高木渉

 学校帰りの名前ちゃんと待ち合わせをするのは、約1年ほど前から。月に2〜3度のペースでこうして会っている。基本的には俺の仕事の抜けられそうな時と、名前ちゃんの学校帰りの時間帯が重なった時。新しい学校でうまくやれているのかという兄心のようなものでこの待ち合わせを始めたが、1年経った今でも心配なのに変わりはない。

 もちろん、仕事の一環であるのでサボっているわけではないのだが、名前ちゃんはもういたって普通で、この逢瀬に意味なんてものはないのかもしれない。
 
 彼女に何か特別問題があるというわけではない。たしかに出会い方には少々問題があったが、今ではもう立ち直って元気に学校に通っている。彼女はとても強い子だ。小さい頃からずっとたくさんのものと闘ってきたのだろうけど、それを蘭さんや園子さん、学校の同級生たちは知らないだろう。彼女がそれをひけらかしたりは決してしないだろうから。

「高木さん?」
 
「ごめんごめん、ぼーっとしてた!……それより、最近学校はどうだい?楽しいかい?」

 いつも同じようなことばかり聞いてしまう自分にはつくづく芸がないなと呆れてしまうが、名前ちゃんはいつも、最近の学校での様子を教えてくれる。

「相変わらずです。毎日楽しいですよ。今日は園子ちゃんからテニス部に誘われました!断っちゃったけど……」

「どうしてだい?たしか帰宅部だよね?」

 部活に入らないのは何故か、そう疑問がぽろりと出ると、名前ちゃんの笑顔が一瞬固まった。うーんと少し悩んでから、名前ちゃんにしては珍しく口ごもった。「忙しいし」だとか「会う時間が」だとか小さな声でぶつぶつ言っている。もしかしたら彼氏でもできたのかもしれない。

「僕に元気な顔を見せてくれるのは嬉しいけど、忙しかったらちゃんと言うんだよ。」

 女子高生ともなれば友人づきあいに男女交際に、学校行事に勉強など何かと忙しいだろう。

 いや、忙しいだろうというのは建前だ。俺に恩を感じてくれているのは嬉しいけれど、このままでいいのだろうか、と会うたびに心によぎる。俺の存在がいつまでもあの頃を思い出させるのではないか。俺が名前ちゃんの成長の妨げになっているのではないだろうか。

「忙しいのは高木さんの方ですよね。いつも付き合ってくれてありがとうございます。無理しないでくださいね。」

 名前ちゃんは笑顔で言ったが、ほんの一瞬だけ傷ついたような顔をした気がした。そういうつもりじゃないという弁明の言葉は、なんて言っていいかもわからず、彼女のいじらしい笑顔にとうとう言いだすことはできなかった。
 
 それからすぐに彼女とは別れた。自然なタイミングで告げられたさようならは、彼女が俺に気を遣い、考えた結果なのかもしれない。
 
 彼女の後ろ姿を見ながら、俺は考えた。彼女はひょっとしたら、俺から「必要のない子」だと思われたと感じたんだろうか。彼女が一番恐れている人からの拒絶を、俺はしてしまったのだろうか。

 しかし、拒絶をしなければ、俺はいつまでここに居座っていいのだろうか。闇の中から彼女を救ったヒーローという名のただの警察官は、いつまでも彼女のそばにいてもいいものだろうか。

 名前ちゃんは門を曲がり、見えなくなった。その背中を見送って息をつく。

 答えの出ない疑問は、彼女と出会ってから幾度となく浮かんできた。俺は未だに答えを出せないでいる。

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