19
「シカダイくん!ちょうどいいところに。」
シカダイが久しぶりにナマエの店へ行くと、ナマエは畳み途中のシャツを持ちながら笑顔で出迎えた。先日仲直りしたとはいえ、まだ少し気まずい思いで来たが、シカダイの杞憂だった。
「お土産のクッキーあげる!お茶淹れるから食べようよ。」
「サンキュ。」
ナマエはクッキーの入った箱をシカダイに渡すと、「好きなやつ取っていいよ」と言って、2階の自宅に上がっていった。シカダイはそれを見送ってから、改めてクッキーの箱を見た。木ノ葉水族館オリジナルクッキーと書かれた箱を開けると、いろんな種類の魚がプリントされたクッキーをが並んでいた。
――好きなの取っていいって全部同じ味じゃねーか。
ナマエの言う好きなのとは好きな柄のことかと笑いそうになった。子ども扱いしてるわけじゃなく、全員にこういうことをやるから面白い。
「何ニヤニヤしてんの?あ、好きなだけ取っていいよ。」
「全部同じ味だから笑ってたんだよ。」
「?そうだよ。チョコサンドクッキーだって。わたしクラゲがいいから1個取って。」
ナマエは、クッキーに合うようにと紅茶を淹れてきたので、シカダイはありがたくいただいた。ナマエの店はもはやアパレルといった佇まいだが、本来呉服店というのは客に茶を出したりしてゆっくり商談するものらしい。よって、その癖でナマエはしょっちゅう茶を振る舞った。
「クラゲ……、これか?ていうか木ノ葉水族館なんてアカデミーの校外学習じゃねーんだから。」
「今ってそうなの?わたしのアカデミー時代にはなかったからなあ。」
シカダイとナマエは7歳しか離れていないが、この7年で木ノ葉隠れの里はかなり変わったので、たびたび2人はジェネレーションギャップを感じる。シカダイはクラゲのプリントがされたクッキーを手渡すと、ナマエは個包装を開けて食べた。
「で?なんで水族館なんて行ってんだよ。」
「木ノ葉丸さんに誘われたの。」
「は?」
シカダイは自分がなんの気なしに聞いた疑問に衝撃的な返答がきて驚いた。シカダイが驚いていることに気付かず、ナマエは話を続けた。
「何が好きか聞かれたから、ご飯のことかと思ってお魚ですって答えたら、水族館に連れていってくれたの。初めて行ったからすっごい楽しかったー。」
「……。」
「ふれあいコーナーでヒトデ触ったんだけどすっごい可愛くて飼いたくなっちゃった。結構高いのかな?どう思う?」
ナマエはデートを思い出しながら可憐に笑っている。シカダイは、それに腹が立ってつい声色に苛立ちが乗ってしまった。
「お前さ……親父のこと好きなんじゃねーの?」
「……どういう意味?」
ナマエも、シカダイの言い方とシカマルの話題にピリっとした空気が出てしまう。シカダイは大きくため息をついて、話を続けた。
「親父が好きなのに、なんで木ノ葉丸先生と水族館に行くんだよ。」
ナマエは咄嗟に感情的なまま反論しようとして、言葉を飲み込んだ。シカダイと喧嘩したいわけじゃないし、シカダイの言い分は、デートに誘われた時に自分自身でも思ったことだったから。
「好きだったけど、シカマルさんのことは諦めなきゃいけないから。木ノ葉丸さんのことを好きになりたいと思ったから行ったの。これってわたし間違ってるのかな……。」
シカダイはナマエが悲しそうな顔をしたので、罪悪感に苛まれた。くだらない嫉妬でナマエを傷つけた自分のことをガキすぎると悔いた。父親のことを好きでい続けてほしいわけでもなければ、木ノ葉丸に誠実でいてほしいわけでもないことは自分が一番よくわかっていた。
「いや……ごめん。違う……。俺が悪かった。」
「ううん、わたしも良くないかもとは思ったから。」
そこで一度会話が止まった。お互い何を言おうか考えている内に客が来たので、ナマエは接客し、シカダイは邪魔にならないようにひっそりと影を薄くした。客は商品を引き取りに来ただけですぐに帰ったので、またシカダイとナマエは2人きりになった。
「わたし、シカダイくんとは喧嘩したくないしできるだけずっと友だちでいたい。わたしはきっとこれからも色々と間違っちゃうかもしれないけど、仲良くしていてね。」
ナマエの言葉はいつもストレートだ。人を褒めたり自分の気持ちを言う時は特に。シカダイは「ずっと友だち」という言葉にかなり引っかかったが、今はそれでもいいと思った。ナマエから自分とずっといたいという気持ちが伝わって少し嬉しかった。
「よくそんな恥ずかしいことをストレートに……。」
シカダイは照れ隠しに言ったが、ナマエはそう?とまったく気にしていなかった。
「シカダイくんといると楽しいんだもん。それに落ち着く。」
「じゃあ俺が親父の代わりになろうか。」
シカダイはポロッと言葉が口から出た後にしまったと思った。まるで告白かのようなそれを、慎重なシカダイはまだ言うつもりではなかった。ナマエの反応を伺う前に、撤回しようとするも、ナマエがきょとんとしていて何て言っていいか迷ってしまった。
「何それ。代わりとかないでしょ。」
「え?」
「今はもうシカダイくんをシカダイくんとして認識してるし、もう二度と重ねることはないよ。シカマルさんは初恋の人で、シカダイくんは大事な友だち。そうでしょ?」
ナマエは少し申し訳なさそうに、シカダイに笑いかけた。好きという気持ちがバレずにホッとするも、まったく伝わっていない自分の真意に少し複雑な思いを感じた。でも、その時のナマエの顔が可愛くて、やっぱり好きだと思った。
「大事な友だちか……。まあお前友だち少なそうだもんな。友だちでいといてやるよ。」
「……失礼すぎでしょ。その通りだけど。」
2人は口角は上げたまま睨み合って、そのままふっと笑った。
× | top | ×