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 これからどうしたらいいんだろう。わたしの頭の中にはそれしかなかった。
 
 先週、高木さんとの会った時に「忙しいから会うのはやめよう」と言われてしまった。

 いや、本当はそんなことは言われていない。わたしのことを思って、言ってくれた言葉だった。わたしが楽しい学校生活を送れるように、と。でも、わたしが望むのは楽しい学校生活などではないのだ。高木さんと会うことだけを楽しみに、つまらない学校に行っていた。心配はかけたくないし、負担にもなりたくない。だから、「学校生活が充実していて毎日楽しい女子高生」を演じてきた。それなのに。

 高木さんに会うためには、この気持ちを隠し通さなければいけない。そう思って、極力こちらから会いたいという意思表示はしてこなかったつもりだ。顔が見たいとか、声が聞きたいなんて絶対に言ってはいけない。

 だから、そのための昨日だった。なんでもいい、事件っぽいものの手がかりさえ掴めれば連絡の口実になる。不純すぎるがこれが嘘偽りのない本心だ。それが結局は無駄だった。

 事件に巻き込まれるかもしれない恐怖はなかった。一度死んだも同然のこの命。生かしてくれたのは高木さんだ。
 高木さんのためなら、わたしはなんでもできる、たぶん。

 小さな洗面台の前で、ヘアアイロンの電源を入れる。あたたまってから、ふんわりと内側に巻いていく。ヘアバームを手になじませてから軽く整えれば、いつでも家を出られる。手を洗ってから居間に戻ると、読みかけの小説を読む。
 
 そろそろ出ないと遅刻するな、という時間に家を出た。遅刻ギリギリの時間でいい。そんなに長い時間学校にいる必要はないから。
 戸締りの確認をして静かで暗い家を後にした。1人で暮らすための家、といった小さなアパートを後にすると、いつもの通学路を歩き始めた。このアパートから帝丹高校までは徒歩10分程。先ほどまで読んでいた小説の内容について考えながら歩くと、すぐ後ろから速い足音が聞こえる。

「よお。」

「工藤くん、おはよう。」

 昨日初めてきちんと喋ったクラスメイトの工藤くんだ。クラスメイトに対して興味関心が一切ないわたしでも名前と顔を覚えている有名人。顔も頭も良くてなんでもできるからファンが多いらしい。

「名字、いつもこんなにギリギリなんだな。遅刻するかと思ったぜ。」

 工藤くんは私に追いつくと歩調をゆるめてわたしの隣に並んで歩き始めた。

「まるでわたしのこと待ってたみたいな言い方。」

「ぐ、偶然だよバーロ!」

 くすりと笑いながら軽い冗談を言ってみたが、なんだか慌てさせてしまったようだ。家が近いのに今まで通学路で会わなかったのはわたしが遅い時間に登校してるからだろう。

「ところでよ、昨日みたいに危ないまね、もうするなよ。」

 彼の言いたかったことはこれのようだ。優しい。

「うん、ありがとう。」

「俺、警察の人と面識あってよく話すんだけど、ああいう場所に女性が……」

「えっ!?」

「えっ!?」

 わたしが突然話に食いついて遮ったから驚いたようだ。いや、それより。

「警察の人と……そっか、工藤くん探偵だもんね……すごい。」

「?お、おう。」

「あの、事件のこと、いろいろ聞かせてほしいな。もちろん言える範囲で構わないけど……」

 もうすぐ学校に着いてしまう。でも、もしかしたら、いやたぶん、高木さんと面識があるかもしれない。何か聞きたい。なんでも。

「工藤くん、お願い。」

 まだ学校についてほしくなくて、無意識に制服の袖を掴んでいた。工藤くんの瞳が揺れたように見えた。

「んな顔で見ないでくれ……」

「え?」

「わかった、いいぜ。」

 工藤くんの了承の言葉に、自分の顔がぱぁぁと明るくなったのがわかる。嬉しい。やった!

「工藤くんありがとう!」

 2人で並んで下駄箱から中履きを取り出して履く。教室まで並んで歩く間も、わたしの浮かれる気持ちは止まらないかった。工藤くんも「事件の話なんて興味持って聞いてくれる人がいないから嬉しい」と言ってくれる。

 席に着く前に約束を取り付けようと思ったが、わたしたちが2人で教室に入ると異常なほどにクラスメイトが盛り上がって、工藤くんは男子生徒数名に肩を組まれて連れていかれてしまった。残念だ。

 わたしが席に着くと数秒でチャイムが鳴った。ふと前を向くと、蘭ちゃんがこちらを見ていた。わたしと目が合うと、ぎこちなくにこりと笑った蘭ちゃん。いつもの蘭ちゃんらしくないなと思いながらも、わたしも笑い返した。前に向き直った蘭ちゃんの後ろ姿を見届けてから、教科書を取り出した。今日も1日が始まる。

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