ドラコとナマエの勉強会はイースター休暇の約1週間毎日行われる予定だ。決まって朝食から昼すぎまでの数時間。ドラコはイースター休暇中も午後からクィディッチの練習をしていたので、それまでの時間はナマエと過ごした。ドラコは課題を手伝えと言いながら、ほぼナマエに自分の課題はやらせなかった。ナマエの得意科目はナマエにアドバイスのようなものをもらうだけで――素直には聞けないので命令口調で――課題は2人で教え合うように進めた。
ナマエはこの勉強会に少し疑問を感じていたが、ドラコがそれでいいならとこちらから「あなたの課題を代わりにやりましょうか」とは言わなかった。
「ナマエ、飯食ったら部屋に来てくれよ。イタズラグッズ開発に携わらせてやるから。」
大広間のグリフィンドール席で、フレッドがナマエに声をかけた。ジョージもナマエの返事をフレッドそっくりなワクワクした顔で見ている。ドラコはがらんとしたスリザリンの席から、3人の様子をチラリと見た。
「午前中は用事があるの。午後からで良ければ。」
「またかよ!ナマエ、俺たちとその男、どっちが大事なのよ!」
フレッドがわざとらしくヒステリックな女のような口調で言うので、ナマエはポカンとしてからふふっと笑った。
「どっちも大事よ。」
この浮気者!とフレッドとジョージが騒ぐのを横目にナマエがドラコに視線をやったので、目線がばっちりとかち合った。
ドラコはドキリとしてすぐに視線を外そうとしたが、ナマエが微笑みかけたので固まってしまった。ナマエはふと視線をそらしてフレッドとジョージに向き直った。
「そもそもわたし、男性と会ってるなんて言ってないわ。」
「「俺たちの勘!」」
ジョージとフレッドがナマエを挟んでステレオで元気よく言うので、ナマエはまた笑った。
「じゃあデートしてくるわ。お昼すぎには戻るからよろしくね。」
ナマエはフレッドとジョージの間からするりと抜けると、課題の入ったカバンを持って立ち上がった。軽口だとわかっていても、ドラコはなんだかむず痒い気持ちになった。そのデートの相手は自分だ。
ナマエが大広間を出ていくのを見て、少ししたら自分も向かおうとかぼちゃジュースを一口飲んだ。
「ナマエがデートってのはマジなのか?」
「ロン、お前知らないのか?」
「知らない。ナマエは結構フラフラしてるから。」
ロンがトーストを咀嚼しながら言うと、フレッドとジョージは同時にため息を吐いた。
「「使えない弟だ。」」
ドラコが純血一族御用達しの部屋に着くと、ナマエは羽根ペンをスラスラと動かしていた。ドラコの気配に気付くとチラと視線をドラコに向けたが、何も言わずに羽根ペンを動かし続けた。
待ち合わせの2日目、ドラコはご丁寧にも部屋の前で待っていてやったのに、少し待ってもナマエは来なかった。もしやと思い部屋を開けると、勝手に入って我が物顔で部屋を使っているナマエがいた。慣れない場所だしとエスコートしてやろうと思ったドラコは、ことごとくナマエの前では思うようにいかないとずっこけそうになったものだ。それ以来、勝手に入ってるナマエに何も思わなくなった。
先ほどのやりとりが尾を引いて、ドラコは集中できなかった。ナマエはこれをデートだと思っているのか。双子よりも優先するのは命令だからなのか、それとも。ドラコはノらない羽根ペンをかろうじて走らせながら、ナマエと何か話したいと思っていた。
「……マグルのペンはどうした。」
ドラコは手を止めずにナマエに問うた。
「提出用の羊皮紙には羽根ペンを使うの。あれを使うのはメモする時だけ。」
「マグル製品なんか使うな。仮にもミョウジ家の人間が。」
「マグルの街で生活してるんだからマグル製品くらい使うわ。」
ドラコは驚いた。愛人の子どもとは言え、ミョウジ家の人間がマグルの街で生活しているなんて。またひとつナマエのことを知った。ナマエは口数がそれほど多くないし、謎がかなり多い。ナマエのことを知っていくことをどこか嬉しく感じている。ドラコは自分の気持ちに少し戸惑っていた。
「そうなのか、」
いつもなら嫌味のひとつでも言ってやるところなのに、ナマエの前だとそれができなくなった。ナマエは嫌味を言ってもどこか掴みどころがなく、言った側が損した気分になるしかなり毒気を抜かれる。ドラコはいつの間にかナマエの前では素直ではないがかなり普通の少年だった。
「魔法史の課題は終わってる?」
「ああ。」
「どのテーマで論じたか見てもいい?トレースしないから。」
「仕方ないな。」
ドラコはナマエに魔法史の課題を渡した。ナマエはさらっと目を通すと、なるほどねと呟いた。
「マルフォイって成績良さそうね。」
「当たり前だ。」
「ふふ、ごめんなさい。」
「お前も成績は良いだろ。」
「魔法薬の研究者になりたいの。N.E.W.T試験で良い成績取らないと研究所に就職できないから。」
またひとつナマエのことを知った、とドラコは思った。たしかにナマエの魔法薬学の成績はトップクラスだと思った。
「こんなこと誰かに話したの初めて。」
「……。」
ナマエはなんてことのないように言ったが、男とは単純なもので「あなたが初めて」と言われると無条件に嬉しくなってしまうものだ。それがグリフィンドールの聖母と呼ばれる彼女からならなおさら。
「言えって命令されるくらいなら自分で言っちゃった方が早いからかしら。」
「……。」
――……さっきの気持ちを返せ。
ドラコはナマエに翻弄されっぱなしだが、ナマエはそれにまったく気が付かず課題が捗っていた。
イースター休暇の最終日には、ドラコもナマエも課題は終わっていた。しかし、クィディッチの練習もあるドラコは忙しいはずなのにこの勉強会の中止を言い出せなかったし、ナマエも静かな空間で勉強できるこの部屋を気に入っていたので特に何も言わなかった。そもそもすべての決定権がドラコにあるので、ナマエにはどうすることもできないのだが。
ドラコは勉強するふりをしながら、ナマエに声をかけるタイミングを計っていた。今日でイースター休暇は終わってしまうので、ナマエに何か命令を出すなら今日のうちが都合がいい。また避けられたらナマエを捕まえるまで時間がかかってしまう。
「そろそろクィディッチの練習の時間じゃない?」
勉強のキリが良いのか、ノック式のペンを置いたナマエはドラコに視線を向けて言った。
「ああ。そうだな。」
ドラコは何か引き止めることはないかと考えを巡らせたが、気の利いたセリフは出てこない。しばらくまたナマエと関わらない生活が始まる……そう思うと物足りない気持ちになった。
「練習も本番も頑張って。」
ナマエがカバンに羊皮紙や筆記用具を詰めながら微笑んで言うので、ドラコは自分が何を言われたのか一瞬理解が遅れた。
「次はスリザリン対グリフィンドールだぞ。敵にそんなこと言っていいのか。」
「ハリーとフレッドとジョージも頑張ってるけど、マルフォイも頑張ってるから。」
ナマエはカバンを手に、席を立った。利便性の良さからショルダーバッグを持つ生徒が多かったが、ナマエがトランクのような形のハンドバッグを持つので、後輩たちが真似して持ち始めたのは最近の話だ。
「じゃあ。」
ナマエがドアノブに手をかけたので、咄嗟にドラコはその上から手を被せてしまった。
ナマエは珍しく驚いた顔をして、すぐ後ろのドラコを見上げた。
「試験勉強がっ、あるだろう。」
「……?」
ドラコはドアと自分に挟まれるナマエを見下ろし、思いつくまま喋った。
「僕の試験勉強に付き合え。クィディッチの試合が終わったらすぐだ。」
「……わかったわ。」
「ふくろう便で知らせる。」
「……。」
ナマエは思い出した。友人のように話しているが、ドラコは自分に命令をする立場だ。ドラコがあまりにも普通に接するから忘れていた。ナマエはドラコに重ねられた手をやめてと振りほどく権利さえない。嫌悪感はなかったが、驚いたので手を離したかった。
頑張ってと笑ったナマエは今はもういなかった。ドラコの努力を認めたナマエは、無表情で自分の手に重ねられたドラコの手を見つめている。
「あ、」
ドラコはナマエを引き留めるのに必死で、自分の手がナマエの手に重なったままなのを思い出して慌てて引っ込めた。
ナマエはそのまま何も言わずにドアノブを回して部屋から出ていった。
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