「工藤先輩……!」
移動教室の途中、頬を赤く染めて駆け寄る女子生徒から突然声をかけられ、そういえば最近はこんなことも減ったなあと呑気に考えていた。彼女の要件は、なんとなく察している。
「工藤先輩、恋人ができたって本当ですか……?」
入学してすぐの頃は、こういうことはしょっちゅうだった。初めて顔を合わす女子生徒から、「彼女いるんですか」、蘭と登校中にわざわざ寄ってきて「彼女なんですか」とか。最近じゃ否定し続けてきた成果が出たのか、はたまた勝手に勘違いして納得してるのか定かではないが、こういう突撃も減ってきたところだというのに。
「恋人はいねえよ。」
期待を持たせるつもりはないが、嘘をつく必要もないので、ノーと答えておく。こういった女子からのアプローチに、以前ほど心が踊っていないことに気付く。俺も大人になったということだろうか。
名前も知らない彼女は、俺の言葉を聞いて微妙な顔をした。疑いのような、納得のいかない顔だった。
「転校生の綺麗な先輩と、お付き合いしてると聞きました。あの人、工藤先輩の彼女なんですよね?」
言われた瞬間に思考が一瞬停止した。初めて言われたからだ。いつも聞かれるのは蘭との関係性だけだった。転校生の綺麗な先輩、確実に名字のことだ。
「んなんじゃねえよ……。」
俺は一言そう言い残すと、足早にその子のもとから立ち去った。自分の感情に動揺して、表情の作り方がわからなくなったからだった。
「よー工藤遅かったな、席とっといたぜ。」
クラスメイトでありチームメイトでもある中道が、教室の一番後ろの窓際の席を確保してくれていたようで、無駄なドヤ顔を決めている。
「サンキュー。」
感謝を述べて席に座ってもなお、中道は俺の顔をじっと見てくる。
「あんだよ、俺の顔になんかついてんのか?」
「工藤、なんかいいことあったろ?顔にやけてんぞー!」
にまりとした笑い顔で中道に言われ、俺はとっさに顔を手で覆った。にやけてる?俺が?……なんで?
「工藤見たぞ、さっき廊下で可愛い1年に告られてたろ!それで浮かれてんだな!くっそ!工藤ばっかり!」
後から入ってきた会沢が、先ほどの様子を覗き見ていたのか、教室に入ってきた途端に声をあげる。口調は怒りながらも、顔はニヤニヤしている。そのまま会沢は俺の前の席に座った。
「んなんじゃねえよバーロ!」
前の席からニヤニヤ顔でこちらを見る会沢に腹を立て、椅子を蹴ってやった。色男こえーなんてふざけてる2人を尻目に、頬杖をつくふりをしてそのまま口元に手を添えた。
俺は1年の女子に彼女の有無を確認されて喜んだわけではない。初めて蘭以外の人と噂になってにやけていたわけでもない。
またも始業ギリギリにやってきた名字をチラ見して、考えを巡らせる。視線に気が付いてか、名字はチラリと俺を見やった。どきりとする俺の心臓を冷やすが如く、なんの感情ものせていない名字の視線はふいにそらされ、入ってきたドアに一番近い席へついた。俺のことなんて、この学校のことなんて、なんとも思ってないといった様子だ。
「はぁー……、」
「なんだよ、色男。でっかいため息なんてついてよー。」
うるせえ、俺が聞きてえよ。