1月。

 クリスマス休暇が終わり、ホグワーツに活気が戻った。本日は休み明け最初の魔法薬学の授業である。犬猿の仲であるグリフィンドールとスリザリンの合同な上、スリザリン贔屓のスネイプの授業は、グリフィンドール生の足取りを重くした。
 魔法薬学の教室へと続く廊下には、これから授業を受けるグリフィンドールとスリザリンの3年生でごった返していた。クリスマス休暇中の課題であった「混乱薬の作製方法とその効能、処方量と持続性について」のレポートをどの程度のクオリティまで仕上げたか互いに確認し合っていた。中には難しすぎた、半巻分足りなかったかもしれないと嘆く声もある。だいたいがグリフィンドール生だ。
 
 寮監のスネイプに気に入られており、かつ得意科目でもある魔法薬学の授業に向かうドラコは余裕綽々といった表情だった。課題も問題なくいい評価をもらえるであろう仕上がりだったし、グリフィンドール生がいびられる授業の前は最高に愉快な気持ちだった。
 ドラコの前に、くしゃっとした黒髪と目立つ赤毛、さらにたっぷりとした栗色の巻き髪が見えた。もうひとりは隠れて見えないだけだろうと思い、意気揚々と声をかけるためにぐんとその集団を追い越した。

 彼らの前に立つと、貧乏くさい憎たらしい顔ぶれに懐かしささえ覚えた。それだけドラコのクリスマス休暇は充実していた。

「やあウィーズリー、クリスマスは特別豪華なごちそうでも振る舞われたんだろうね?ベイクドビーンズパーティーだったか?」

 後ろからついてきたクラッブとゴイル、さらに横を通り過ぎたスリザリン生がブフーっと笑い出した。

「英雄ポッターも帰る家がなくお留守番か?さぞひもじくて素晴らしいクリスマスだっただろうね。」

 ドラコがニヤニヤしながら言うと、ハリーとハーマイオニーはぐっと嫌な顔をし、ロンは笑われたことで顔を真っ赤にして怒っていた。

「マルフォイ、お前なんて――」

 ロンが真っ赤な顔のまま反論をし始めた頃、ドラコは無意識にこの3人とセットのもうひとりを目線だけで探した。いつも一緒ではないが4人セットが多いはずなのに今日は一緒にいないようだ。
 ドラコは、自分でもなぜかはわからないが、高揚感がすっと冷めたような気になった。ロンの負け犬の遠吠えを嫌味な笑いで一蹴し、魔法薬学の教室へと向かった。

 生徒たちがぞろぞろと席へつき、ある程度が埋まった頃、そのもうひとりであるナマエは軽く息を乱しながらさっそうと現れた。何人かの男子生徒――スリザリン、グリフィンドール問わず――が彼女をチラリと見てなんとなく居住まいを正す。
 ドラコは前方の席のハーマイオニーがナマエに手招きをするのを横目でチラリと見たが、彼女は気付かなかったようでドラコの席の後ろあたりに着席したのを気配で感じた。

「ナマエ、ハーマイオニーが呼んでたみたいだけどいいのか?」

 ナマエはどうやらドラコの2つ後ろの最後尾である場所に着席したようで、隣のシェーマスに声をかけられていた。授業は始まる前だしスネイプが来ていないのにも関わらず、声を潜めてしまうのが魔法薬学の教室だ。

「今から移動しているとスネイプ先生が来てしまいそうだわ。」

 ナマエの囁くような声がかろうじて聞こえてきたのもつかの間、スネイプがバーンと入ってきた。間髪入れずに話し始めたので、そのまま授業が開始となる。始まるなりさっとクリスマス休暇の課題を回収すると、簡単に今日作製する「縮み薬」の効能と作製方法の解説をする。「はじめ」の合図で生徒たちはおのおの必要材料を棚へ調達に散らばった。

 生徒たちは黙々と、ただ怒られることのないよう慎重に丁寧な作業を進めていった。まずは使用する材料を切ったり砕いたりすり潰したり計ったりする者がほとんどである。
 スネイプはゆったりとした足取りで生徒たちの間を歩き、睨めつけるように見回っていた。

 授業も中盤に差し掛かり、今はほとんどの生徒が縮み薬を煮込んでいる。煮込む間に教科書通りかき回したり、仕上げに入れる材料をすり潰す作業に取りかかっている。
 そんな時だった。スネイプがドラコのわきを通過した時、前方からポンッと小さな爆発音と、女子生徒の小さな悲鳴が聞こえた。一斉に生徒とスネイプの視線が音の方へ注がれると、一番前に座っていたスリザリンの女子生徒の鍋からピンク色の煙が出ていた。
 スネイプは進行方向からくるりと翻ると足早に煙のもとへと駆けつけていく。煙は爆発後からさらに勢いを増し、濃く大きなものとなっていった。

 教室はパニックだった。前方の生徒は口を抑え煙を吸わぬよう姿勢を低くしていたし、鍋の持ち主は涙目でなぜこんなことにとどうにかしようと騒いでいる。おせっかいと野次馬根性の強い生徒は、ある程度距離を保ちながらも、ことをより近くで見ようとジリジリ近寄っていった。

 静粛に!――を入れれば煙は収まる、と微かにスネイプの声がするが、騒ぎのほうが大きく誰も聞いちゃいなかった。
 スネイプが煙をそのままに急ぎ足で奥の薬倉庫に去るのを見るに、どうやら吸っても害はなさそうであったし、煙の量は増え続けているが、それほど大きな問題ではなさそうだった。

 失敗をしでかしたのはグリフィンドール生ではなくスリザリン生。からかうことも野次ることも意味のないことだったので、ドラコはすでに興味を失っていた。そして、ふと何気なく――癖になっていたからか――ドラコは自分よりほんの少し後ろにいる彼女を薄煙の中目線で探した。

 彼女はすぐに見つかった。煙の中、慌てたり前方に駆けつけたり遠巻きに見ている者の中で彼女は隠れるように瓶に入った粉を、小瓶に移していた。
 ドラコはおやと思った。こんな時に、彼女は何を。素早く自然な手つきで――まるで煙の騒ぎなどないものとしているように――大きな瓶を薬棚の奥にしまうと、小瓶をローブのポケットにすとんと落とした。彼女の顔は煙ではっきりと見えなかったが涼しげであった。

 ナマエの涼しげな表情とは裏腹に、ドラコは焦っていた。

 ――彼女はいったい今何をしていた!?

 ドラコの心臓がばくばくと音を立てている頃、ようやく煙が薄くなってきていた。いつの間にか煙の発生をとめる何かがスネイプにより投入されたらしい。地下室であり換気のしづらい場所でも、煙の発生が止めばあとはスネイプの杖のひとふりでみるみるうちに煙は消えていった。

 煙騒動の起きたタイミングが良かったというべきか、順調に作製できていた者は煮詰めていた時間だったので、完成品に影響はなかった。一部、もたもたと段取り悪くしていた者のみがかき混ぜるべき時にかき混ぜられなかったため、失敗に終わった。

 発端であるスリザリン生に追い打ちをかけるように、スネイプは、ドクゼリと見た目が似ているシャクを間違えて入れてしまうと爆発を起こしガスを発生させると解説を付け加えた。自身が寮監を務めるスリザリンの生徒だからか厳しい措置はなかったが、あれだけの騒ぎになれば注意をしないわけにもいかなかったので、今後同じことのないようアナウンスした。直接責められたわけではないがその生徒は涙目であった。普段はかなり優秀な成績であったし、大きな失敗をするようなタイプではなかったのだが。

 スネイプは最後に出来上がった縮み薬を提出して帰るようにと一言述べると、ぶすっとした表情で教科書をどんと閉じた。
 わらわらと出来上がった縮み薬――と出来損なった縮み薬――を提出しに生徒が集まると、あっという間に魔法薬学の教室にいる人はまばらで静かになった。特にグリフィンドール生は、まるでこんなところに長居する気はさらさらないとでもいうかのように一目散に去っていった。

 数人残った生徒の中にドラコの姿もあった。いつもそばにいるクラッブとゴイルには先に行かせた。ドラコには確かめたいことがあったからだ。
 ナマエがおそらくくすねたであろうあの白い粉はなんだったのか、確かめてどうするかはさておき気になっていた。薬棚は普段錠つきで閉じられており、それは今日も変わらずそうだった。
 しかし、たいして厳重でもない錠であったので、おそらく「アロホモラ」で開けられるようだった。ただしその棚はかなり大きく立派で目立っており、生徒たちが普段背を向けているとはいえ、開けられても誰にも見られず中のものを盗み出すことは難しいことのように思えた。

 ――ひょっとしてあの騒ぎは彼女の……。

 思考を巡らせながら、ドラコは薬品棚の中をガラス戸越しに覗き込んだ。白っぽい粉の入った瓶はいくつか存在したが、彼女が持っていったのはおそらく「月長石の粉」だろう。
 月長石の粉なんて何に使うんだ……ドラコは考えたがここで結論は出ない。あまりここにとどまっていては減った月長石の粉が自分のせいにされかねないと考え、さっと教科書類を抱えると教室を後にした。その間スネイプはこちらをチラリと見ていた。自分がくすねたわけでもないのに心臓はどきどきと大きくはねていた。
 よりによってスネイプの教室から何か盗むなどという所業を実行に移す大胆不敵な存在がいるとはと考えられない思いだった。スネイプのことは尊敬しているし、特別目をかけられている自覚はあるが、そうは言っても厳格で目ざとい彼を出し抜けるとは到底思えない。

 ドラコの次の授業は魔法史だった。まるでナマエと共犯になったかのようにはねていた心臓は時間が経つにつれ落ち着いたが、頭は月長石の粉のこと、ナマエのことでいっぱいになった。

 ――ミョウジの秘密、ミョウジのことが知りたい。

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