タマシイノカタチ
ナマエの意識が浮上しても、目の前は真っ暗だった。なんだかものすごく狭いところに押し込まれているようで、身動きが取りづらい。
ひとまず腕の力で起き上がろうと手をつくと、高級そうな布の手触りがする。
「わ……」
上体を起こそうとすると、頭にこつんと蓋のようなものがぶつかった。重たいそれを片手でぐっと押すと、カタンと落ちた。
ナマエは棺の中に入っていたようで、同じ形の棺がそこかしこにあった。地面に蓋が外れて落ちているものもあれば、ふわふわと魔法で浮いているものもあった。
――あの国から、出られた。
ナマエはここがどこかはわからなかったが、ジャミルが連れてきてくれた別の国であることは理解できた。しかも、魔力がこれほどまでに感じられる場所は初めて来た。ナマエは、同じ棺の中一緒に押し込まれていたジャミルを揺さぶった。まだジャミルは魔法の力で眠っている。
「ジャミル、ジャミル。起きて。」
「ん……?」
ジャミルはぼーっとする頭でナマエの顔を見つめた。
「……そうだ!ここはナイトレイブンカレッジか!?」
はっと覚醒したジャミルは、あたりを見まわした。
「ナイトレイブンカレッジ!?すごい!超名門校!ジャミルすごい!」
ナイトレイブンカレッジと聞いてナマエは驚いた。ツイステッドワンダーランドにおいて指折りの名門校からオファーがくるジャミルを純粋に尊敬した。
キラキラとした目で見上げるナマエに、ジャミルは照れたようにコホンと咳払いをする。
「あー……まあな。ってそんなことを話している場合じゃない!」
おそらく熱砂の国からずっと繋いだままの手に気付いたジャミルは、そっと手を離して立ち上がった。そして棺から出ると、ナマエに手を差し伸べ立ち上がらせた。お互いを改めて見合うと、ふたりとも黒を基調に紫の中地と金の刺繍の入った服に身を包んでいた。おそらく魔法で式典服に着替えさせられたのだろう。
「ここにいても仕方がない。とりあえず移動するぞ。」
ジャミルはナマエに式典服のフードを被せて、自分もフードを被ると歩きだした。ナマエはそれに静かについていく。
しばらく歩いていくと、同じ格好をした新入生らしき人らの姿が見受けられるようになった。ジャミルはナマエを背に隠すように歩き、ナマエもフードを目深に被って顔を見られないようにした。
鏡の間に到着し、在校生、新入生が分かれて集合すると、入学式が始まった。ひとまずナマエもドキドキしながらジャミルとともに新入生の列に並ぶ。
「まずいぞ。どうする?式典の最中に抜け出すと目立つぞ。」
「隙を見て抜け出すよ。」
隣にいるジャミルはナマエを心配そうにしているが、ナマエはこれ以上迷惑をかけられないと、目深にフードをかぶり直した。
入学するつもりで来たわけではないので、頃合いを見計らって列から抜けたい。しかし、粛々と行われる式典の最中に、「あのー出口はどこですか?」など聞けるはずもなく、流されるまま、新入生として参加してしまう。
「汝の名を告げよ。」
「ジャミル・バイパー。」
「ジャミル……汝の魂の形は……スカラビア!」
新入生の寮の組分けが始まり、ジャミルも呼ばれてしまった。組み分けされていない学生はもう残りわずかで、ナマエは本格的に抜け出す隙を見失ってしまった。組み分けが終わり、スカラビアの列にいるジャミルもどうしようかとナマエを見るが、同じようにどうしようもなさそうだった。
そしてとうとう最後のひとりとなってしまい、おずおずと鏡の前に立った。どうとでもなれという気持ちだった。
「汝の名を告げよ。」
「ナマエ・ミョウジ……。」
「ナマエ……。」
他の学生より心なしか沈黙が長いようだ。
「汝の魂の形は……まだない。今判断できぬ。」
静かな空間にざわっと生徒や先生の動揺の声が広がる。すべての生徒がどこかの寮にもれなく組み分けられていたのに、最後のひとりだけ組み分けがされないアクシデントは、教員にとっても驚くべきことだった。
「みなさん、お静かに!学園の長い歴史の中、いまだかつて闇の鏡が組み分けを渋ったのは初めてですよ。まったくどういうことなんですかねえ。」
学園長のクロウリーが、闇の鏡とナマエの間に立った。
ナマエはまずい――と思ったが、なすすべなかった。学園長は腰を折って顔をふせたナマエの顔を覗き込んだ。
「おや……あなた、もしかして――」
学園長はナマエの顔を見ると、ふむうと顎に手をやり考えた。
「これにて組み分けの儀は終了です。各寮長は新入生を寮まで案内するように。」
ざわめきは収まらないまま、生徒たちは後ろ髪を引かれる思いで退出した。ジャミルはその場に残ろうとしたが、寮長に注意されしぶしぶ従った。
鏡の間で学園長とナマエはふたりきりだ。静寂の中、ナマエはフードを外して頭を下げた。
「学園長……申し訳ございません。わたしは熱砂の国に来ていたナイトレイブンカレッジの馬車に無理やり乗り込みました。この学園内で生徒たちに危害を加える気はありません。」
ナマエの声はシンとした鏡の間に響いた。
「……この学園の馬車は、部外者が乗車できないようになっています。さらに式典服が付与されるわけもないんですよ。」
ナマエの言葉に学園長は答えず、ナマエをじっと見てひとりごとのようにつぶやいた。
「闇の鏡は組み分けを拒否したわけではない。まだ判断できないと言いました。――ナマエさん、と言いましたね。心当たりはありますか?」
「わたしがまだ14歳だから……。」
「なるほど!合点がいきました。あなたにはこの学園に入学する素質は十分のようです。ただ、来るのが1年早かったようですね。」
学園長は仮面の奥でにっこりと笑い、「さあおうちに帰りなさい」と問題が片付いたことに安堵しているようだった。
「あの、待ってください!」
ナマエは学園長を縋る思いで引き留めた。
自分がこれからいかに図々しい突拍子もないことを言おうとしているかを感じながら、胸の前で拳をぎゅっと握った。