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好きな人の声は、惚れた側には勝手に入ってくるものなのかもしれない。
シカダイは、ミライが修行をつけてやると張り切るので、めんどくせーなと言いながらも出かけた。なんとしてでも中忍になるというモチベーションはなかったのに、今は少し変わってきていた。修行をつけてくれる人たちの期待に応えたいというのもあるし、はやく特別上忍以上になりたかった。
「こちらこそ、先日はありがとうございました。またよろしくお願いしますね。」
ミライが話しているのを話半分で聞いていたら、ナマエの声がシカダイの耳に飛び込んできた。声の方に目を向けると、ナマエと見知らぬ忍の男が話している。ナマエはおそらく非番なのだろうという出で立ちで、いつも通り糸やら布やらを大量に持っている。
「ナマエ。」
シカダイはミライを放って、ナマエに声をかけた。後ろで、ミライが「シカダイ?」とついてくる。
「シカダイ!これから任務?」
ナマエはシカダイと目が合ってにっこり笑った。忍の男を「じゃあまた今度。」とあしらっている姿を見て、シカダイは心の中でよしと思った。
「いや、修行。」
「ちょっと、シカダイ。どっか行くなら言ってよ。」
ミライが追いつき、シカダイとナマエが話すところに合流した。ミライとナマエは、お互い誰だろうという顔で会釈し合った。
「ミライ、この人はみょうじナマエで特別上忍。こっちは猿飛ミライ。親父の弟子。」
シカダイが簡単に説明した。ナマエは、化粧気がないのにきれいな顔だちの女の子だなと思った。
「お噂は聞いています。わたしの任務情報はナマエさんが潜入して調べていただいているものが多いので。それにわたしの同期、ナマエさんに憧れてる人が多いです!」
ミライは、ぱあっと顔を明るくして握手を求めてきたので、ナマエもおずおずとその手を取った。潜入で下調べをする任務ばかりの自分がコンプレックスなので、ナマエは複雑な胸中を隠して笑顔を作った。それに、こういう仕事ばかりしている自分に憧れるくのいちなんていないだろうと思った。
「はじめまして。ありがとうございます。」
ミライの快活な雰囲気に圧倒されて、ナマエは控えめに笑った。いまだキラキラした目で同期の誰それがナマエと任務に行ったことがあると教えてくれた。その吸い込まれるような不思議な瞳を見て、ナマエはあれ?とあることを思い出した。
「ミライさんは、紅さんの娘さんですか。」
「母をご存知なんですか!」
「ええ。わたしの幻術の師匠の師匠です。一度お会いしたことがあります。とっても素敵で憧れのくのいちです。」
ミライは母親を褒められて嬉しそうに笑った。素直で可愛らしい子だなとナマエはミライの笑顔を見て思った。シカダイは2人が話すのを黙って見ていた。
「ちょっとシカダイ。いつの間にナマエさんと知り合いなのよ。」
ミライがシカダイを小突き、シカダイはミライの腕を雑に払った。
「いつの間にってなんだよ。お前に報告することじゃねーだろ。」
そんな2人を見て、ナマエは仲が良いなと思った。
「ミライさんに修行つけてもらうの?」
「そ。めんどくせーけど、中忍試験近えしやらなきゃな。」
「シカダイ、最近やっとやる気出てきてるんですよ。今まではなんとなく中忍目指しとくかって感じだったのに。」
ミライの言葉に、シカダイは余計なこと言うなと言って、本当のことじゃんと言い合いをする2人がなぜか遠くにいるように感じた。
――仲良いと思ってたけど、シカダイのこと何も知らないんだな……。
ナマエは少しさびしく思った。シカダイには自分以外にも年上の女性の友だちがいて、しかも明るくいい子で忍らしく強い。ナマエは少し気落ちして、2人のやりとりをぼーっと見ていた。
「ナマエ?」
「あっごめん、ぼーっとしてた。じゃあわたしはこれで。修行頑張ってね。」
シカダイはナマエの様子が気になったが、ナマエはにっこり笑ってさっさと去っていった。
「ナマエさん可愛い人だね。人気あるわけだわ。」
「……人気って男?」
シカダイはナマエの後ろ姿を眺めながら、あまり元気がなかったなと思った。できればミライを置いていってでも大量の荷物運びを手伝いたかったが、さっさと行ってしまったのでそれは叶わなかった。
シカダイはミライとの修行後、ナマエの様子が気になったのでナマエの店に向かった。客はなく、ナマエが1人で服を作っている。
「暇そうじゃん。」
シカダイが店に入ると、ナマエはお疲れさまと言った。やはり元気がないように思えた。シカダイはいつもの場所にどかっと座ると、ナマエの顔を覗きこんだ。
「元気なくね?」
「え!そんなこと……。」
ナマエはドキッとした。元気が出ないのは自分が一番良くわかっていた。このまま理由も言わずにうだうだしててもうざいなと思い、手を止めずに話し始めた。
「シカダイがミライさんと仲良くて羨ましくて……。うざいよねごめん……。」
ナマエはシカダイの顔を見れなかった。こんな理由でモヤモヤする年上の友だちなんているのだろうかと恥ずかしく思った。
「それは……妬いてるってことか?」
シカダイもそっぽ向いて話したので、ナマエは手を止めてシカダイの後ろ姿に向かって話を続けた。
「うん。わたしは友だちが少ないから、シカダイのこと特別なんだと思う……。」
ナマエは自分で言っていてさらに恥ずかしくなった。このさびしさは、自分の特別な友だちには、自分よりも大切な友だちがたくさんいたことに気付いたからだと思った。
「友だちね……。」
「それに、わたしはシカダイに修行つけてって言われたことない……。」
「あのな、俺はお前より強くなりたいんだよ。」
さらにナマエがずっと引っかかっていたことまで伝えると、シカダイは間髪入れずに答えた。シカダイは言った後に気まずそうな顔をしたので、ナマエはなんでだろうと思った。
「中忍試験、本戦出場したら見に来てくれよ。」
シカダイが思ったよりも真剣な表情で言うので、ナマエは黙ってこくんと頷いた。
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