3月の下旬に差し掛かると、学校全体イースター休暇が楽しみだとワクワクし始めると同時に、休み明けのグリフィンドール対スリザリンのクィディッチ戦前のいざこざが多発した。学年問わず、グリフィンドールの代表生徒はスリザリン生から可愛くないイタズラを受けている。
 今年のクィディッチの優勝はどこかに話題が移り、ナマエの噂はほぼ消えていた。ナマエの耳にどう噂されているかは入ってこなかったし、どうでもいいと思っていたのでうっとおしい視線やコソコソ話がなくなって良かったくらいしか思わなかった。

 ナマエはハーマイオニーの隣で水晶玉をぼんやり見ていた。占い学で良い成績をおさめるのは難しいかもしれないと思い始めてから、ナマエは真剣に授業に向き合うのをやめていた。

「やめた!わたし、出ていくわ!」

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人とトレローニーが言い合いをしているのを横目にナマエは考え事をしながら真剣なふりをしていたので、ハーマイオニーの大声に少し肩が跳ねた。ハーマイオニーは「未来の霧を晴らす」を乱暴にカバンに詰めると、勢いよくカバンを肩にかけて――ロンの顔にカバンがクリティカルヒットして――梯子を降りて出て行ってしまった。

「ハリー、何があったの?」

「アー……ハーマイオニーと占い学の相性がちょっぴり良くなかったみたい。」

 通路を挟んだ隣に座っていたハリーにこっそり尋ねると、ハリーは軽く笑いながら答えた。

「もうすぐ試験なのに。もったいないわ。」

 前々からハーマイオニーは占い学の文句を言っていて、いつ履修をやめてもおかしくはないなと思っていたが、この時期にやめるのは惜しいなとナマエは思った。9か月ほど授業に出ていた時間が無駄になってしまう。

「どっちにしろトレローニーの言う「内なる眼」がないと落第してたしいいだろ。」

 ロンがハリーの隣で言うので、それもそうかとナマエはまた興味もない水晶玉を覗き込んだ。白いモヤの中に青みがかったアイスグレーの色が見えたような気がした。その色が自分を悩ませる宿敵の瞳の色だとわかったのは、占い学の授業中ずっと考えていたからだ。恋する相手であるリーマス以上にこんなに男性のことで頭がいっぱいになるのは初めてだった。

 ドラコに脅されてから数週間が経った。その間ナマエはできる限りグリフィンドール談話室で過ごし、食堂では食べたらすぐ席を立った。
 教室間の移動はできるかぎり女友だちで固め――ナマエはわりと1人行動をするタイプなので女友だちからは珍しがられて喜ばれた――ドラコを徹底的に避けた。
 もともと同じ授業を取っているくらいで接点のない2人なので、ドラコは話しかけてきたり嫌味を言ってくることはなかった。ドラコが近寄ってくるのでハリーと行動するのもやめた。ハリーは「僕ナマエに何かしちゃったかな」と言ってきたので、ナマエは「スリザリン生に絡まれたくないから別行動させて」と嘘は言ってないが本当のことも言わずにやり過ごした。

「あなた、真剣に水晶玉と向き合っていますわね。何が見えるか発表なさい。」

 ナマエはトレローニーがそばまで来ていたことに気付いていなかったので、いきなり水晶玉にトレローニーの顔が映って内心ぎょっとした。
 ナマエはそんな態度は微塵も出さずにまた真剣なふりをしながら水晶玉を見つめた。

「……雨のような滴る水のようなものが見えます。あと黒い布と、アイスグレーの石です。」

 ナマエは嘘を吐く時には本当のことを混ぜると疑われにくいということを知っていたので、デタラメなことと本当に見えたような気がしたものをサラリと答えた。
 トレローニーはお気の毒にとだけ言って去って行ったので、ナマエは目を伏せて悲しげに見えるようにした。心はひとつも動いていなかった。

「ナマエには「内なる眼」があるのか?」

 ロンがトレローニーが去ったことを確認してこっそり聞いてきたので、ナマエは真顔で「当然よ」と言った。

「ナマエにもしそんなものがあるなら絶交だよ。」

「あなたたちにも「内なる眼」が開くことを祈るわ。この辺にね。」

 ナマエが自分の額を指差していたずらっぽく笑ったと同時に授業が終わったので、ナマエは1番に梯子を降りた。
 ハーマイオニーは先に出てしまったし、パーバディやラベンダーはトレローニーに授業後質問しに行くので、ひとりで塔からグリフィンドール寮へ急いだ。ドラコにも、できれば絡んでくるスリザリン生にもひとりでは会いたくない。

 ナマエがいつもより早めに廊下を歩いていると、突然片腕がぐいっと引かれ、そのまま人気の少ない石碑の裏に連れ込まれた。
 ナマエはびくっとしたが、相手が避け続けていたドラコであることがわかると身体の力をふっと抜いて観念した。自分は奴隷であることを思い出した。

「ミョウジ、自分の立場がわかっているのか?」

 ドラコは石碑に手をついてナマエが逃げられないよう閉じ込めた。ナマエは時間を稼いでいただけで、逃げるつもりも反発する気もなかったので、ドラコを無抵抗で見上げた。

「ごめんなさい、何を言われるのか……ちょっと怖くて。」

 ドラコはもちろんナマエが自分を避けていたことに気付いていた。それにかなりもどかしい思いをしながら過ごした。ナマエはドラコ、ドラコはナマエのことで頭がいっぱいなのはお互い様だった。
 ナマエは素直に謝った。ドラコには逆らえない。弱みがある。リーマスが人狼であること、そしてリーマスのためにスネイプから盗みを行ったこと。さらには盗むために騒ぎを起こしたこと。1つの隠しごとのために、それを隠す罪を重ねた。

「イースター休暇は帰省するか。」

「え、しないけど……。」

 ドラコはナマエを見下ろして聞いた。ナマエは戸惑いながらも毎年イースター休暇は学校に残っているので素直に答えた。

「課題が山ほど出てるだろ。それを手伝え。」

「……わかったわ。」

 ナマエは今年もイースター休暇中帰省せずにホグワーツに残る予定だったので、もう1人分の課題を終わらせることくらいはできるだろうと思った。

「イースター休暇の初日、朝食を食べたら魔法薬学の教室前に来い。」

「あなた帰省しないの?」

 ナマエは純粋な疑問をぶつけた。なぜイースター休暇初日に待ち合わせまでしなきゃいけないのか謎だった。休暇前に課題を押し付けるだけでいいのだから、休暇中に待ち合わせる必要などない。

「今年はしない。上級生から教わった空き部屋があるから毎日そこで課題をやる。」

 ――え、マルフォイもやるの?

 ナマエは疑問が口から出かかったが、飲み込んだ。全部押し付けたらいいのにと思ったが、ある程度自分でやってもらった方が楽だし、小悪党なドラコらしいと思ったので口には出さなかった。

「わかったわ。」

 ナマエはドラコの腕と石碑の間を潜って明るい廊下へ出た。卒業まで続くと思うと憂鬱だが、内心、ドラコの考える命令は今後もこの程度のものだろうと思ってほんの少し安堵した。

「これからは仲良くしましょう。」

 ドラコに振り返ったナマエは皮肉で言ったつもりだが、ドラコがそれをどう受け取ったかはわからなかった。

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