01
シカダイの中にある母親の記憶は片手で数え切れる程度しかない。シカダイが4歳の時に任務で死んでしまったらしい。奈良家の広い家に似つかわしくなく、シカダイは父親のシカマルと2人暮らしだった。忍の世界なので、片親だとか天涯孤独だとかはままある話だ。シカダイも小さいころは寂しいなんて思ったこともあったが、祖母や父親の知り合いに面倒を見てもらって何不自由なく暮らしてきた。父親は火影のお目付役でかなり忙しくしているにしては、息子を気遣ってよく帰ってくるし、特に不幸と思ったことはなかった。
水たまりに映る自分の顔を見ると、父親そっくりだなと自嘲して少し笑ってしまう。しかし、母親を知る者からは母親そっくりだと言われるから不思議だ。叔父たちが外交で来ている時は、テマリだテマリだとよく言われる。
「おーい?シカダイ?」
「!……っなんだよ。」
「なんだよはこっちの台詞だよ。ぼーっとしてさ。突然無言になったら驚くだろ。」
「1人の世界に入り込んじゃってたって感じー?」
ぼーっと自分の姿を見ていたら、うっすらとした記憶の中で笑う母親のことを思い出した。どうやらそのせいでまわりの声が聞こえていなかったらしい。同じ班のいのじんとチョウチョウが辛辣な言葉でいろいろと言っているが、放っておいていいだろうとシカダイは思った。班員の2人も相変わらず、お世話になっているいのとサイ、チョウジとカルイに似ている。
「おー!シカダイ!いのじん!チョウチョウ!」
前からボルトが歩いてきて手を振っている。その後ろにはサラダとミツキ、さらに担当上忍の木ノ葉丸の姿もあった。
「これから任務か?」
「おう!俺の新技でパパッと片付けてきてやるってばさ!」
シカダイがボルトに尋ねると、ボルトはやる気まんまんで答えた。シカダイはアカデミー時代あまりやる気のなかったボルトを見てきていたので、「こいつも変わったな」と思った。
「あんた、またはしゃぎすぎてわたしの手間とらせないでよ。」
「俺が足引っ張ったことなんてねーだろ!」
やいのやいのと言い合いするボルトとサラダを横目に、しばらく黙っていたいのじんはまっすぐ木ノ葉丸を見ていた。
「木ノ葉丸先生、」
「お、なんだ?いのじん。」
「昨日の夜、一楽にいましたよね?」
「なっ!」
木ノ葉丸は、いのじんの言葉で必要以上に焦った声を出した。心なしか頬も赤く見える。いのじんは意地悪ににんまりと笑っている。
「木ノ葉丸先生、すごく動揺しているみたいだね。」
「一楽くらい誰でも行くだろ。」
「先生、どうかしたんですか?」
一楽にいたことを指摘され動揺する木ノ葉丸に、疑問符を浮かべるミツキとボルトとサラダ。もちろん、シカダイとチョウチョウもだった。
「それがさ、すっげーキレイな人といたんだよ。先生の彼女?」
「いや、その、あの子はな……。」
口の悪いいのじんから「すっげーキレイ」という形容詞が飛び出すのは意外だとシカダイは思った。暴露された木ノ葉丸は、首を掻いたりして絵に描いたようにあたふたしている。
「えー!木ノ葉丸の兄ちゃん、彼女いんのかよ!」
「彼女じゃないって!コレ!」
「でもでもぉ、彼女とのデートで一楽に行くってのはないじゃなーい?」
「だから彼女じゃ……。」
「先生、女心わかってないですね。」
「あーもう!」
木ノ葉丸は、ボルトとチョウチョウとサラダのひとりひとりに訂正を入れていくが、誰も聞く耳を持っていなかった。
「あの子はな、何度か任務で一緒になったことがあって、たまたま会ったからラーメン食べだけだぞ!コレ!」
ぜえぜえと肩で息をしながら、一息で言い切った木ノ葉は、さあ行くぞ!と3人を引きずって走って行ってしまった。
「なぁんだ。木ノ葉先生の片思いか。」
「あんだけ必死に否定するなら振られてんじゃね?……ってシカダイどこ行くのー?」
取り残された猪鹿蝶の3人で帰路についていると、シカダイは1人で別の道に逸れて行こうとした。
「俺散歩して帰るから。またな。」
ちらりと振り返って手を挙げると、そのまま歩き出した。なんとなく、母のことを思い出したので月命日でもないが墓参りへ行くことにしたのだ。いのじんとチョウチョウも、付き合いの長さでなんとなく察しがついていたので、お互いに何も言わずそっとしておくことにした。
木ノ葉隠れの里の外れにある墓地へ着くと、テマリの墓の近くに先客がいたようだった。自分の髪とは似ても似つかないふわふわの栗毛が風でなびいている。ぱっと見で猿飛ミライくらいの年頃だろうと思った。
テマリの墓の前に立って母親の名前の書いてある墓石を見つめた。母親は砂隠れの里の忍だ。木ノ葉隠れの里にいた期間はそれほど長くなかったようだが、奈良家に嫁いできていたことと、自分たち家族が墓参りしやすいようにと木ノ葉隠れの里に埋葬したと聞いた。
――母ちゃん。この間叔父さんたちにまた母ちゃんと似てきたって言われたよ。
静かに手を合わせて母親に語りかけた。悲しい気持ちにならなくはないが、シカダイに寂しいと思わせる隙を与えない友人や親戚のおかげで、テマリの墓の前でも暗い気持ちになることはなかった。
手を降ろして顔を上げると、すぐ近くで同時に若い女性も顔を上げた。タイミングがよく、シカダイの緑がかった黒い瞳と、女性の色素の薄い瞳がかち合った。
「あ……ども。」
そこそこの近距離で目が合ってしまったので、シカダイはぺこりと挨拶をした。女性は忍服を着ていたので、先輩忍者だろうと思ったからだ。この時、シカダイは「すっげーキレイな人」と思い、その言葉がいのじんの声で再生された。ミライと同世代かと思ったが、もう少し年上のお姉さんだ。シカダイより少しだけ身長が高く、くのいちにしては背が低めだった。
「……。」
「?」
女性はシカダイの顔を穴が開くほど見つめていた。挨拶を無視しているというよりかは、驚いて声が出せないようだった。彼女の瞳がゆらりと揺れたように見えた。
「あっこんにちは。あなた……奈良家の人?」
「そっすけど。」
髪型や顔つきで奈良家の人間だと思われたんだろうなと思った。それでじっと見られていたんだろうと自己完結した。
「そうよね……。」
そう言って彼女は黙ったので、シカダイはそれじゃあと言って立ち去った。少し離れたところで振り返ってみたが、ふわふわとした長い髪は変わらず同じ場所で揺れていた。
その女性――ナマエは、先ほどの少年との出会いに動揺していた。シカダイが手を合わせていた墓石には、「奈良テマリ」と記されていた。
奈良家の男性は同じような髪型をしていて顔立ちが似ている人も多い――けれども――とナマエは心に引っかかるものを感じていた。
――シカマルさんにすごく似てた。
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