グリフィンドール対スリザリンのクィディッチ戦は、グリフィンドールの勝利で終わった。
グリフィンドールが寮対抗試合の優勝杯を掴むのは、チャーリー・ウィーズリー率いるチーム以来なので数年ぶりだった。優勝が決まった瞬間観客席は大爆発を起こしたような歓声に包まれたし、その興奮はなかなか冷めやらなかった。
ナマエはハリーやロンには内緒にしているが、あまりクィディッチには興味がなかった。しかし、そのナマエでさえ少し胸が熱くなった。友人のハリーが優勝の立役者であったことが大きいだろう。ハリーがスニッチを手にしてくるくると箒で旋回している姿を見た時は、さすがに感極まった。
「ハリー!」
ナマエが観客席の最前列からハリーに手を振ると、ハリーも気付いたようで嬉しそうにニコっと笑ってスニッチを掲げた。ちなみに、最前列にいる理由はハーマイオニーとロンがナマエの席まで取っていてくれたからだ。
賞賛の拍手を送っていると、ハリーの後ろでスーっと地上に降りていくドラコの姿が目に入った。ドラコは悔しそうに下を向いている。
ナマエは今までスポーツの勝敗で一喜一憂する同級生たちの気持ちを理解できていなかったが、友人のハリーと友人のようなドラコの対照的な姿を見て、ようやくわかったような気がした。
――マルフォイ大丈夫かしら。
イースター休暇で一緒に過ごしていた時、ドラコは毎日欠かさずクィディッチの練習へ出かけて行った。あの勉強会がなければ知らなかった意外と真面目な態度を知ってしまったら、もう今までのように「ざまあみろ」と言う友人の横で何も考えず笑っていられないなと思った。
グリフィンドール寮で盛大な優勝パーティーをするという大きな波に飲まれ、ナマエは抗うことなく友人と寮に戻った。少しだけ後ろ髪を引かれる思いがした。
「ナマエ、俺たちすごかったろ。」
「めずらしくナマエのテンションが上がってるのがピッチからも見えたぞ。」
ナマエがグリフィンドール寮の談話室の端にあるスツールでちびちびとかぼちゃジュースを飲んでいると、本日の主役の1人――いや2人であるジョージとフレッドが、無理やりその小さなスツールに尻を乗せた。ナマエは狭すぎると2人を少し睨んだがその視線の意図は届いてはいても響いていないようだった。
「……クィディッチ最高。」
ナマエはいつもの落ち着いた声でポツリと言った。ナマエの両脇に座った双子はまったく同じタイミングでぶはっと噴き出した。
「君それが最高なテンションか。」
「顔に出づらいだけよ。」
「最高ならナマエもやろうぜ。飛行術も成績良かったろ。」
ナマエは少しだけ考えて、負けて悔しそうなドラコの顔を思い出した。
「んー見るだけで十分だわ。練習も大変そうだしね。」
それにわたしは負けず嫌いだし、と思ったが口には出さなかった。
「「そりゃ残念。」」
グリフィンドールが優勝杯を手にしてから1週間ほどは皆浮かれていた。その浮かれ具合もあってか、ドラコからナマエへの呼び出しはなかった。グリフィンドールの人間の顔も見たくないのかもしれないとナマエは思った。避けているわけでもないのに不思議とドラコとナマエは会わなかったし、今まで避ける必要はなかったのではとナマエは考えていた。
試験が迫っていたので、ありとあらゆる机と椅子が埋まっている。フレッドとジョージでさえ談話室で勉強をしているのだ。5年生の2人はO.W.L試験が迫っているからだ。ナマエはその試験で魔法薬学は絶対にOを取りたいと思っていた。
チラッと2人の試験勉強の内容を見てから、ナマエは地下へ向かった。少しひんやりしているが、厨房にある隠し部屋は絶対に1人になれる場所だった。クールなわりにナマエは後輩に慕われていたので、人の多いところで勉強をしていると話しかけられたり勉強を教えてほしいと言われたりする。今はひとりで静かに勉強したかった。
コツコツと杖でレンガを叩くいて部屋に入ると、人影ありびくっとしてしまう。しかし、それが誰かわかるとほっと胸をなでおろした。
「マルフォイ、来てたのね。」
この場所は、見つけたナマエとドラコしか知らないはずだった。ナマエは自分だけの部屋にしたかったが、もうこの場所がドラコにバレているのはわかっていたので、せめてこれ以上知られたくないと思っていた。
「……机があるな。」
「ええ。シンリーに聞いてみたら使ってない台があるって言うから最近運んでもらったの。」
床に直起きしていた鍋や本は、今はその台に乗せていた。勉強できるように座り心地の良くない椅子もある。
「何かここに用事?」
ナマエは机にノートと教科書を置くと、椅子に座った。ドラコは何も言わないので、チラッと見ると微妙な表情をしていた。ナマエには何を考えているかわからなかったが、少なくとも元気はないように見えた。
「ひょっとしてひとりになりたかった?わたしはここで勉強してくけど、いいかしら。」
「ああ。」
いいかしらと言いながらもペンを取り出してノートを広げ始めている。ナマエからしたらここは自分のテリトリーだ。
口数の少ないドラコに、ひょっとしたらクィディッチの優勝杯を逃した悔しさがまだ尾を引いているのかもしれないと思った。現にグリフィンドールのお祭り騒ぎは最近ようやく落ち着いたくらいだ。スリザリンは寮生の絆がかなり深いが、もしかしたら今は居場所がないのかもとナマエは少し気の毒に思った。
黙って勉強をしようと思ったが、ペラペラと余計なことばかりしゃべるドラコが静かなのが気になってしまう。ナマエは荷物置き用に用意したもう1つの椅子を引いた。
「あなたなら勉強でハリーに勝てるんじゃない?」
「!」
ナマエはハリーの名を口にするのを躊躇ったが、クィディッチのことはよくわからないので違う角度でドラコを励ますことにした。ナマエ自身負けず嫌いでハーマイオニーに負けっぱなしの自分を嫌悪したことが何度もあったが、これでは1番だと誇れるところがあれば精神は安定するものだ。
「僕がポッターに1教科書だって劣ることはないよ。」
ドラコはツンと澄ました顔をして椅子に座った。座り心地の悪さに嫌そうな顔をしたが、暗い顔ではなくなったので、ナマエはやっと集中できるわと教科書に向き直った。
ドラコは最近は常に持ち歩いている勉強道具一式を取り出して机に広げた。やや狭いが2人が勉強するスペースくらいならあった。倉庫のわりには明るいし、椅子の座り心地にさえ目を瞑れば悪くない部屋だった。
ドラコはチラッとナマエの横顔を見る。いつもより距離が近い。
ひとりになりたくてここに来たわけでなく、なんとなくナマエと会いたいような会いたくないような気がして立ち寄った場所だった。ふくろう便で呼べば来ることはわかっていたが、クィディッチの試合の手前、かっこ悪いところを見せたので少し躊躇われた矢先だった。
あまり余計なことを言わない彼女が、ドラコにかけた言葉はプライドの高いドラコでも嬉しいものだった。
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