもいる。ナマエは前髪をかき上げてふたりに「そんなにひどい?」と聞いていると、助けてくれた男子生徒は大広間へ去っていった。
「王子様みたいね!」
いつの間にかハーマイオニー、ジニー、ナマエの輪に入っていたラベンダーがうっとりとその背中を見つめた。
「今の人、なんていう人?」
「ナマエ知らないの?セドリック・ディグリーよ!ハッフルパフのシーカーじゃない。」
ジニーはナマエがセドリックを知らないことに驚愕していた。ナマエはつい最近クィディッチにハマったばかりなので、他寮の代表選手まで知らなかった。
「あー聞いたことあるわ。ハッフルパフの後輩が夢中になっていたっけ。」
額を抑え続けながらも、頬が赤くなるどころか何事もなかったように話すナマエに、ハーマイオニーは先ほど顔を真っ赤にして去ったドラコとを対比した。
「マルフォイってあなたに気があるんじゃない?」
ハーマイオニーが言うと、ラベンダーとその隣のパーバティがきゃっと声を上げた。ふたりは色恋の話が好きだ。
ナマエはハーマイオニーに言われたことに目を丸くしてすぐいつもの微笑みに戻った。
「公衆の面前でイタチにされた上に同級生を転ばせたらわたしでも顔が真っ赤になるわ。」
「ナマエが顔を赤くするところは想像できないけど……。」
ハーマイオニーは釈然としていないようだが、ナマエの主張にはある程度納得したようだった。
「ご飯に行きましょう、ナマエはその後医務室ね。」
「……わかったわ。」
ナマエはジニーに引っ張られながら大広間へ足を踏み入れた。
――マルフォイってすっごくいい匂いがするのね。
ナマエは先ほどの一件を振り返りそんなことを考えていた。
「マルフォイ、ミョウジを押し倒してたの見たぜ。」
ドラコがクラッブとゴイルの間で、額のたんこぶに手をやりながら食事をとっていると、ザビニがニヤニヤしながら前の席に座った。ドラコは熱の引いた頬がまた熱くなる感覚がした。
感情のまま言葉が飛び出しそうになるのを抑えて、ザビニを睨みつけた。
「押し倒してない。あいつが勝手に倒れただけだ。」
「役得だろ。」
なぁ?と隣に座った友人たちに言いながら、皆ニヤニヤとしていた。ドラコは恥ずかしさより嫌悪感が勝った。
「品のないことを言うな。」
「ミョウジでラッキーだったな。穢れた血のグレンジャーだったらゲーだぜ。」
ザビニはべっと舌を出した。ドラコはそれを白けた目で見つめて、とっとと食事を終わらせようとスープを口に運んだ。そこからザビニたちは別の話題に移ったので、ドラコは黙って食事をしながら先ほどのことを考えた。
ナマエとは以前にも階段でぶつかったことがあった。ナマエの注意力が足りないのではと少々ズレた方向に腹が立ち始めた。
――おまけに劣等生のハッフルパフがナマエを助け起こした……。
ドラコはむしゃくしゃしながらかぼちゃジュースを煽った。「いつまで食べてるんだ」と両脇のふたりに八つ当たりをして、食事の席を後にする。
ずんずん歩いていると、ふと視界にナマエが入った。ドラコはの目は相変わらずナマエを無意識で探してしまう。
ドラコと同じ場所を押さえながら微笑むナマエを見て、ぐっと胸が締め付けられた。自分の下敷きになったナマエは、コロンなのかシャンプーなのかいい香りがしたのを思い出す。
ふいとナマエから視線を外して前を向いて歩いた。助け起こしてナマエにありがとうと微笑まれるのはなぜいつも自分ではないのだと、ナマエがセドリックへ向けた笑みを思い出して無性に腹が立った。
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