チイサナセカイ
一通りよく使いそうな場所だけは先に掃除を終えた。掃除中はナマエからたくさんの授業や学園についての質問が飛び、ジャミルは丁寧に答えた。ナマエとジャミルはピカピカになったソファへどかっと座った。
「ひとまずこんなものだろう。」
「ジャミル、本当にありがとう……!すごすぎるよ!」
ナマエがひとりでちまちまやっていた作業時間とそう変わらずに、ジャミルはほぼ完璧に掃除を終わらせた。もちろん、この館――もといオンボロ寮はあまりにも広いので手を付けていないところはたくさんある。
「こういうのは慣れだ。お前も要領はいいんだからすぐ何でもできるようになる。」
「ありがとう。」
ジャミルは座ったのも束の間、よっと立つとキッチンへ向かった。
「茶を淹れよう。というか茶はあるのか?」
「お茶はないよ。それに、ジャミルはそこまでしてくれなくていいよ。」
ナマエはキッチンへ足を向けているジャミルの腕を取って静止してにっこり笑った。
「お掃除も覚えたら自分ひとりでやれるし、ジャミルは何もしなくていいんだよ。」
「……。」
「何びっくりしてるの。ここではジャミルはただのジャミルで、アジーム家の従者じゃないんだから。」
「いや……まぁそうだが……。」
「それより、授業のことを聞かせてよ。あと覚えた魔法とか見たい。」
ナマエが何でもないことのように言うので、ジャミルは面食らった。同時にナマエの言葉がじんわりと身に染みわたるのを感じた。ナイトレイブンカレッジにいる間は、ただのジャミルでいられるのだと。
「お前も来年習うんだから慌てなくていいだろ。」
「いいじゃん!差をつけたいの!」
ジャミルはナマエにせがまれて、習ったばかりの簡単な魔法を見せてやるとナマエはすごいとはしゃいだ。ジャミルはそれに気分が良くなった。
「お前もこのくらいならすぐできるようになる。」
「そうかな?だといいな。今年のうちに魔法強化して男性の体になれるようにしないと入学できないからさぁ。」
「それは大変だな。」
――ん?
「は、はぁ?何言ってんだ。」
ジャミルはナマエの口から飛び出たわけのわからない話に目を白黒させた。男性の体になるとかなんとか。
「学園長が言ってたんだけど、わたしが来年入学できるとしたら男子生徒としてじゃないとダメだって。」
ナマエはソファから飛び出た脚を、長いスカートの中でぷらぷらさせながら言った。
「女子が入学したら秩序とかいろんなものが乱れるって。4年通うつもりなら男性になる魔法薬を用意するか、わたしのユニーク魔法でどうにかしなきゃいけないの。」
「ユニーク魔法?」
「わたしのユニーク魔法、完全に習得すれば物質の形を自在に変えられるみたい。」
今はまだこれくらい、とナマエは人差し指を1本ピンと立てた。ジャミルが訝しげにナマエの人差し指を見ていると、ナマエの人差し指がにゅっと第一関節分長く伸びた。
「……すごいな。」
ジャミルは少し気持ち悪い魔法だなと思いながらも言葉を選んだ。
「もともと無機物だけかと思ってたんだけど、人の体までいけるっぽいんだよね。で、」
ナマエはそこで言葉を切ってから、少し言いづらそうに恥ずかしそうに言葉を続けた。
「あの、胸を引っ込めたり、あと……その、いざって時にはその……男性のおちん、」
「あーわかった、わかった。皆まで言うな。」
ナマエが顔を赤くしながら言うので、ジャミルもつられて少し恥ずかしくなった。
「そういうことだから、あの、練習付き合ってね。魔力も上げないと完成しないかもしれないし。」
「……はぁ。わかったよ。」
ナマエに男性器を生やす練習に付き合わされるのかと頭が痛くなるジャミルだったが、この賢者の島でナマエが頼れるのは自分しかいないと思うと、それも仕方ないかと納得した。
「ジャミル、ありがとう。ジャミルがいてくれて本当に良かった。」
ナマエがまっすぐ伝えるので、ジャミルはやや調子が崩れる思いでああと言った。
ナマエの言葉は、ジャミルの小さな世界を救う言葉でいつもあふれていた。