ジャミルノオモイ
「ジャミル、これからはカリム様と家庭教師の先生の授業をサボるなんてこと、絶対にしないでね。」
「……はい。」
ナマエと再会したことですっかり忘れていたが、家庭教師の授業を抜け出してから戻っていなかった。
ジャミルはナマエが帰った後、我に返り慌てて説明をし家庭教師のもとへ戻った。もちろんこっぴどく叱られた。家庭教師に叱られたことはどうってことなかったが、それが両親に伝わり、家でも怒られたことには少し堪えた。
まだ寝るには早いが、ジャミルは自室へ行こうと思った。
「ジャミル、もう寝るの?」
「ああ。おやすみ。」
「そっか……おやすみ。」
妹のナジュマが遊んでほしそうに声をかけてきたが、今日は付き合ってやれそうにない。気付かぬふりをして自室へと入った。
「ふー……」
ジャミルはベッドに横たわると、モヤモヤとした気持ちに向き合った。
――家庭教師、怒られたこと、カリム、両親、ナマエの結婚……。
エレメンタリースクールの高等部に上がるころには、理不尽に自分だけが我慢させられたり怒られたりしても、あまり落ち込まなくなっていた。ジャミルは自分の気持ちに折り合いをつけることができるようになっていた。しかし、今日はナマエとの再会もあり、なんだか気持ちが落ち着かなかった。
ナマエについてモヤモヤしていることがたくさんある。
ジャミルにとってナマエは初恋の人だった。4年も会っていなかったので、今現在も恋しているかといわれると、そんなことはない。ただ、初恋の人が突然目の前に現れて、綺麗になっていて、挙句政略結婚すると言い出したので、心境は穏やかではなかった。
しかし、はっきりしたこともあった。理由はわからないが、ナマエは両親に結婚相手を拒否できるような立場ではないことだ。
さらに、妹のルチルにはアジーム家の次期当主の許嫁という素晴らしい席が用意されているにも関わらず、ナマエにはたかだか大臣の許嫁。演舞の発表会には出ることができず、手伝いをさせられている。
幼いころは、少しの違和感しか感じていなかった。――なぜカリムの許嫁は器量の良い長女でなく、カリムと仲良くもない二女なのか。しかし、それがようやく今になって点と点が線に繋がった。
ジャミルはベッドから起き上がると、本棚にしまってある幼少期のアルバムを引っ張り出した。もう数年は開いていなかったそれを久しぶりに開いてみると、小さな自分とカリムの姿がある。数ページめくると、ナマエと妹のルチルも登場するようになった。
コマーシャルに出てくるような愛らしい白くて小さなナマエは、写真の中でも異質だった。ページを進めていくにつれ、ルチルはジャミルとの思い出には出てくることが少なくなっていった。その分、ナマエがお転婆に笑っている。
ナマエはカリムの遊び相手としては優秀でも、ナマエの両親は許嫁にはしなかったということだ。
ジャミルはアルバムを閉じると、ベッドに腰かけたまま思案した。
「別の男と結婚したいと両親を説得するか――もちろん、その大臣に匹敵するくらいミョウジ家に利益のある人間でないと難しそうだが――もしくは、家を出るか。」
自分がその2択を出した後、迎えが来なかったらナマエは何を言っていたのか考えたが、ジャミルにはわからなかった。
一番はっきりしていないのは自分自身の気持ちだ。
あの時――カリムに何か方法はないかと聞かれた時――本当はもうひとつ方法を思いついていたのに、それを口に出せなかった。
「カリムがナマエと結婚すると言えば良い。」
あの時、もし自分がそう言っていたら、どうなっていただろうかとジャミルは考えた。
カリムとナマエが結婚して、ふたりの従者として自分が仕えているところを想像して、なんとも言えない気持ちになり、眠ることにした。
その時、バイパー家の郵便受けに一通の真っ黒な封筒が投函された。
ジャミルあての、ナイトレイブンカレッジの入学許可証であった。