廊下の真ん中に立って待ち構えるドラコに、ナマエは恐怖した。冷たいものが自分の背筋につーっと通る感覚がした。

 ――まずい、どうして、どこで、何を、見られた?

「やっぱり中身は脱狼薬。そして、それを飲み干した教授は人狼ってことだな。」

 ドラコはナマエに得意な顔で近づくと、ナマエが持つ空のガラス瓶を指さした。

「スネイプ先生がぼやいていたよ。月長石の粉の減りがおかしいって。この間の……グリフィンドールとスリザリンの合同授業の後だったか?あの時は大騒ぎだった。」

「……。」

「コソコソ厨房の隠し部屋で、盗んだもので薬を煎じていることがバレたら……どうなるだろうな?」

「……。」

「ルーピンが人狼だってバレたら、もうホグワーツにはいられないだろうな。」

「……っ、」

 立て続けにドラコが話す言葉は、的確にナマエのウィークポイントをついていた。すべて図星で、すべて誰かに知られることを恐れていた。ナマエはこの場から今すぐ立ち去りたいと思った。息がしづらい。

 ――最悪、わたしの盗みについてはどうでもいい……。リーマスのことだけバラされなければ。

 ナマエは、盗みを働き、たまたま見つけた厨房の倉庫で薬を煎じていることはバレる覚悟で行っていた。証拠が残るし、誰に見られるかもわからない。教師にバレても言い訳できるよう――リーマスのためだとバレないため――対策をしていた。まさか、すべてを一気に見破られるとは思っていなかった。

「どうすれば、いい……?」

 ナマエの声は少し震えていた。強気に交渉するつもりだった。それなのにナマエの態度は弱者の無様な命ごいのようだった。怯えた目でドラコを上目遣いで見上げている。
 
 ドラコはその様を見て、ナマエに気付かれぬようコクンと唾を飲んだ。多くのホグワーツ男子生徒がほしいと思う彼女が、今自分の前で無防備で弱気な状態を晒している。まるで腹を見せた犬だ。

「どうすれば?それはお前がどうすれば、ルーピンの人狼やミョウジの悪事を黙っておいてやるかってことか?」

 ナマエは皆まで言われ、またビクリとした。そして、恐る恐るこくんと頷いた。またその怯えた瞳で見上げられたら良かったが、ナマエは下を向いたままだった。

 そして、ここまで興奮で沸き立っていたドラコの気持ちがしゅるしゅるとしぼんでいった。どうすれば……?そういえば、何をしてほしいかと言われると特に何も考えてはいなかった。あの澄ました顔を崩してやりたいと、好奇心で動いていたドラコは、ここが自分の目的地であることに気付いたのだ。その先はドラコの頭になかった。

 ――ナマエが僕に……。

 ドラコは一瞬、考えてはいけないことが浮かんだ。怯えるナマエが甲斐甲斐しく、ドラコにローブを着せ、足元でしゃがんで靴を磨く。ドラコが顎をツンと動かせば、目を伏せてドラコのベルトに手をかける。ナマエの白く細い指がベルトを外し、ズボンの前をくつろげ……。

 そこまででドラコは頭を振った。今のは違う。違わないけど違うとドラコは邪な思考を捨てた。

「僕の言うことを聞いてもらおう。この学校にいる間だけで勘弁してやる。」

 ドラコは腕を組みながらナマエを見下ろした。ドラコの顔には焦りの色は見られなかったが、内心は迷いに迷って絞り出た言葉だった。つまりはここで決められないから一旦保留ということを万能な言葉で濁したのだった。
 そんなドラコの思いなどつゆ知らず、ナマエは目を暗くして、わかったと答えた。

 ドラコとナマエのほの暗い契約が結ばれた瞬間だった。





 立ち去ったドラコは、じわじわと実感が湧いてきた。気になって、気に入らなくて、どうにかしたかったナマエが自分の言いなりになる。
 それと同時に、ナマエが言いなりになる理由はリーマスのせいだということもわかっていた。ナマエが盗みを働いたのも、コソコソ薬を煎じていたのも、人狼である教師のため。そして、その正体が暴かれるのを防ぐため。

 ――あんなボロボロの中年の何が良いんだ。

 ドラコはナマエの弱みを手に入れたのに、それを認めたナマエに腹が立った。ナマエをどう扱ってやろうか。ドラコは歪んだ笑みを浮かべた。





 一方で、ナマエは自分がどうグリフィンドール寮に帰ってきたのか覚えていなかった。気がつけば制服のまま自室のベッドにいた。

 ドラコに何を命じられるのか、そう考えてもドラコがどんな人間なのかナマエはよく知らなかった。友人に嫌味を言う典型的なスリザリン生だが、正直に言えばぬるかった。何やら訳知り顔のスリザリン上級生の方がよっぽどたちが悪い。

 ――考えるのは止そう。飽きてくれるのをじっと待てばいい。わたしが耐えれば……。

 ナマエは目を閉じた。このまま眠ってしまおうと思った。

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