キミラシサ

 入学の式典から1週間が経過した。
 入寮や荷解きなどで新入生はてんやわんやになるため、ようやく授業らしい授業が始まったところだ。魔法の勉強をしてきた人としてこなかった人の差は大きく、後者は毎日訳も分からず日々を消化している。
 
 ジャミルも魔法の勉強のない普通のミドルスクールに通っていたため、魔法であふれる学園生活は目が回るほどだった。持ち前の容量の良さでなんとか食らいついているものの、気がかりなことを解決する時間も頭のキャパシティもなく、ひとりでふらついている学園長をようやく捕まえることができた。
 
「学園長!」

「おや、あなたは新入生のジャミル・バイパーくんですね。学校生活には慣れましたか?」

「はい。ありがとうございます。少しお伺いしたいことがありまして。入学の式典の日に、組み分けされなかった生徒のことです。」

「何か気になることでも?」

「あいつは俺の友人です。あいつは無事学園を出られたのでしょうか。あいつの居場所を知りたいんです。」

 ジャミルの気がかりはナマエのことだった。自分が急に引っ張って連れてきたせいで、連絡手段もなくどこで何をしているのかわからないまま1週間が経過してしまった。貴族の娘のくせに行動力と生命力はありそうなので野垂れ死んでいることはないと思ってはいるが、やはり心配で毎日気が気でなかった。

「彼女をこの学園に連れてきたのは君でしたか。困りますよ!あの馬車はひとり乗りなんですから。」

「うっ……すみません。」

「まあ彼女のことなら、今日の放課後、温室の先にある古い建物に行ってください。そこでお話しますよ。」

 では勉強を頑張るように、と言い残して学園長は去っていった。ジャミルは今教えてくれてもいいだろうと悪態をつきそうになったが、ナマエの居所と無事を確認できそうなので上機嫌で教室に戻った。放課後が楽しみだ。



 放課後になった。ジャミルは最近できた友人たちにどこへ行くのだと聞かれてもはぐらかしながら、敷地内とはいっても遠いそこへ向かった。なぜこんなところで、とジャミルは悪態をつきそうになりながらも、その館へとたどり着いた。

 ――えらく古い建物だな……。

 ジャミルが歩くたびに軋む床。蜘蛛の巣だらけでホコリだらけの廊下を進むと、おそらく客間であろう空間が広がっていた。そこも他と変わらずボロボロだったが、一部テーブルやソファが拭かれた跡があった。

「ジャミル?」

「ナマエ!?」

 奥の部屋からナマエが現れた。なぜか見たこともない服を着ている。モスグリーンのシックなメイド服のようだ。丈が長めで、黒のブーツを履いている。熱砂の国ではあまり見ないスタイルだが、色白のナマエには似合っていた。

「もしかして学園長に聞いて来てくれたの?」

「そうだが……まさかお前がいるとは。こんな格好で、こんなところで何をしている?」

「実はね、学園長にお願いして、ここに置いてもらうことにしたの。」

「は!?」

 ナマエはにっこり笑って答えた。メイド服に合うように耳の下でゆるく結ばれた2つの束が揺れた。

「わたし、ここで魔法を学びたい。そのチャンスがあるってわかったの。だから、正式に入学できるかもしれない来年まで、ここで働くことにしたの。」

「働くって……。」

「これ、支給された作業服。ツイステッドワンダーランドの外れにある歴史的な古い館の給仕服だって。」

 ナマエはくるりと一回転した。ふわっとモスグリーンのスカートが揺れる。ジャミルが混乱しているのに、ナマエは上機嫌だ。

「ここで1年掃除でも料理でもなんでもして働いて、学費も貯めて、来年、ジャミルの後輩になりたい。」

「!」

「だから待ってて。」

 ナマエはジャミルが思うより前向きで強かった。きっと働いたことなどないはずだ。いくらひどい扱いを受けていたとは言え、貴族の娘だ。ナマエは多少の教養はあっても、召使いがやるようなことは1つもできないだろう。現に、この建物の客間の掃除は全然なっていなかった。

「ハァー……お前は本当に突拍子もないな。」

 ジャミルはなぜか自分が笑っていることに気付いた。ナマエの家庭環境はひどいが、ナマエはいつも前向きで明るくて好奇心旺盛でだ。それに運も良い。
 実家で何も捨てられず嘆いていた自分とは正反対で、ナマエは眩しい。みんなその眩しさに惹かれて、つい一緒にいたくなるんだ。

「ほら、まずハタキを貸せ。」

「え?」

「お前の掃除はなってなさすぎる。」

 ――俺の後輩になってもらうためにも。

 ジャミルは、ナマエに呆れた顔をしたが、ナマエはすごく嬉しそうに笑った。高価なドレスを着てキラキラしたメイクをしていたナマエより、ずっとナマエらしくて、ジャミルは嬉しかった。




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