スタンド・バイ・ミー | ナノ 06


 ナマエはシカマルと出会ってからの4年間、大きく距離を縮めることはなかった。たまに会えば話し、一度だけ一緒の任務に就き、一度だけ同じ飲み会に参加し、一度だけ店に顔を出してくれて、二度ほどご飯をごちそうになった。甘い雰囲気になることはなく、大抵は任務のことと服屋の経営のこと、里の未来のことなど、これっぽっちも色気のない話をしていたが、ナマエには十分すぎるほど幸福だった。16年間恋というものがわからず過ごしたので、甘酸っぱい片思い生活は4年経っても苦ではなかった。

 しかし、ナマエは4年間の片思いに暗雲が差し込めるのを感じていた。昨日墓地で出会った少年のことだ。彼の正体はひと目見て薄々勘づいている。認めたくはなかった。

 ナマエがシカマルを独身と確信していたのには理由がある。シカマルと初めて一緒の任務に出るより前、シカマルを含む同期の豪華メンバーが繁華街で飲み歩いているのを見た。今は里の中枢メンバーが多く、あまり開催されないようだが、いわゆる同期飲み会だ。そこで、ナルトはヒナタを、いのはサイを、というようにそれぞれパートナーを連れていたのだった。ナマエはひときわ目を引く集団の中で、シカマルだけパートナーを連れていなかったのを横目に見ていた。その時は「火影補佐の奈良シカマルさんって独身なんだ。意外。」と興味もなく思った。その印象がずっとナマエにはあったので、完全に独身だと思い込んでいた。

 ――奈良家当主が独身を貫いて子を作さないなんて、あまり考えにくいわよね……。今だから思うけど……。

 ナマエは、自分の店で糸に微量のチャクラをこめて服を作りながら思った。この4年間は何だったのだろうとも思った。それでも好きという気持ちが消えないことが辛かった。

「ナマエ。」

 手だけは止めずにぼーっとしていたら、突然声をかけられた。客だった。

「木ノ葉丸さん。いらっしゃいませ。」

 木ノ葉丸は店によく来てくれて、たくさん買い物をしてくれる常連だった。椅子から弾かれるように立ち上がり、作りかけの服をそっと置いた。

「ぼーっとしてたみたいだけど、考え事か?コレ。」

「天気がいいからのんびりしてました。気付かなくてごめんなさい。」

 ナマエは誤魔化してふふっと笑うと、木ノ葉丸はぽやっとした。ナマエは、この4年間でさらにきれいになった。服屋を始めるにあたり、自分の服やヘアメイクもきちんとしなければと思い、いろいろ勉強したのもあるが、一番は恋をしていたからだと思う。

「額当ての布の新調終わってるので、ちょっと待ってくださいね。」

 ナマエはそう言うと、バックヤードへと入って、額当てを持ってすぐ戻ってきた。
 
 木ノ葉丸はさすが猿飛一族とだけあって、額当ての替え布でさえ呉服屋に頼むほど育ちが良かった。額当ての布はすぐ汚れたり切れたりするので、大量に安くできる布を使い捨てる忍が多かった。

「ありがとうな。ナマエに額当てを新調してもらうと、また頑張ろうって気合いが入るんだ。」
 
 木ノ葉丸はニカッと笑うと、その場で額当てをつけた。新人下忍の担当上忍になったと聞いていたので、きっと張り切っているのだろうとナマエは思った。

「あー……そうだ、ナマエ。この間は一楽に行ったが、たまにはそのー……休日で、」

「アラ。木ノ葉丸じゃない。」

 木ノ葉丸が頬をポリポリ掻きながら、目をそらして話している間に、後ろからにゅっとカカシがやってきた。木ノ葉丸は飛び上がって驚いた。

「ろ、六代目!お疲れさまです!」

「こんにちは、カカシさん。」

「お疲れ。もしかしてお邪魔だった?」

 カカシはニヤリと笑うと――正確には口元が隠れているのでニヤリと笑ったか確実ではないが――2人を見比べた。

「イヤッ!そんな!えっとあの……失礼します!」

 木ノ葉丸は慌てたように走り去っていった。そんな後ろ姿を見送って、ナマエはカカシをじとっと睨んだ。

「カカシさん、人が悪いですよ。あんまりからかわないでください。」

「いやーあまりにも初々しくて可愛らしくて、ついね。相変わらずモテモテじゃない。」

「カカシさん。」

「ごめんごめん。」

 ナマエは再度、じとっとカカシを睨むと、バックヤードへ引っ込み、カカシから依頼されていたオーダーメイドの正装を一式持ってきた。なんでも、元五影の方々との非公式な会談があるらしい。カカシは戦友との飲み会だよと言っていたが、とんでもない面子なので会談なんて重々しい名前の会となってしまうらしい。

「いやーいいじゃない。ありがとね。」

「細かいところを直したいので、一度着てもらってもいいですか?」

 そう言うと、ナマエはカカシを試着室に押し込んだ。カカシが服を着替える布擦れの音だけがする。

「カカシさん。わたしの好きな人、子どもがいました。」

 試着室に向かってナマエが話すと、布擦れの音が一瞬止まった。

「あー……そうなのね。不倫はだめだよ。傷つくだけだから。」

「シカマルさんって、奥様はいらっしゃるんですか?」

 シャッと試着室のカーテンが開くと、肌の露出などはしてないが、色々と中途半端な状態のカカシが目を丸くして出てきた。カカシは出てきただけで何も言わなかったので、ナマエはカカシの懐に入ると着替えを手伝った。

「なるほどね……お前の初恋の相手が思ったより近くにいてびっくりしたよ。」

 カカシも銀髪をへちょんと前に垂らしながら、服の前を合わせたり紐を結んだりした。カカシは複雑な心境だった。娘同然のナマエにやっとできた好きな人が、自分の部下だったことに。

「カカシさんにもっと早く言っておけばよかった。変に相手を隠したからこんなことになっちゃった。」

 ナマエはカカシの服に手をかけながら、沈んだ声で話した。カカシが何も言わないのは、子どもがいることも結婚していたことも事実だからだろうと思った。実感が湧いてきた。

「まあでも、お前も勘付いてそうだから言うけど、奥さんは亡くなられたよ。お前の母親が亡くなったころだ。」

 ナマエは9年も前なのか、と思った。たしかに自分の知っているシカマルには家庭があるように見えなかったので納得した。
 
 カカシが服を着終えたので、無言のままナマエはカカシを回転させて後ろ姿までもすべてチェックした。

「……裾の長さはどうですか?見た目は美しいですが、動きにくければ少し詰めますが。」

「いや、問題ないよ。これで大丈夫。」

「じゃあこのままでいきましょう。」

 カカシは試着室に戻ると、元の服に着替えた。服を着替えている間、ナマエは無言だった。カカシはナマエになんと声をかければいいか考えあぐねていた。担当していたナルトたちの恋模様もなんとなく見守っていたが、アドバイスなんて求められてもいないし、しようと思ったこともなかった。ナマエが自分の恋を自覚した時のキラキラした顔を思い出すと、何とも言えなかった。ナマエには幸せになってほしかった。

「木ノ葉丸とか、告白してきた男とか……そういうのじゃ代わりにはならないってことでしょ、ナマエは。」

「……。」

「まっ、忍の世界じゃパートナーを失って、また新しく恋愛することも少なくないよ。代わりが見つけられないなら、頑張るしかないんじゃないの。」

「……。」

 悲しそうな顔でカカシから目をそらすナマエの頭にカカシはぽんと手を置いた。

「たぶん好きなのまだやめられない……。」

「うん。」

「ごめんなさい……。」

 ナマエは、自分が誰に謝っているのかわからなかった。でも、この恋心はきっと誰かをひどく傷つけるものだと思った。

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