暁光


 ホグワーツのグリフィンドール談話室は温かみのある色の家具や壁紙でまとまっており、大変居心地が良い。グリフィンドール寮生が安らぐ空間である。その部屋の壁側中央部には暖炉が備え付けられており、そばにはソファがある。そこに、ナマエとシリウスはいた。
 時刻は深夜2時過ぎ。恋人同士である2人は、明日から始まる6年生最初の授業のことは忘れ、夏休みをどう過ごしていたかを話していた。

「シリウスは、1人で暮らしを始めてどう?不便はない?」

「あの家にいた時よかずっとマシさ。叔父さんもジェームズも手伝ってくれた。最高の夏だったよ。」

 シリウスは今年の夏、家を出た。去年の夏からポッター家で過ごしていたようだが、今年から本格的にブラック家と縁を切ることにしたらしい。

「今年成人になるし、これからは叔父さんに頼らなくても自分でなんでもできるようになる。」

 相槌をうってシリウスの話を聞いていて感じる違和感。シリウスは目を合わせようとしない。シリウスはいつもキラキラしたグレーの瞳で射抜くように見つめてくる。違和感は拭えないまま、それでも聞く勇気もなく時間は過ぎた。いつもとは違う沈黙に、内心戸惑っていたが気付かないふりを続けた。

 不意に、隣に座っていたシリウスが膝をナマエの方へ向けるよう座り直した。顔を向けると、目の前が真っ暗になり一瞬何が起きたかわからなかったが、やや遅れてキスをされているとわかった。

「……ン……っはぁ……、」

「……、」

 抵抗することなく受け入れていると、次第にキスは深くなる。後頭部に手が回され頭が固定され逃げられなくなる。そんなことをされなくても、ナマエに逃げる気はない。
 4人掛けの大きめのソファだが、いつのまにか端に追いやられていたようで、シリウスに覆い被さられるような体勢になっていた。角度を変えるたびに鳴るいやらしい水音と、暖炉の火が燃えるパチパチという音のみが響く。

「はぁっ……、」

 長いキスが終わっても、シリウスは目を合わせない。顔が離れて行く間もナマエの顔よりやや下に目線を伏せていた。シリウスからの愛情はたっぷり伝わる深いキスだったのに、このキスが終わった時、2人の関係も終わるのかもしれない、と直感的にナマエは思った。

「――なんで何も言わないんだよ。」

「え?」

「知ってるだろ?俺が夏の間ずっと手紙も返さずに他の女と会っていたこと。」

 たしかに知っていた。というよりも、知らされたのだ。「シリウスとこの夏の間ずっと一緒にいたわ。あなたに飽きたみたいね。」とホグワーツ特急のコンパートメントの中で言われた時は、なかなか意味を飲み込めなかった。誰だかもわからないレイブンクローの女子生徒は、勝ち誇るように友人を引き連れて去っていった。

 手紙が返ってこなかったのは、一人暮らしの準備で忙しいからと決めつけて、しつこく何度も送るということはしなかった。シリウスがそういうのを好まないのはなんとなくわかっていたから。シリウスもシリウスで休暇を楽しめばいいとそう結論付けて、あまりシリウスのことで頭をいっぱいにしないように努めた。新学期になってコンパートメントで、別の意味で忙しかったと知ったわけたが。

 何と返せばいいのかわからなかった。手紙が返ってこないことはさほど気に留めていなかった。レイブンクローの女子生徒の言葉にはハッとさせられたが、怒りや悲しみではなく諦めという形で納得してしまったのだった。

「なんとか言えよ。」

「……ごめん、シリウス。」

 ナマエが謝ると彼の瞳のグレーがメラメラと炎のように揺らめいたように見えた。怒らせてしまった、と気付いたが遅かった。

「なんでナマエが謝るんだよ?」

「わたしはただ……その……シリウスを怒らせちゃったし、それに、」

「俺が休暇中、どこの女といようが気にもしなくてごめんってそういうことか?」

 シリウスの機嫌が悪かったり怒ったりしているのはそれほど珍しいことじゃない。もとより感情の起伏が激しい性格だった。しかし、恋人であるナマエに対して怒りが向けられるのは初めてだった。さらに、こんなに体の内側から怒りが燃えているようなシリウスは初めて見た。

 知っていて黙っていたことと、手紙について深く考えていなかったことを謝ろうとしただけだった。それでも、気圧されて言葉にできない。
 シリウスと揉めたくない。飽きられていてもしょうがない。本当はそう伝えたかった。これではナマエのシリウスへの愛情が否定されている。

「違うの、わたしっそうじゃなくて……、」

「もうお前にも飽きたし、ちょうどいいよ。俺たち終わりにしよう。」

 シリウスの冷たい言葉で、あれこれと考えていた思考が止まった。空気がガラリと変わる。いつの間にかシリウスの炎のような怒りは消え、冷静になっていた。まるで燃えカスだけ残ったようなザラザラとした空間は冷たかった。

 ――終わりなんだ、わたしたち。……やっぱり飽きてたんじゃない。あの子の言う通り。

 シリウスはいつの間にか談話室から消えていて、暖炉の前にはナマエ1人だった。今が何時なのか。明日は何時から授業に出なきゃいけないのか。そんなことを考えなければと思えば思うほど、意識はこのひとりぼっちの談話室に戻された。涙は出なかった。



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