スタンド・バイ・ミー | ナノ 13


 ナマエはそれから自分がどう行動したのかうろ覚えだった。倉庫の前に巻物を置いて走って帰って店を開けたような。夕方に受け取りの予約が来ていたので、その客が来るまで接客をしながら服を作った気がする。ぼーっとしていたら服が3着できていたので、ナマエは自分がこんなに早く服を作ることができたのは初めてだなと乾いた笑いが出た。

 シカマルが女も恋愛もめんどくさいといったことがショックだった。ナマエはシカマルに「絶対にない」と言われたことがショックだった。シカマルが「絶対にない」と思うような部分が自分にはあるということがショックだった。

 初恋で、年上で、火影の側近で、子どもがいる。適うことはないと自分の中で保険をかけているつもりだったが、現実にはっきりされるとなかなか堪えた。自分のことを好きと言ってくれた人たちもこんな気持ちだったのかと思うと、罪悪感で押しつぶされそうになった。

 ナマエは夜になって店を閉めると、一度墓地へ行き、これからの無礼をテマリの墓へと懺悔しに行った。父と母にも挨拶をして、自分が初めて恋をして失恋したことを報告した。

 それから、もう閉館している図書館へ行き、特別に入室を許可してもらった。忍は任務で突然閲覧しなければいけない資料がある時にサインすれば入れてもらえるのだ。図書館にある資料は、火影室の資料と違って機密性がないためだ。
 ナマエは、暗くシンと静まり返った図書館で、無心で木ノ葉新聞のバックナンバーを見漁った。木ノ葉崩しやペイン襲撃事件でかなりの書物や資料がだめになったと聞いていたので、木ノ葉新聞の量はそれほど多くない。ナマエは15年ほど前の新聞から目を通した。

「あった……。」

 ナマエが探していたのは、テマリの記事だった。知ってどうするわけではなかったが、シカマルが愛した女性の顔を見てみたかった。ボルトが生まれたことを大々的に祝福する記事だった。ナルト、ヒナタ、生まれたばかりのボルト、さらにナルトとヒナタの同期たちが写っていた。ナマエはいのやサクラの顔は知っていたので、シカマルの横で赤子を抱いて微笑む人がテマリだとわかった。その赤子はシカダイだろう。

 ――綺麗な人。

 ボルト誕生の記事には、ナルトたちの同期のことも少し記載があった。シカマルと倉庫で話していたのはキバという人であることを、ナマエはその時初めて知った。そして、テマリは現風影の姉であることも書いてあった。
 
 テマリのことを知ったからと言って、ナマエの心は何も変わらなかった。知ったら諦めがついたり、何かしら変わるかもと思ったが、何も変わらない。テマリが綺麗であろうとなかろうと、ナマエは蚊帳の外の人間だ。ナマエは図書館から出ると、繁華街へ出た。酒はあまり得意でないが、きっとこういう時に人は酒を飲むのだろうと思った。



 ナマエは忍の知り合いがいなさそうな適当な居酒屋に入り、好きに食べて好きに飲んだ。自分が酒に弱いことを知ったが、関係なくかなり飲んだ。そして、わけがわからなくなったころ、一般人の男性数名に絡まれ、そこを先輩であるモエギに助けてもらったような気がした。

 ――モエギさんにお礼ちゃんと言えたっけ。ていうか、ここどこだろう。

 手を座っている椅子に置くと、ひんやりした缶に当たったので、掴んでまた飲もうとした。

「おいっ!もう飲むなよ。」

 ナマエが掴んだ缶をひったくって叱った声は聞き覚えがあった。わけもわからず怒られ、ナマエはぽろっと涙がこぼれた。酔っているのに顔はまったく熱くなく、ぬるい涙が、同様にぬるい頬に伝った。涙が夜風にあたって少し冷たく感じた。ぼやける視界には、毎日店から見える空き地と夜空が映った。
 ナマエが涙を流したからか、叱った相手は何も言わなかった。

「何があったか知らねーけどよ、自棄になって酒飲むのは違うんじゃねーの。」

 ナマエは言われたことの半分も理解していなかったが、誰かが隣にいてくれて、自分がその人に寄りかかって先ほどまで眠っていたことに気付いた。体重を預けていたことに気付き「ごめんなさい」と謝ると、緩慢な動作で姿勢を正した。くのいちの嗜みとして、チャクラを練って酔いを飛ばすことをぼんやりと思い出したが、酔いすぎてそれ以上思考が止まってしまったので諦めた。酔っても酔っても、ナマエの頭の中にはシカマルとテマリのことばかりだ。

「好きなんです……。ごめんなさい……。」

 隣にいた人が勢いよくこちらに向いた気がした。ナマエの視界の端で、束ねた毛先がぴょんと躍った。自分の髪質より硬そうで真っ黒のそれは、任務中に後ろから見つめてその背中を追いかけたなと懐かしさを覚えた。その毛先が自分の手の届くところにあったので、両手を伸ばした。ナマエはその人を抱きしめた。

「無理だってわかってたけど……「絶対にない」って思ってるかもしれないですけど……好きが消えないんです……。いろいろ勝手に調べて、自分がこんなんになることも……びっくりで……初めてだったから……無理なのはわかってます……。シカマルさん、ごめんなさい。」

 心の中で本当にごめんなさいともう一度謝りながら、ナマエはその人にキスをした。キスをしながら、前も勝手に唇を奪ってしまったなとぼんやりと思った。でもこれで最後だなと涙が溢れ、ゆっくり唇を離そうとした瞬間、視点がぐわんと動き、ナマエは尻に痛みを感じた。どうやら突き飛ばされて椅子から転げ落ちたようだった。俯瞰で見たらさぞ滑稽でみじめだろうと思った。

 ――自分が最低すぎて消えたい。

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