工藤新一

 彼女――名字名前を米花公園で見かけたのは、水曜日の夜だった。
 
 今世間を賑わせている通り魔は、先日人通りの少ない路地で仕事帰りの女性を切りつけた事件を起こし、もう4件だ。探偵として、この連続通り魔事件には関心があったし、毎朝ニュースを見て進展はないかとチェックしている。

 そうしたらピンと来たのだ。次の犯行場所が。被害者はみな通り魔の姿をはっきりと見ていないようで、ぼやっとした犯人像はあるものの、目撃情報だけで犯人を特定するのは不可能であった。探偵の出る幕ではない、と思っていたが、犯人は規則性を持って犯行場所を決めていたのだ。

 警察には念のため相談したが、案の定取り合ってはもらえなかった。あいにく駆け出しの高校生探偵である身分を重々承知しているので、言っても無駄だろうとは思っていた。しかも、日にちや時間は特に規則性を見つけることはできていないから余計にだ。
 
 部活が終わった後、普段は通ることのない次の犯行場所を軽く覗いてみることにした。暗く静かな公園は、昼間の笑い声や賑やかさを忘れてしまったようだった。あたりを見回してみると、何人かは人がいるようだ。ベンチに座る若い女性が見える。あれは帝丹高校の制服ではないだろうか。

「名字?」

 ベンチに座っていたのはクラスメイトの名字だった。彼女と喋るのは今日が初めてかもしれない。中途半端な時期に転校してきて、容姿もいいからかなり目立っていたが、俺とはまったく接点がなかった。ミーハーな女子生徒と違い、彼女は高校生探偵の肩書きを持つ俺にまったく興味を見せなかったのだ。

「こんなところで何してるんだよ。危ねえだろ。」

 通り魔の次の犯行現場の可能性が高いことを彼女は知らないだろうから、危ないという声のかけ方はいささか間違いであったかもしれない。今のところ危なげない平和な公園だ。
 
 俺の姿を見て驚いた様子の彼女は、ベンチ前に立つ俺を気遣ってか、ほんの少し座る位置を移動して俺の座るスペースをあけた。遠慮なく座らせてもらう。

「工藤くん、おうち、こっちの方なんだ?」

 俺の質問には答えずに彼女は首をコテンと傾げた。彼女の声は、転校初日に聞いて以来かもしれない。よく耳にする幼馴染やその親友の声とは違う、高くて甘い声。こんなに近くで見るのは初めてだが、なるほど、クラスメイトが騒ぐのもわかる容姿の良さだ。顔は小さく、パーツのバランスが良い。それにふんわりと甘い匂いがする。俺が何も答えず五感で彼女を観察していたからか、彼女はなんだろうという顔をしていた。

「いや、家は逆方向なんだ。こっちの方に用事があってさ。」

 用事というほどのものではないが、正直に答える必要もないだろうと思った。俺も答えたんだからお前も答えろと言わんばかりに、名字は?と付け足した。彼女はなぜか恥ずかしそうにこちらを伺いながら口を開いた。

「工藤くんにこんなこと言うの恥ずかしいんだけど、わたしなりにその、推理……をしてみて、ここで待ってたんだ。」

 その言葉だけでは、他の人はきっと意味がわからないだろう。しかし、自分もまったく同じことを考えて同じ場所に来ていたため、次の言葉は聞かずとも通り魔の話をしていることはわかった。

 彼女の推理を聞きながら、意外な彼女の才能とその理由について知りたくなった。実は自分も同じ推理をしてここに来たことを告げると、彼女は驚いていた。

「名字もこの事件に興味があったのか?」

「ううん。事件に興味があるというより、その……きっかけが欲しくて。」

「きっかけ?」

 彼女の話の意図がつかめない。

「わたしの大切な人が、この事件を追っていて。その助けにならないかなと思って。」

 不純でしょう?と彼女は笑う。
 不純だ、と俺は思った。

 意外だった。彼女は、人当たりのいい顔をして、誰にも興味がないといった風を教室で崩したことがないからだ。こんな危険なことをするほど大切な人が、彼女にはいるのか。――それは俺にとって蘭のような?

 結局、その後は「暗いし本当に通り魔が来たら危ないから」という理由で家まで送り届けることになった。並んで歩く彼女はやはり小さくて、俺が守らなければという気持ちにさせられた。初めての感情だった。

 大切な人について軽く聞けば、わりとなんでも答える。しかし、深掘りすることはやめておいた。なんでも話してくれるのは信頼しているからじゃない、どうでもいいからだとなんとなく気付いたからだ。

 彼女の家は、俺の家のすぐ近くの小さなアパート。「今日はありがとう、また明日。おやすみなさい。」と手を振った名字。彼女の家から俺の家までは歩いて5分とかからなかった。

 俺はもう一度彼女のいた方向を見つめて、自分の心のざわめきに耳を傾けた。

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