ジャイアント・キラー(館長様より)


 世界は容易く反転する。熱風と共に体が浮いた。この時ばかり、重力はないに等しい。鼻先を掠めていく火の粉に爛と瞳を輝かせた猫利は、視界を覆う長い髪の合間から正しく戦況を見据えている。
 見えざる命綱を足がかりにしているかのような軽業で、逆さを向いた体を勢い折り曲げれば、半ば無理やりに回転を生んで反転する。
 反転の、反転。つまり足は遥か下方にまで遠ざかった地面を向き、頭は星にさえ届きそうな夜空を指して戻ったのだ。
 猫又の末裔に許された身体能力と研ぎ澄まされた感覚は文字通り、たった一秒を一分、十分にまで引き伸ばしている。およそ三階建てのビルに相当する高さにまで達したまま、彼女は何が起こったのかと、何をすべきなのかを直感した。
 巌がそのまま動き出したかのような怪物が、落ちくぼんだ眼窩に業火を宿して見上げている。眼が、合った。その瞬間に感じたのは、紛れもない不愉快だった。
「……火、炎、ねえ。なーんか……私と被ってない?」
 そもそも、好き勝手しまくってるし。
 人里離れた原始林ともいうべき場所であるからこそ、文明的な損失はないものの、それでも一時間も経たぬ間に一面は焼け野原になりつつある。薙ぎ倒され、すり潰され、直立していたものは悉くが灰になった。全てが終わる頃には荒野しか残らないだろう。ここに木々が生い茂っていたなどと誰も信じまい。
 悲劇的な結末を思い描き痛む胸がある一方、戦闘で意気軒高した彼女の唇は艶やかに持ち上がる。

 ならこの上、自分が何を灰に還してしまっても、もはや問題はない訳だ。

「妖太ー! 派手にやるから、依頼人がとばっちり食わないようにヨロシクね!」
「いや、そこはお前が気をつけろよ……って、聞いちゃいないか」
 無論、妖太の小言は届いていない。
 そうして時計の秒針は再び、正しい速度で動き出す。途端、臓腑が根こそぎ持ちあがるような違和感と共に落下が始まった。同時に、その動線を捉えて岩の巨人とも言うべき怪物の剛腕が唸りを上げて迫る。
 あわや圧死の危機さえも、猫利は軽やかに乗り越える。回避が間に合わないならば迎え撃つまで――両手に握った長柄を突き出せば、空気を焦がす炎熱と共に敵の拳を穿つ。突き立ったそれを起点に体を捻れば、顔面まで繋がる一直線の道と化した腕に着地した。
 視界、良好《システムオールグリーン》――それは唸りをあげて風を切る戦闘機、はたまた引き絞られた弓から放たれた必殺の矢。一時、彼女はみなぎる力と全身にかかる重力をも武器にして、飛ぶように駆けた。瓦礫と化して零れる巨人の肉体など意に介さず、力任せに引き抜いた武器を両手に携えたまま、燃ゆる一条の星と化す。

「……店長。あんたが雇っている奴らは全員、彼女みたいに破格の存在なのか?」
 此度の依頼人である青年は、劇人形を思わす無表情のまま傍らの妖太にそう問いかけた。とはいえ視線は、いま正に決着がつかんとする戦いに釘付けである。少し前から首筋が痛みを訴えているが、それすらも意に介さぬまま。元より、不穏な地鳴りの原因を調べて貰うだけだったはずの此度の依頼が、このような展開を生むとは依頼人も予期していなかったのだろう。
 妖太は暫し言葉を選ぶように沈黙を守り、やがて笑みに口元を和らげると場違いなほど穏やかに語った。
「寧ろ、これくらいはできないと立ち行かない商売だと言ったら?」
「ならば、今度ゆっくり半日ほどかけて、武勇伝を聞かせてもらいたいほど興味が湧いてきた……と返すほかないな」
 やがて、打ち上げ花火を思わす炸裂音と火花が散り、勝負は決した。
 生まれた大地へ引き戻されるかのように倒れる巨人は、もうぴくりとも動かない。巻き上がる砂塵の向こうから、勝利のブイサインと共に凱旋を果たす猫利を迎えて、何事かを話し始めるヨロズ屋両人の傍ら。依頼人の口から思わず呟きが漏れる。
「北欧の雷神が巨人を倒すさまを目の当たりにした者の気持ちがわかる気がするな。これはインクが乾かない内に書き留めなくてはと思うものだ……もちろん、余すところなく最初から、最後まで」





▽▽▽

同盟にて館長様より小説をいただいてきました…!
この躍動感。すご、すごい…!文章でこんな動きをだせるだなんて…
物書きさんってどうしてこう、凄いんでしょうか…ゴリラ凄いしかいってねぇ(圧倒的語彙不足w)
猫利さんがかっこ良すぎて震えました。猫利の癖に(ギリィ
設定等とても大事に書いていただいて、本当に依頼させていただき幸せでした^///^

ちなみにご依頼主は館長様のお子様、アランさんだと///
こっそりコラボですね!

この度は素敵な小説ありがとうございました!
私じゃ一生かかってもこんな文章書けないんだぜ(白目)


 



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