09
ナマエは任務が終わると、その足で木ノ葉病院へ向かった。久しぶりに潜入任務でなく、護衛任務に行った帰りだった。常に優勢で戦えていたが、相手の傀儡の仕掛けに不意をつかれて二の腕と腿に傷を作ってしまった。傀儡の仕込みには大概毒がついているので、急いで傷口を自分のクナイでえぐったら、思ったより深く傷つけてしまって出血が多くなってしまった。自分で走って病院に駆け込む元気はあったので、報告書は後輩に任せて行かせてもらうことにした。
当直の先生にひとまず止血をしてもらう。出血が多いと言われたので、輸血パックを繋がれて兵糧丸を口に詰め込まれた。夜から朝方までの戦いっぱなしの任務でへとへとだったので、余っている病床を割り当ててもらえ、回復するまで寝ておきなさいと看護師に口酸っぱく言われた。
「ナマエ、入るわよ。」
「いのさん!」
ナマエが軽傷でも病院に来るのには理由があった。秘密にしているわけではないのだが、理由を知っているのは、いのとサクラとシズネの敏腕医療忍者3人だけだった。
「次の任務は何日後なの?」
「明日です。」
「じゃあ今日きれいに治さないとね。やってみるわ。」
「いつもありがとうございます。」
ナマエには忍の世界とは無縁の女性になりきる任務が多い。忍じゃない女性には二の腕や腿に大きな切り傷はないだろう。変化で傷を隠すことはできなくないが、何日にもわたる潜入任務の時は体力的に厳しくなるので、基本的にはどんな傷でもきれいに消してもらうようにしていた。服で隠れる傷であってもだ。
――「その程度の怪我で病院に行ってたら、医療忍者が何人いても足りなくなるだろうな。」
ナマエは、昔言われた嫌な言葉を思い出した。屈強な男の先輩忍者には、身体だけでなく顔にも傷痕がたくさんあった。たしかに強いその先輩は、ナマエなどの後輩を引っ張って懸命に戦ってくれた。遥かに自分より怪我を負っていた。多少の切り傷くらいならいくらでも受けてもいいと思っている戦い方だった。潔くてかっこいいとも思った。自分が憧れていた忍者とはこういうものかもしれないとさえ思った。その先輩との任務の翌日、潜入の任務が控えていた。とにかく幼い容姿の女が好きな悪党へ素知らぬ顔で近づいて情報を引っ張る任務だった。服を脱がなければいけない可能性もあると先輩くのいちから言われていた。ナマエは傷があって忍とバレることが任務失敗に繋がると思っていたので、隊長の先輩に病院へ行ってくると伝えたら、そう言われたのだった。
自分の腕の傷がいのの手によってきれいに塞がっていくのを眺めた。自分の腕がきれいに治るたび、自分はかっこいい忍者から遠のいていっているような感覚に陥った。治る腕を見ていたくなくて、いのの顔を見つめてみた。長くきれいなまつ毛も透き通るような金色でぽーっと見てしまう。こんなに素敵な医療忍者なら、あの先輩も文句ないだろうかと思った。明日の任務に行くのが嫌だと駄々をこねたくなって、そんなことしたら終わりだなと想像した自分が嫌になって目の前が歪んだ。
「やだ!痛かった?ごめんね。」
いのは、ナマエの腕から手を離してナマエの顔を優しく覗き込んだ。ナマエはぶんぶんと首を横に振った。声が震えそうだったので「違うんです」と言えなかった。このくらいで泣くなんて忍失格だなと低い声で誰かに言われた気がした。
「ちょっと待ってて。痛みが引くまで少し休憩した方がいいわ。」
いのは優しく言うと、ナマエを置いて病室を出て行った。いのが出て行った扉をぼーっと見ていると、涙が溢れた。アカデミーの授業で習った忍の心得を頭の中で唱えた。
――忍はどのような状況においても感情を表に出すべからず。任務を第一とし、何ごとにも涙を見せぬ心を持つべし。
忍としていつまで経っても半人前な自分が嫌になった。
コンコン。
「いの。いるか?」
「え……。」
「ん?いるのか?入るぞ。」
シカマルだった。ナマエは慌ててシーツでぐいっと目元を拭った。患者がいるかもとそっと入室したシカマルと、涙をちょうど拭き終わったナマエの目がパチリと合った。
「ナマエじゃねーか。久しぶりだな。元気か……って、病院にいるやつに聞くことじゃねーよな。」
シカマルはナマエが病室にいるわりに元気そうだったので安心したように言うと、病室をぐるりと見渡した。
「いのはいねーよな。ここにいるって聞いたんだけどよ。」
「さっきまでいたんですけど、少し席を外してます。」
ナマエは自分の声が涙声にならないか気が気でなかったが、きちんと発音できたのでほっとした。シカマルはそうかと言うと、ナマエの腕と包帯の巻かれた腿にチラリと目をやった。
「怪我か。めずらしいな。いつも怪我しねーように戦ってるのによ。」
ナマエははいと言って複雑な気持ちになった。シカマルとは2回しか任務に出たことはがないのに自分の戦闘スタイルを把握している優秀さが素敵だと思った。同時に、自分の戦い方は忍として他より劣っている戦い方だと卑屈になっていたので、指摘されたような気持ちになった。
「任務遂行には、しんどくてもナマエみたいなやつが絶対に必要なんだ。全員生きて帰るためにはな。」
シカマルはナマエが泣いていたことが分かっていた。きっと痛くて泣いてるわけではないことも。上司として、ナマエを元気づけたいと思って言った言葉だった。もちろん嘘偽りはない。ナマエはシカマルをいつもストレートに褒めるので、シカマルも自然とナマエを褒めることが多かった。
ナマエはシカマルが元気づけてくれていることに気が付いた。悩んでいたこともお見通しだったことの恥ずかしさと、それでも嬉しい言葉をかけてくれて涙が溢れそうになった。涙を見せまいと腿の傷を見るふりをして下を向いた。
「……ありがとうございます。その言葉で明日からも頑張れます。」
「大げさだな。」
シカマルはそう言って笑うと、やっぱりナマエは言葉がストレートで可愛い部下だと思った。木ノ葉丸をはじめとして、こういう子だから好かれるんだろうと。下を向く頭にぽんと手を置いた。
いつもタイミングよく現れるシカマルはずるいと思った。諦めようとしているのに、会うたびに好きな気持ちを新鮮に思い起こさせるのはやめてほしいのに、関わらないという選択は取れない。
チラッと視線を上げると、シカマルは、ん?と優しくナマエを見つめた。目つきが悪いのに、優しい顔をするシカマルが好きだと思った。この人のそばにいるには、どんな人間になればいいんだろうとも思った。
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